第18話 文字が読めない

「……というわけで、魔導書を読める人を紹介してください」


 俺がそんな願いをすると、外でパイプをたしなんでいた雷鳴サンダーボルトは目を丸くして首をかしげた。


「いつになく唐突だね。

 どうしたんだい?」


 おっと、俺としたことが少々あせっていたようだ。

 この反応は当たり前だよな。


「実は智の神の導きにより、建物を修復すのための魔術を記した魔導書をいただいたのですが、中が読めないのです」


 そういいながら、俺は手に入れた魔導書のうちの一冊を差し出す。


「建物を修復する魔術?

 それはまた珍しいものを手に入れたねぇ」


 魔導書を受け取った雷鳴サンダーボルトは、その中をペラペラとめくって顔をしかめた。

 どうやらこのおっさんにも読めないようである。


「珍しいのですか?」


「魔術師の連中というものは、とかく戦闘に使用できる魔術を信仰している輩でね。

 それ以外の魔術というのは外道として嫌悪しているのだよ」


 おいおい、それは魔術という技術の楽しさを九割がた捨てているようなものだぞ。

 もったいないなぁ……。

 まぁ、この世界にはこの世界の人間なりのこだわりがあるのかもしれないが、俺とは意見が合わないような気がする。


 そこでふと思い出す。


「そういえば、スタニスラーヴァは会話翻訳の魔術を使っていませんでしたか?」


「あぁ、あれか。

 あれは異種族に降伏勧告をするために開発されたものだと聞いているね」


 なんてことだ。

 この世界の魔術師、本気で戦闘民族だぞ。

 そんな連中に、建築関係の魔導書なんてしろものはまったく価値がわからないだろうなぁ……。


「とにかく、この本に書かれている魔術を習得したいんです。

 誰か紹介していただけないでしょうか?」


「まぁ、依頼というならかまわないが……。

 一番の適任者は君も知っている奴だぞ」


 そう答える雷鳴サンダーボルトの表情は渋い。

 つまり、スタニスラーヴァということか。


「それ以外を優先でお願いします」


 俺が頭を下げると、雷鳴サンダーボルトはため息で答えた。


「わかった。

 とりあえず昼食でもとりながら相談をしよう。

 いったんスラムを離れるよ?」


 そう言われれば、俺も異存は無い。

 そろそろ太陽も高く上っているし、腹もへってきた。


「手持ちが限られているので、お財布に優しい店でお願いします」


「なに、そこは神殿への喜捨ということにしておくから遠慮はしないでおきたまえ」


 そういって笑いながら、雷鳴サンダーボルトはそこそこ値の張りそうな店へと俺の手を引いてゆく。

 しかも、通されたのは奥の個室だ。


「今日一日部屋を貸しきりにしてもらったから、今後のことについてはここで話をしよう。

 知り合いの店でかなり融通がきくから、困ったことがあれば遠慮なく言ってくれたまえ」


 なるほど、たしかにあのスラムのまんなかにある寺院では、落ち着いて話をすることもできないだろう。

 そんな心配りは、いかにも冒険者ギルドのギルドマスターらしい。


 ところで、食事のマナーとかまったくわからないのだが、大丈夫なのだろうか?

 そんなことを気にしながら料理が来るのを待っていると、でかい肉の塊が運ばれてきた

 香草をまぶしてあるらしく、肉の香りと混じったハーブの香りが胃袋を刺激する。

 さて、いただきまくすか……と、そこで俺は気がついた。


 あれ?

 ナイフとフォークは?

 見渡してもカラトリーはなく、かわりに指を洗うフィンガーボウルがおいてある。


 気になって目の前の雷鳴サンダーボルトを見れば、手づかみで料理を食べているではないか。

 どうやら、この世界にカラトリーの概念はまだ無いらしい。


「どうした、食べないのかね?」


「いえ、こういう店は初めてなので、何か作法があるんじゃないかと」


 俺がそう答えると、雷鳴サンダーボルトはフムと宙を見上げてからこの国の食事のマナーを簡単に答えてくれた。


「そうだな。

 いろいろと無いこともないが、まずは指を舐めない。

 それから、他人と食事をシェアするときは、指を洗ってから食べ物をとること。

 ほかの食事に使った取り皿に、別の料理をとらない。

 食べるときに口をあけてくちゃくちゃと音を立てない。

 あとは、食べ物を口に含んだまましゃべらないことかな」

 

 なるほど、たしかにそれは気持ちの良いものではないだろう。

 ちなみに、取り皿については大きな葉っぱや素焼きの皿が使われていた。


 使ったらそのまま捨ててしまうのだろう。

 このあたりはインドの食習慣と似ているな。


 俺がこの国の食文化について考えていると、雷鳴サンダーボルトが急に本題を切り出してきた。


「それでその魔導書なんだが……」


「何か問題でも?」


「一応、この店の人間に頼んで、手のすいている魔術師をここに呼んでもらう手配はした。

 だが、その魔導書に使われている象形文字は、ほとんど見たことが無い。

 ……となると、普通の魔術師では手に負えない可能性がある。

 その場合、言語学に詳しいものが必要になるのだが、そんな人間は一人しかいなくてなぁ」


「……そうですか」


 その言語学に詳しい人間が誰かといえば、雷鳴サンダーボルトが口に濁すあたり彼女なんだろうなぁ。

 暗鬱たる気持ちをかかえていたせいか、せっかくの食事はほとんど味がわからなかった。

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