第19話 魔術修行のはじまり

「はぁ? こんな奇妙な精霊文字見たことありませんよ。

 偽物じゃないんですか?

 建物修復用の魔導書なんて、正直ありえないと思いますし」


 雷鳴サンダーボルトの手配した魔術師の男は、本をめくって十秒でそう結論を述べた。

 しかも、魔導書にむかって汚らわしいといわんばかりの視線を送っている。

 あぁ、こいつは話にならないな。


「そうか。 手間を取らせたな」


「いえ。

 ギルドマスターのお呼びとあらば、いくらでも!

 ただ、あまり怪しい書物には手を出さないほうがよろしいかと思います」


 胸を張ってそう告げると、魔術師の男はクエスト達成とばかりに意気揚々と帰っていった。

 おいおい、鼻息荒いけどいいのかな?

 たぶん評価は下がってるぜ?


 その背中が個室のドアをくぐった後、雷鳴サンダーボルトはどうする? といわんばかりの視線を俺に送る。

 やっぱりこうなるよなぁ。


 俺は肩をすくめると、ため息をつきながら彼に告げた。


「やむを得ません。

 呼んでください」


「後悔はいまのうちに済ませておきたまえ」


 すると、雷鳴サンダーボルトはピシッと器用に指を鳴らした。

 次の瞬間、まるでそこで待っていたかのように個室のドアが開いて一人の美女が姿を現す。

 いや、たぶん待っていたんだろうな。


「このわたくしを見込んでのお願いがあると伺いましたが、間違いありませんか?」


 冷たく微笑むその姿は、まるで冬の女王。

 彼女が歩くだけで、その周囲には冬に花咲く水仙の園の幻で包まれた。

 気品あふれるその怜悧な姿をもほかの人と見間違うなどありえない。


「ええ、スタニスラーヴァさん。

 この問題を解決するには、貴女の力が必要なようです。

 そちらの席におかけください」


 引きつりそうな頬を全力で押さえ込み、精一杯の営業スマイルを浮かべると、俺は向かいの席を手で示す。

 すると、彼女は輝かしい笑顔と共に……俺の隣の席に着いた。


「おぉう……」

 くそっ、やっぱりこうなるのかよ!

 雷鳴サンダーボルト

 笑ってないで助けてくれ!

 あんた、俺の護衛だろ!!


「さて、お話を伺いますわ。

 先ほど知っている魔術師とすれ違いましたけど、彼ではお役に立たなかったようですわね。

 いったい、どのような難問でしょう?」


 そんな台詞で話を切り出したスタニスラーヴァに、俺は黙って三冊の魔導書を差し出す。

 これが建物修復用の魔導書であることは、あえて教えない。


「どのような魔導書か、あててみろということですわね。

 おもしろいですわ」


 その咲き誇る笑顔を不適なものに変えつつ、スタニスラーヴァはその中の一冊手に取る。

 だが、たった数ページをめくっただけで、スタニスラーヴァの顔色が変わった。


「これは……まさか、そんな!」


 あぁ、これの価値がわかるのか。

 やはり、先ほどの男とはえらい違いだ。


「そこにどんな魔術が書かれているか、わかりますか?」


 驚いた表情を見せるスタニスラーヴァに、俺は試すような問いかけを投げる。

 すると、彼女はこちらをまっすぐに見たまま真剣な表情で断言した。


「信じがたいことですが、これは戦うための魔術ではありません。

 まさかこのようなものが実在するだなんて」


「偽物だとは思わないのですか?」


「実際に試してみるまでは確信が持てませんが、おそらく本物かと。

 しかも、著者とここに記されている魔術の源が同じということは、これは精霊自身によって書かれた魔導書ということになりますね」


 そう告げながら、彼女は怜悧な視線を俺に向けながら言葉を区切った。

 これであっているかという意味だろう。


 しかし、さすがはスタニスラーヴァ。

 さきほどの男と違って頭が切れる。


 俺は無言でうなずくと、彼女に話の続きをうながした。


「人間の術者が書いたものであればこのような魔導書はありえませんが、魔術の根源である精霊自身ならば、建築物を癒すなどといった魔術を作ることも可能でしょう。

 ちなみに、精霊の記した書物は、それ自体が魔力をもちます。

 ほとんどが禁書として王宮あたりの書庫に封印されるのですが……戦闘用魔術ではないとなると、興味を持たれることもないでしょうね」


 そこで彼女はため息をついた。

 もしかしたら、これが戦闘用の魔術書だったら……とでも思っているのかもしれない。

 だとしたら、少し幻滅だが。


「あと、智の神の眷属の中には、精霊に書物の執筆を依頼する方法があると聞いたことがあります。

 トシキ……これは貴方の仕業ですね?」


「隠しても仕方がありませんから、ご名答といわせていただきましょう」


 スタニスラーヴァの問いかけに、俺は素直にうなずいた。

 正直、彼女をごまかせるだなんて思ってないからな。


 すると、スタニスラーヴァはホゥと感嘆のため息をついた。

 その余りにも色っぽいしぐさに、俺と雷鳴サンダーボルトはそろって目を背ける。

 お前、自分の姿と色気をちゃんと意識してくれ。

 いろいろと衝動に耐えるのは大変なんだぞ?


「それにしても、あの気難しい精霊たちに執筆を依頼できるなんて……。

 かわいいだけじゃないのね」


 気がつくと、スタニスラーヴァの目が怪しい光をたたえながら俺を見ていた。

 これは……まずい!?


「ひかえよ、スタニスラーヴァ。

 理性を失うんじゃない」


 いつの間にかひきぬかれたハルバードが、スタニスラーヴァの鼻先に突きつけられる。

 おお、さすが雷鳴サンダーボルト

 隙が無いね!


「あら、わたくしとしたことが……。

 とにかく、この書物をすぐに解読するのは不可能でしょう。

 人間たちの間では失伝したであろう文字がたっぷりありますから」


 でも……


 そこで言葉を区切り、スタニスラーヴァはとんでもないことをいいだしたのである。


「どうせなら、トシキ自身が魔術師となり、魔導書を読めるようになったほうが良いのではないかしら?」


 その瞬間、雷鳴サンダーボルトの顔が『それは面白い』とばかりに笑顔になった。

 あかん、これ……逃げられない奴や。

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