第27話 廃寺院、修復中

「ほう、これはすごい。

 まるで新築のようになったね」


 修復が終わった柱を見て、雷鳴サンダーボルトが驚嘆の声を上げる。

 ほんと、あんなボロボロだった柱を砂粒ひとつの単位まで精密に修復できるなんて、とんでもないな。


「でも、これ……けっこう消費が大きい。

 連続してなんども使えるものじゃないな。

 あと、使う順番も考えたほうがいい気がする。

 屋根を先に直したりしたら、その重みに柱や壁が耐えられないって事にもなりそうだし」


 疲れの余り口調が崩れた俺の感想に、雷鳴サンダーボルトもまた大きくうなずく。


「ならば、できるだけ下から直すといいんじゃないかな。

 それで言うと、柱よりも床の修復が先だったね」


「うん、次からそうする……」


 下手をすれば、修復された柱の重みで床が崩れることもありえたのだ。

 やはり建築というものは素人がうかつに手を出すものじゃないとしみじみ思うよ。


 ただ、この部屋だけはこのまま最後まで修復してしまいたい。

 俺は自分なりに修復の手順を考え、今度は床にむかって魔術を発動させた。


 魔術の効果範囲になった床が、面白いぐらいツルツルになる。

 だが、一度に床を全て直す事はできなかった。

 

 そのままもう一度魔術を発動しようとしたのだが、反応がない。

 あ……修復に使う石材が足りないのか。


雷鳴サンダーボルト、修復魔術の材料になる石が足りないから、外に転がっている瓦礫をいくつか取りに行きたいんですけど」


 俺がそんなことを告げると、雷鳴サンダーボルトは快くうなずいた。


「了解した。

 君はそこにいたまえ。

 私が運ぼう。

 かわりに、そこの暖炉を先に修理してくれるかね?」


「了解です。

 中に積もっている塵がすごいから、すぐに使えるとは限りませんけどね」


 この部分を掃除せずに暖炉を使ったら、不完全燃焼で一酸化炭素中毒になるかもしれない。

 だが、これを掃除するのか。

 あ、『突き放す左手』で一気に外に押し流せないかな?


 俺は雷鳴サンダーボルトが外に出たあとで、この思い付きを一度試すことにした。


「精霊ヴィヴィ・ヴラツカの左手は、かの者より留まる力を奪い去り、その威声にて追い払う……突き放す左手!!」

 

 俺が思いつきで魔術を放つと、ゴォッと音を立てて部屋の空気がかき混ぜられる。

 暖炉に向かって風が流れ、床の埃が舞い上がった。

 気圧が急に下がったのか耳鳴りがひどく、俺は耳を押さえ、目を閉じてこの魔術の反動が収まるのを待つ。


 すると、外からドカドカと大きな足音が近づいてきた。


「大丈夫かね、トシキ君!」


 血相をかえて飛び込んできたのは、雷鳴サンダーボルト

 だが、部屋の埃が綺麗さっぱりなくなっているのを見て、一瞬で何が起きたのかを悟ったらしい。


「……好奇心が強いことは結構だが、せめて私の目のあるところでやってくれると助かるかな」


「ごめんなさい」


 何でも、外にいたところ煙突から突然黒い煙が上がったのであわてて戻ってきたらしい。

 俺としたことが、余計な心配をかけてしまった。


 そのあとは、雷鳴サンダーボルトから受け取った瓦礫を材料にし、暖炉、床、壁、天井の順番で修理。

 屋根を直したときに上から落ちてきたゴミで床が汚れたので、もう一度『突き放す左手』を使い、いらないものは外へ。


「けっこうマシになってきたね。

 この部屋だけなら使えそう?」


 すっかり綺麗になった部屋を見て、俺は感慨深くつぶやく。

 すると、雷鳴サンダーボルトも笑ってこんな提案を口にした。


「そうだね。

 暖炉が直ったことだし、庭から薪になるものを拝借してこようか」


 その意見には全面的に賛成である。

 家の中にいても息が白く煙るぐらい寒いんだ。


「外は風がつよいから、君は中にいたまえ」


 雷鳴サンダーボルトは俺の返事を待たずに庭に出ると、その辺に落ちている乾いた枝などを拾いはじめた。

 その間に、俺は今回の反省点について考える。


「さてと。

 この寺院全体を修復するとなると、素人が無作為に手をつけるのはよくないだろうな。

 専門家に聞いてみるか」


 俺は荷物の中かに黒板を取り出すと、そこに黄色のチョークで四角を描き、ライティング・リクエストの能力タレントでアドルフを呼び出した。


「お、執筆依頼か?」


「うん。 この寺院を修復する計画書のようなものがほしくて」


 俺の依頼に、アドルフが大きくうなずく。


「たしかにそのほうがいいだろうな。

 下手に手をつけると、後から修正が難しい状態になることも考えられる。

 報酬はバンダナ二枚と、あとはトシキが何か俺にと思う贈り物を考えてくれ。

 後払いでかまわないから」


 その答えに、俺は荷物の中かにバンダナを取り出す。

 こんなこともあろうかと、ここに来るまでに露天で買い求めた代物だ。


「バンダナは用意してあるから、これでいいか?」


「十分だ。

 先に調査をする時間をくれ。

 少なくとも、本日中には終わらせる」


 そう告げると、アドルフの姿が唐突に消える。

 それと入れ替わりで、雷鳴サンダーボルトが戻ってきた。


「おや、お邪魔だったかな?

 つい先ほどまでそこに精霊がいたような気配がしたのだが」


「あ、おかえり雷鳴サンダーボルト

 はやく火をつけよう。

 ここは寒くてしかたがない」


 特に隠すようなことでもないのだが、なんとなくアドルフがそれを求めていない気がするので、俺はすぐに話をすり替えた。


「では、さっそく……」


「あ、まって。

 それなに?」


 暖炉に薪を入れようとした雷鳴サンダーボルトを、俺はとっさに呼び止める。

 俺が目をつけたのは、明らかに自然物ではない、丸い棒の先のようなものだった。


「これかな?

 おそらく椅子の足だったものだね。

 庭に落ちていたものだよ。

 半分腐っていてキノコが生えていたけど、せっかくだから薪にしてしまおうと思ってね」


 その言葉に、俺はあることを思いつく。


「えーっと、これと……これでいいかな。

 この何かの部品っぽいのは燃やさないで。

 あと、庭に潅木とかどのぐらいありました?」


「売りものにできそうなほどあったね。

 木材が欲しいなら、いま持ってきたものを使ってはどうかな?

 足りなくなったら、また取りに行けばいい。

 何をするつもりかね?」


「うまく行けば、壊れた椅子を再生できるかもしれない」


 俺が思いついたのは、建物を修理する魔術……その中でも木製の構造物を癒す魔術で、この椅子を再生できないかということだ。


「精霊アドルフの真の名とその祝福において命ず。

 われは森の子にその血と肉を与え、これを癒さん。

 ……木の癒し」


 魔術が発動するのと同時に、薪が溶けて椅子の破片に絡みつく。

 そして、欠落した椅子のパーツはみるみる修復されていった。


「やった、成功!」

 雷鳴サンダーボルトは目を見開き、俺は両腕を天に突き上げて喜びを示す。


「……あ」

 だが、修復が完了すると……椅子のパーツがバラバラに床の上で散らばってしまった。

 パーツを留めていた釘が再生されていなかったためである。


「ぶはははははははははは!」


 次の瞬間、雷鳴サンダーボルトが腹を抱えて笑い転げた。

 ちくしょう、最後の詰めが甘かったか。

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