第56話 奴隷狩りの事情

「ドランケンフローグ?」


 思わずその名を口に出して繰り返すと、その村人は大きく頷いて語りだした。


「そう、貴方の連れている帝王羊が森の王ならば、ドランケンフローグは森の魔王。

 暗き森の化身にして絶対者、千の骸を率いて深き森に恐怖を撒き散らす。

 地獄の申し子。 破壊の魔王。 嘆きの盟主ドランケンフローグ」


「とんでもないやつだな……」


 その仰々しい肩書きに、思わず俺はゴクリと喉を鳴らす。

 だが、そんな反応をクスリと笑うと、村人はこう付け加えた。


「まぁ、全部本人の自称ですが」


「自称なのかよ!」


「なにはともあれ、ドランケンフローグが来るというのならばこちらも準備をしなければなりません。

 このアンバジャックの集落の力、思い知らせてやりましょう」


 そういって、村人は腕をまげてちからこぶを作ってみせる。

 なんというか、微妙に緊張感ないなぁ。


「えっと……なんだったらこちらからも人を出そうかと思うんだけど」


 俺がそんな申し出をすると、村人は首を横にふった。


「それには及びません。

 心配なさらずとも、あなた方に手出しはさせませんので」


 それだけ告げると、その村人はどこかに報告すべく部屋を出て行ってしまう。

 おいおい、この村って女の子としかいなかったんじゃ?

 それとも、どこから筋肉ムキムキの男たちが隠れているとでもいうのだろうか?


「なんか心配だなぁ。

 念のためにヴィヴィを呼んでおくか」


 食料集めも大変だが、安全と引き換えにはできない。

 俺はそんなことを考えつつ、何か飲み物をもらおうと食堂にむかった。


「どうしたんだい、子獅子の坊や」


 食堂にたどり着くと、俺の表情から何かを感じ取ったのだろう。

 奴隷狩りの隊長が声をかけてきた。

 ついでにお互いの腰が触れる距離に腰掛けてきたので、軽く距離をとる。

 舌打ちをする小さな音を俺の鼓膜がとらえた。


「……坊やって。

 調子に乗るなよ、犯罪者。

 今のお前らは、俺に連行されている真っ最中なんだからな」


「いいじゃないのさ。

 逆らう気はないし、逃げようにも呪われちまってるんだし、せめてこのぐらい大目に見てくれてもバチは当たらないと思うんだけどねぇ、神官さん?」


「調子のいい奴だな。

 まぁ、その態度はおいおい改めさせるとして……。

 この村に化け物が近づいているみたいなんで、その報告をしただけだよ」


「ちょっ、まずいだろそれ!

 一宿一飯の恩もあるからね。

 あたしらも戦うよ」


 俺が説明をすると、隊長が一瞬で顔色を変えて立ち上がる。

 周囲の男共もこちらに注目した。

 うん、この反応が普通だよなぁ。


「いや、それが……助けはいらないって」


「はぁ?

 大丈夫なわけないだろ!」


「でも、勝手に手を出したらなんか怒られそうな雰囲気でさ」


「ちっ……まぁ、いざとなったら逃げさせておくれよ。

 こんなところで死にたくはないからね」


 そう告げると、納得がいかないという表情のまま隊長は腰をおろした。

 おい、さりげなく距離をつめおったな。


「そうするしかないね」


 ふたたび距離をとりなおすと、俺はなれない味の茶をすする。

 そのあとは奴隷狩りの男たちが外の様子を見にゆくという話となり、その場の話は終わった。 足に呪いつきの糸がついているので逃亡するおそれはなく、俺もその提案を許可する。


 情報はほしいしな。

 なにせ俺もイオニスも戦いが専門ではないので、相手の戦力がどれほどのものかまったくわからないのだ。

 自分を襲ってきた犯罪者集団と馴れ合うのは倫理的に嫌悪感を覚えるが、好き嫌いをいってられる状況でもない。

 利用できるものはなんでも利用するべきだろう。


「そういやさ、お前らってなんで奴隷狩りなんかに手を出したんだよ。

 この国では犯罪なんだし、亜人狩りより魔獣退治のほうが楽なんじゃないのか?」


 亜人は人間より身体能力が高いことも多く、しかも知能が高い。

 とくにエルフなんかは魔術も使ってくるだろう。


 しかも、条件が違いすぎる。

 この国のように奴隷狩りを禁止している国があるということは、中世ヨーロッパというよりも奴隷制度廃止運動が発生した十九世紀に近い社会情勢と考えたほうがいいだろう。


 そんな環境だと、冒険者として魔獣でも倒していたほうがはるかに賢い。

 はっきり言えば、奴隷狩りなんてバカのすることだ。


 だが、奴隷狩りの奴らを見ていると、そこまで損得の計算ができない連中には見えないのである。

 俺の質問は、そんな意味を含んだものであった。


 すると、隊長は苦笑しながら俺の言葉に頷いたのである。


「まぁ、わりのあわない仕事だってのは否定はしないよ。

 こんな仕事をやってる理由はそれぞれだけどさ、あたしら自体がみんな奴隷なんだわ。

 あたしたちに呪いをかけて行動を制限しているのは、あんただけじゃないって事。

 だから、拒否権なんてありゃしないのさ」


 あぁ、なるほど。

 強制的にやらせているのか……たしかにそう考えればしっくりとくる。

 もしもこいつらがこの国で検挙されたときにも、トカゲの尻尾きりをする準備は整えてあるのだろうな。


「雇い主はそうとうなクズだな」


「いや、たしかにクズはクズだけど、むしろ本当にクズなのは……」


 隊長が何かをいいかけたそのときだった。

 突然、部屋のドアが荒々しく開かれる。


「姉御! まずいですよ!」


「化け物が、もうすぐそこに……!!」


 なんだと?

 こいつらが偵察に出て、まだ十分もたってないじゃないか!!


「ちっ、早すぎるだろ。

 お前ら、出るよ!

 手出しは不要って言われているけど、まずは相手の顔を拝んでやろうじゃないか!!」


 荒々しく言葉を吐き捨てながら、奴隷狩りたちが外へと駆け出す。

 その姿を眺めながら、俺は自分が何をすべきかについて、ただ考え続けるのであった。

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