第53話 森の食糧事情

「まさか、エルフたちに食料を持ち逃げされるとはなぁ」


 そのことに気づいたのは、朝ごはんを用意しようとしたときである。

 なんと、俺の持っていた食料が保存袋ごと無くなっていたのだ。


 犯人は、おそらくエルフ家族の母。

 どうせ俺はつかまるだろうから、自分たちが有意義に使おうとでも思ったのだろう。

 どうりでほかのエルフたちも戻ってこないわけだ。


 そして昼ごろ。

 奴隷狩りの連中から陳情が来た。


「おい……食事をくれ。

 水すらもらえないんじゃ、死んじまうだろ」


 すでに死んでいるんじゃないかと思うような顔でそう告げてきたのは、奴隷狩りの隊長らしきマッチョでであった。

 なお、意外なことに女性である。


「いや、ふつうに無理。

 たしかに縛られた状態では食事もとれないと思うけど、お前らを野放しにしたらこっちが殺されちゃうし」


 なにせ、こちらは事実上たった一人なのとかわらないのだからしかたがない。

 イオニスとヨハンナは別件で手が空いてないし、まさか羊に奴隷狩りの管理や世話をさせることができるはずないだろ。

 そもそもくれてやる食料自体がないし。

 だから彼らの訴えは却下せざるをえないのだ。


 しかし、考えてみると妙な状態だな。

 俺は見るからに子供だし、あとは魔導書の化身が二人と大量の羊たち。

 そんな連中が三十人ほどの捕虜を従えて、この杉ばかりが生えている植生が貧困な森を移動しているのである。


「鬼! 悪魔! 人殺し!

 ちくしょう、ちょっとかわいいからっていい気になるなよ!

 死んだらゴーストになって復讐にくるからな!

 お前の毛が全部禿げるまでモフってやる!!」


 いや、それ復讐なのか?

 たしかに激しく嫌だけど、微妙に迫力ないし。


 顔が近いので足蹴にしたら、なぜか『にくきゅう……』とつぶやきながら恍惚とされた。

 解せぬ。


 しかしまぁ、こいつらに死なれても目覚めは悪いし、次の村か街までこいつらの体力が持つという保証はない。

 人道的に考えてもできれば食事と休息を与えたいのだが、俺にいいアイディアはなかった。


「どうしよう……イオニスやヨハンナには何かいい考えある?」


 手詰まりを感じて守護者たちに相談すると、二人はすでに腹案を用意していたようである。


「食料は森の中でなんとか調達するとして……拘束の形式を変えましょう」


「魔羊が魔力で、呪いつきの糸を作り出せるそうです。

 反抗したり逃亡すれば手足が引きちぎれるようにしておけば、主様が恐れようなことは防げるかと」


 ほほう、羊たちはそんなこともできるのか。

 このあたりは、羊と意志の疎通ができるこいつらならではのアイディアだな。


「なるほどねぇ。

 でも、食事のほうは大丈夫なの?

 この森、あまり食料になりそうなものないし……あいつらが持ってきていた食料は昨日の襲撃で全部ダメになったんでしょ?」


 なんでも、大量の羊が突っ込んだせいで奴隷狩りたちの持っていた食料はほとんどが踏み潰されてしまったらしい。

 出発する前に探せば食えるものが見つかったかもしれないが、まさかここまでこの森での食料調達が難しいとは思ってもいなかったのだ。

 考えが浅はかだったことは認めるしかないだろう。


「そこは我々でなんとかいたしましょう」


「全ては主様の御心のままに」


 イオニスとヨハンナはそう告げると、イオニスが巨大羊を追い越して森の中へと探索に出かけた。

 ヨハンナは俺のオウム人形を使って羊と交渉を始めている。

 こんな状況でも、彼らがいるおかげでずいぶんと気が楽だ。


 イオニスが戻ってきたのは、それから三十分ほどした頃だった。

 

「主様、小さな池がいくつか連なった場所を見つけました。

 確認したところ、その池のいくつかが飲み水として使用可能です」


「そっか、じゃあそこで休憩を取ろう」


「あと、飲み水に適さない水も沐浴には使えると思います。

 主様が使った後で、奴隷狩り共の体も清めさせましょう」


「うん、それでお願い」


 イオニス案内でたどり着いた場所は、森を流れる小川がいくつも合流してできた場所であった。

 開けた場所であり、天然の公園かとおもうほど見晴らしが良い。

 冬のような寒さにもかかわらず、そのほとりには梅花藻のような白い花が咲き乱れている。

 なんとも心洗われる光景だ。


「メェー」


 喉が渇いていたのか、水を見つけた羊たちが一斉に駆け出す。

 だが、その足がぴたりと止まった。

 何かあるのだろうか?


