第55話 森のご馳走

「この銀の燭台は……」


「主様、そろそろ食事の時間でございます」


 物語を暗誦していると、ふいにドアの向こうからヨハンナの声が聞こえた。


「あぁ、もうそんな時間か。

 フェリシア、続きはまた今度」


 俺が暗誦を中断すると、フェリシアは「いいところだったのに」と小さくつぶやき、ため息をついた。


「それは残念でございますわ。

 できるだけ早めに続きをお願いいたします。

 ……では」


 それだけを告げると、フェリシアの姿が召喚陣の向こうに消える。


「よし、食事に行こうヨハンナ。

 けど、どうやって食材を用意したんだ?」


「いえ、村の方々から食材を分けていただいたので、それを使って準備いたしました」


「この村の食材か……どんなものだろう?

 畑で作物を作っているわけでもないんだよなぁ?」


 考えられるのは、森の生き物を狩ったジビエ料理ぐらいである。

 イオニスの調べた限りでは、農業に手を出している様子はないということだしな。

 この村でちゃんとした食料が手に入るかどうかが不安だったから、さっきイオニスを森に派遣してしまったよ。


 さて、どんな肉を用意したのかねぇ。

 リスとかネズミだったらちょっと嫌だなぁ。


 そんなことを考えつつ食堂にたどり着いた俺が見たものは……。


「うわぁ、こ、これは予想外だったな」


 そこにあった食材を見て、俺は思わず声をもらしてしまった。

 いや、食材としてはたぶん木の実なのだが、形がちょっと……。


「これ、エルフの赤ん坊じゃねぇだろうな」


 俺がどう表現しようか迷っていると、誰かが思ったことを素直に口にした。

 そう、この食材……全体が緑色で、形が手足を丸めてちぢこまっているエルフの幼女そっくりなのだ。

 目は閉じているものの、ちゃんと鼻の穴まであいていやがる。

 なんて無駄なリアルさだろうか。


 大きさはだいたいウサギぐらい。

 表面はわりとザラザラしている。

 ちょうど、若いアボカドの形をエルフの胎児の形にしたとでも思ってくれるとちょうどいいかもしれない。


 俺の旅を西遊記にたとえたのはつい先日の話だが、その西遊記にも人参果という人の形をした果物の話があった事を思い出す。

 たしか、三蔵法師も仏が口にするまではその食材を食うことをためらっていたっけ。


「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください」


 村人はにこやかな笑顔のままそう告げるが、これを素直に口にする勇気は誰にもない。


「あぁ、このままでは食べにくいということですね」


 そう告げると、村人はその木の実の頭に見える部分に包丁をあて、縦に切れ目を入れた。

 哀れ、エルフモドキは真っ二つである。


「な、中身はいがいとまともだな」


 恐る恐る割った果実を覗き込むと、中身はアボカドそっくりだった。

 緑色の果肉といい、その質感といい、本当に大きなアボカドである。


「惜しむらくは、調味料が塩しかないことかな」


 だが、こんな山奥で塩が使えるだけマシなほうだ。

 前にサバイバルをしたときは、それでけっこう悩んだものである。


「よ、よし……食うぞ」


 薄茶色をした荒塩を上からパラパラとかけ、俺は思い切ってかぶりついた。

 うん、アボカドだこれ。

 熟し具合もばっちりである。


「トシキ様、こちらにスープもご用意しました」


「おお、ありがとうヨハンナ!」


 見れば、手持ちの調理器具を使い、ヨハンナがポタージュスープを作っていた。

 材料は、羊の乳とアボカドもどきと塩のみである。

 だが、これが予想以上に美味い。


 奴隷狩りたちがうらやましそうにこちらを見ているが、お前らの分はないからな。

 そもそも、俺たちってそういう親しい関係じゃないし。


「よろしかったら、これもどうぞ」


 村人たちが出してきたのは、オレンジ色をした飲み物だった。

 鼻を近づけると、濃厚なアルコールの香り……酒だ、これ。


 差し出されたのが酒だとわかった瞬間、奴隷狩り共から歓声が上がる。

 単純な奴らめ。


 この世界に未成年の飲酒を禁じる法律はなさそうだが、俺は一応やめておいたほうがいいだろう。

 なにせ子供の体だからな。

 今後の成長に差しさわりのありそうなものは口にしたくないのである。

 いつかマルコルフを追い越して、やつの頭を見下ろしながら笑ってやるのだ。


 ……ついでに、一度飲み始めたらたぶんアル中一直線。

 自力でとどまる自信が、まったくない。


「あ、ところでこの酒の代金ですが……」


 俺の手持ちは決して多いわけではない。

 奴隷狩りの連中も、さほど持っているわけではないだろう。


 こちらから何か言う前に村人から持ってきてくれた酒だが、後から支払えないような料金を請求されたら困るしな。

 そこのところは確認しておかないと。


 すると、村人の一人が笑いながら俺の疑問に答えた。


「大丈夫ですよ。

 これはこの村の歓迎の印として進呈させていただきます」


「はぁ、そうですか……」


 こうも話がうますぎると、つい疑いたくなるのが俺の性格である。

 眉間にしわをよせて考え込んでいると、ふいにヨハンナから話しかけられた。


「主様、少しよろしいでしょうか」


「どうした、ヨハンナ。

 何かおかしなことでも起きたか?」


「はい。

 周囲を探索していたイオニスが、魔物の群れを見つけたようです」


「へぇ、どんな魔物だろう?」


 ヤバい奴なら、逃げることもかんがえなくてはならない。


「なんでも、悪魔のような顔のついた巨大な樹木を中心に、無数の骸骨がうごめいているのだとか。

 悪いことに、その魔物の進行方向にこの村があります」


「それは……この村の責任者に報告すべき案件だろうな」


 いささか怪しいところはあるものの、歓待されているのは事実である。

 それなのに、村に迫る危険について何も教えずに立ち去るのはちょっと嫌だ。

 なによりも、今の俺は神の使いである。

 人よりもモラルの高い振る舞いをする必要があるのだ。


 面倒なことにならなければいいが……。

 そんな思いを抱えたまま村人を部屋に呼んで先ほどの内容を告げると、特に驚くこともなく彼女は答えた。

「それはきっと、ドランケンフローグでしょう」

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