第52話 神の名において裁きがあればいいのに
「うわぁ、なんかすごい状態だな。
どっちかっていうと、羊というより蜘蛛の仕業?」
ヴィヴィと羊たちが戦った後を見て、思わず口から出た感想がそれだった。
いったい何をどうしたのかはわからないが、目の前には羊の毛に埋もれて団子状態にされた奴隷狩りたちが転がっている。
一応頭は出ているので窒息する恐れはないが、身動きはまったくできないようだ。
この状況、すごく苦しいんだよな。
ちなみに俺も大学時代に布団を使って遊び半分で簀巻きにされたことがある。
だから知っているのだが、圧迫された状態で身動きができないというのは、名状しがたい苦しさがあるのだ。
さらにはあちこちがかゆくなったり、尿意に襲われたりと、今思い出しても震えがくる。
まぁ、こいつらの場合は自業自得だから助けてはやらないけどな。
自由になったら元気に襲い掛かってくるだろうし。
「とりあえず、ここに置いておくと狼とかに食われるかもしれないしな。
空き地を作ってくれ。
収容所を作る」
とはいえ、こいつらどうするかねぇ。
司法に引き渡すために街までつれてゆくにも、人の手が足りない。
あるのは羊の蹄だけだ。
なお、男エルフ二人は、俺が逃がした女エルフ二人の回収に向かっている。
奴隷狩りを一網打尽にした今となっては彼らと行動を共にする意味もないし、もしかしたら帰ってこないかもしれない。
「なんだったら、あたしが運んであげようか?」
そんな提案をしてきたのは、ヴィヴィである。
「どうやって?」
「この団子を縄でつないで引っ張るつもりよ。
足だけだしてやれば、自分で歩けるだろうし」
「逃げたらどうする?
隠し持っていたナイフとかで縄を切ったりされたら、手に負えないと思うけど」
それこそ、複数で一斉に逃げられたらどうしようもない。
ついでに、森歩きの素人である俺が、逃げた連中を追いかけるなんてできるはずもなかった。
「でもさ、そんな事ができるならとっくにやってるでしょ。
それに……逃げたら私が始末してあげる」
ヴィヴィは唇の端を吊り上げ、物騒な笑みを浮かべる。
かわいい顔して恐ろしい子だなぁ。
「なんとも頼もしいかぎりだね」
そんな会話をしながら奴隷狩りたちをみると、全員が顔を青くして震えていた。
まぁ、この様子なら大丈夫かな。
「じゃあ、とりあえずこいつらを縄で繋いでしまおうか」
「そうね。
じゃあ、羊さんたちお願い」
ヴィヴィが声をかけると、何頭かの羊が潅木を食べる動きをとめてこちらを向く。
そして全身の毛が膨れ上がったかと思うと、それがよじれて一本の縄を作り始めた。
なるほど、この毛玉はこうやって出来上がったのか。
俺が妙なことに感心していると、ヴィヴィはその出来上がった縄をつかって奴隷狩りたちを繋ぎ始める。
「じゃあ、私が縛っておくから、トシキは収容する場所の壁でも作ってきて。
そのあとは寝床をつくりなおしてさっさと寝ちゃったほうがいいよ」
「そうだな、そろそろ時間も遅いしそうさせてもらう」
俺は魔導書を左官鏝に変えると、羊が作った空き地を囲むように壁を作ることにした。
翌日。
結局、エルフたちが帰ってこなかったことを確認してから、俺たちは移動を開始した。
馬車を引く巨大羊のみならず、その眷属である百頭ちかい羊たちも一緒である。
気分は、完全に遊牧民族だ。
そういえば、捕虜にした奴隷狩りの中に、足に矢を受けた男はいなかったな。
まぁ、ヴィヴィも気にしてなかったし、あいつ一人ぐらいほっといてもいいか。
それに、いくら傷があるとはいえ森の中に逃げた斥候を探して見つける自信はない。
「はぁ、いい天気。
今日はこのままお昼寝しちゃおうかな」
昨日の夜の出来事が嘘のように、今日は穏やかな小春日和である。
俺は先頭を歩く巨大羊の背で寝転がり、青く晴れ渡った空を見上げた。
なお、俺が巨大羊の背中にいるのは、さっき召喚しなおしたイオニスの曰く……昨日がんばったこの羊に対するご褒美なのだそうだ。
なぜご褒美になるのかはわからないが、喜んでいるならそれでいいだろう。
あと、お供の羊たちや、お漏らし状態の奴隷狩り連中が非常に臭うので、風上にいたほうがいいと言うのもある。
なお、俺が乗っかっている巨大羊に関しては、イオニスとヨハンナがなにをどうやったのか綺麗さっぱり洗浄されており、花の香りすら漂っていた。
「そういえば、この奴隷狩り共どこで司法に引き渡すかも考えておかなきゃならないなぁ」
わかっているのは、隣の国にいってからだと無罪放免になってしまうことである。
だが、それまでに適切な町か村があるかが定かではない。
あと、今いる国に引き渡した結果どんな罰が下るかも情報がなかった。
この世界はわりと簡単に死罪になるイメージがあるので、こちらも油断できない。
「切実に情報が足りないな。
誰か信頼できるこの世界のガイド役がほしいよ」
だが、いないものはしかたがない。
罪人への罰を自分の望むようにしようというのがワガママなのかもしれないが。
「ねぇ、トシキ。
もしもあいつらをどう更生させるかについて考えているなら……君が裁けばいいじゃない」
まるで俺の心を読んだかのような言葉に、俺は思いついて思わず飛び起きた。
「ヴィヴィ、それはかなり危険な考えだ」
「でも、今回に限ってはトシキが今いる国に引き渡さない限り、あいつらは罪に問われないのよ?
エルフたちは人間の王国を相手に訴訟なんか起こさないし。
この国の検察が死罪にすると言い出さないように、こいつらに罰をあたえて更生させた上で隣の国に引き渡してしまえばいいじゃない」
「たたしかに、それならば死罪は回避できる。
でも……」
「あとはトシキにその結果に責任をとる覚悟があるかどうかね。
でも、トシキがやらなければ、あいつらは死罪になるか悪党のまま生きるか、どちらかよ」
……なんて選択肢を迫りやがる。
陪審員制度ならば複数の人間で多数決をとることで心の負担を軽減するのだろうが、俺はたった一人で裁かなければならない。
しかも、何十人もの人間をだ。
つらい。
とてつもなくつらい。
だが、おそらく彼らに死罪でもなく悪の道でもない生き方を示すことができるのは、俺しかいないのだ。
はたして、彼らをどうするべきか。
俺は羊の背の上で、この身に余りある試練について、深く考えをめぐらせるのであった。
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