第26話 リフォーム開始

「まぁ、そこまで言うなら少しは考え見るよ」


「なんだ、あんまり驚いてないな」


 俺の反応を見て、マルコルフはつまらなそうにそうつぶやいた。


「そりゃそうだ。

 庶民が男物の香水なんかつけるかよ。

 よほど気合の入ったデートじゃあるまいし」


「そういわれればそうだな」


 俺の答えに、素直に納得したらしい。

 マルコルフはポンと手をたたく。


「とりあえず、依頼の件が形になりそうだったら連絡を入れたいと思うんだけど、どうすればいい?」


「そうだな……じゃあ、キャロル卿を通じて連絡をくれ」


「キャロル卿?」


 聞き覚えのない言葉に、俺は首をかしげる。

 もしかして、スタニスラーヴァのことだろうか?

 いや、地球でもキャロルは本来男性の名であったはずである。

 それに、彼女は俺とのつなぎをとるのには適していない。


 すると、マルコルフ本人の口からすぐに正解がもたらされた。


「お前が雷鳴サンダーボルトって呼んでいるオッサンのことだ」


 あ、なるほど。

 雷鳴サンダーボルトの本名というか、通り名って奴がキャロルなのね。

 ほんと、この世界は名前の扱いが面倒すぎる。


 だが、俺のそんな思索は冷ややかな気配に中断させられた。


「……マルコルフ。

 私はオッサンですか。

 自分の剣の師匠に向かって、たいした言い草ですね」


 あ、雷鳴サンダーボルトの額に青筋が立っている。

 まぁ、自分の歳を気にするようなタイプではないが、ぞんざいな扱いは許さないって感じだよな。


 しかし、この二人って師弟関係だったのか。

 なんか納得である。


「おっと、やべぇ。

 じゃあ、俺はそろそろ自分の仕事に戻るわ。

 またな!」


 マルコルフはそんな捨て台詞を吐くと、こちらの言葉にはまったく耳をかさず逃げるようにその場を後にした。

 見事な撤収の判断である。

 あやつ、たぶん戦略の才もあるな。


 そしてマルコルフの姿が見えなくなると、雷鳴サンダーボルトは額に手を当ててふかぶかとため息をついた。


「まったく、あの方は……いくつになっても成長しない。

 もう二十六にもなるというのに」


「え、老けすぎじゃね?」


 思わず漏れた俺の言葉に、雷鳴サンダーボルトの攻めるような視線が突き刺さる。


「トシキ君。

 それは絶対に本人の前でいわないように。

 いい歳してすねるので、あとがかなり面倒になります」


 なるほど、まるで見たことがあるかのように、その場面がありありと想像できた。

 マルコルフだもんなぁ。

 意外と細かいこと覚えていそうだし、たしかに面倒くさいかもしれない。


「そろそろ寺院につきますよ。

 私は外で待っていればいいのかな?」


「いや、さっさと使える場所を確保するので中へ。

 この寒さの中、外で待機していただくのはさすがに心が痛みます」


 俺への扱いがいいので時々忘れそうになるが、この人は冒険者ギルドのギルドマスターである。

 決してぞんざいな扱いをして良い存在ではない。


「気遣いには感謝するが、これでもかつては軍人として名をはせた身でね。

 寒さについてはあまり気にしなくてもよいよ。

 それに……」


 次の台詞を口にするのに、すこしためらいがあったのだろう。

 雷鳴サンダーボルトは言葉を区切ってため息を吐くと、いかんともしがたい現実を口にした。


「あの廃墟には暖房がないからね。

 建物に入っても、せいぜい風をよけるぐらいの意味しかない」


 そういわれればたしかにその通りである。

 だが、風がないだけでも少しは違うはずだ。


「まぁ、それでも吹き晒しになるよりはマシですよ。

 どうぞ、入ってください」


 そういいながら、俺は先に立って寺院に入った。

 さてと。

 まずは比較的破損の少ない部屋の修復を試みるか。


 俺は入り口に近い場所にある部屋を選ぶと、修復のための呪文を唱えはじめた。

 使用するのは、破損検知の魔術。

 建物を直すなら、まずどこがどう壊れているかを知らなくてはならない。


「精霊アドルフよ、その精妙なる眼をしばし我に貸し与えよ」


 呪文を唱え終わると同時に、意識が広がるような感覚を覚える。

 そして気がつくと、遮蔽物を完全に無視してこの部屋の破損状況がはっきりと認識できた。


 あと、この魔術って建物の中にいる人間まで把握できるんですけど……。

 たぶん雷鳴サンダーボルトに教えたら、即座に冒険者ギルドでの使い道を考えるだろうな。

 室内に立てこもっている暴漢や、隠れて待ち伏せしている連中を一瞬で丸裸にできるだろうし。


 まぁ、そんな殺伐とした話はあとである。

 とりあえず、この部屋で一番破損がひどいのは、柱だ。

 正直言ってひどすぎる。


 いつ壊れてもおかしくないし、普通ならば、壊して立て直すべき案件だろう。

 だが、今の俺には魔術がある。


「精霊アドルフの真の名とその祝福において命ず。

 われは欠けたる石塊にその血と肉を与え、これを癒さん……石の癒し」


 呪文を唱え終わると、俺のかざした手に金色の光が生まれた。

 そして破損のひどい柱の周囲を、その金色の光が照らす。


 次の瞬間、足元に落ちていた瓦礫が水銀のように溶けて柱の中に吸い込まれていった。

 なるほど、周囲の石材をつかって欠落した部分を補填しているのか。

 呪文の詠唱の中にあった石に血と肉を補うとはまさにこのことである。


 修復のほうも順調みたいだな。

 先ほどの破損を感知する魔術のおかげで、柱の中の亀裂が徐々にふさがってゆくのが視覚に近い形で理解できた。


 そして待つこと数十秒。

 俺の前には真っ白な大理石の柱が照り輝いていた。

 うわぁ、ここまで綺麗に直るのかよ。

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