「主様、この池の周りは沼になっているところがあって、うかつに踏み込むとそのまま沈んでしまいます。

 貴方様の力で足場をお作りになったほうがよろしいかと」


「綺麗な場所に見えて底なし沼かよ」


 さすが異世界サバイバル。

 容赦がねぇな……。


「とりあえず足場は作るから、飲み水を最初に確保しよう」


 俺は魔導書を取り出して『アドルフの左官鏝』を召喚すると、『うごめく泥霊』の魔術で泥を動かして足場を固める。

 コンクリートでやったほうが安全なのはわかっているが、大自然の中にそんなものを残すのは気が向かなかった。


「イオニス、飲み水に使える池はどれ?」


「こちらと……あちらの池でございます。

 他の池には流れてくる小川に有害なものが含まれているので、抵抗力の弱い主様は利用しないほうがよろしいでしょう。

 ただ、それらの池も羊や奴隷狩り共が飲み水として利用するには何の問題もないかと」


「わかった。

 じゃあ、その二つの池だけ壁で隔離して、あとは自由に使わせよう」


「主様、こちらも準備が整いました。

 この紐を足にくくりつけた者から開放してもよろしいでしょうか?」


「いいよ、ヨハンナ。

 早く自由にさせてやって」


 俺がヨハンナに許可を出すと、開放された奴隷狩り共が歓喜の声を上げて池に入ってゆく。

 そして服を脱いで沐浴や洗濯を始めた。

 隊長を除いて全員が野郎なので、かなり見苦しい光景である。


 あ、隊長が沐浴をする場所だけは泥の壁で囲いをつくってやらないとな。


「へぇ、坊やって意外と紳士なんだ」


「これでも神の使いだぞ」


 囲いを作ったやったら、奴隷狩りの隊長から礼らしきものを言われた。

 もっと崇め奉ってもいいんだぞ?


 その後、イオニスと奴隷狩りの男共が総出で食料を調達したが、成果はあまり芳しくなかった。

 食料が思うように手に入らないせいか、奴隷狩りたちの間に漂う空気が淀んでいる。


「ここは……神の使いのなんたるかを教えてやるか。

 ヨハンナ、紙と筆を用意してくれ」


「主様、ここにご用意してございます」


 俺はヨハンナから紙とペンがわりの木炭を受け取ると、記憶を探り漢詩を書き付ける。

 ……しかし、最近思うのだが、なんで一度見ただけの漢詩を一言一句間違わずに思い出せるのだろう。

 俺の記憶力はそこまでよかった覚えはないのだが。


「イオニス。

 その辺の草の種を集めて。

 種類は何でもかまわないけど、できるだけ小さいほうがいいと思う」


 やがてイオニスが種を集めると、俺はそれを沐浴ですっかり濁ってしまった池に投げた。

 そして手持ちの紙に書き付けた詩を読み上げる。


 春種一粒粟   春にまく種は一粒でも

 秋成萬顆子   秋には無数の実を結ぶ

 四海無閒田   この世界に耕さぬ田などないのに

 農夫猶餓死   農夫たちはそれでも飢えて死ぬ


 鋤禾日当午   鍬をもって田を耕せば日にさらされる

 汗滴禾下土   汗は滴り稲の根元の土にしみこむ

 誰知盤中餐   誰が知るだろうか、この茶碗の中の晩餐が

 粒粒皆辛苦   粒の一つ一つにいたるまで皆の辛苦に満ちていることを


 俺が選んだのは、唐の時代に活躍した李紳という詩人の憫農|(農民を哀れむ)という詩だ。


「な、なんだい、これは!?」


「池の中に、急に草が生えてきたぞ!!」


「これは……麦に似ているけど、見た事がない奴だな」


 俺がピブリオマンシーを使い終えると、奴隷狩りたちが驚いて声を上げた。

 まぁ、魔力をほとんど絞りきる事になったが、成果には満足している。


 すでにわかっているだろうが、俺がやったのは植物の変身だ。

 ピブリオマンシーの力で、この世界の植物を稲にかえたのである。


「……騒いでないで収穫して。

 それ、実を食べることができる植物だから」


 俺が指示を出すと、奴隷狩りたちは素直にしたがって稲の収穫に取り掛かった。

 そのあとはヨハンナの独壇場である。


 あっという間に精米まで仕上げて、全員が腹いっぱい食えるだけの粥を作り出した。

 しかし……毎回コレでは体がもたない。


 なんとかして食料を確保しなくては。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る