第10話 冒険者ギルドのマスター

 俺がフリルまみれになったあと、スタニスラーヴァに引きずられてやってきたのは、昨日の冒険者ギルドであった。

 やめてくれ、こんな格好で人前に出たら羞恥で死んでしまう!

 あと、なんでこんな時期に下だけハーフパンツなんだよ!?

 そりゃ、毛が生えていてモコモコだけど、風があたるとけっこう寒いんだぞ!?


 どうやらこのギルドの中でもスタニスラーヴァは頭ぬきんでた存在らしく、周囲の冒険者たちが俺に向ける好奇心の視線も、どこかためらいがちだ。

 こんな格好をしている身としては大変ありがたいが、そもそも原因がスタニスラーヴァなのであまり感謝する気にはなれない。


「ふふん」


 誰にも聞こえないようにささやかれたスタニスラーヴァのつぶやきも、この体についている獅子の耳は逃さない。

 あと、そのドヤ顔やめよう。

 それから、俺の頭を事あるごとにもふもふするのやめて。


 受付に挨拶をしたあと、俺たちが通されたのはおそらく建物の最上階。

 やたらと豪華な扉のついた場所であった。


「ギルドマスター、スタニスラーヴァさまがいらっしゃいました」


「……入りたまえ」


 ここまで案内をしていた受付嬢が俺の予想通りの言葉を口にすると、扉の向こうから低い男の声が応える。

 中にいたのは、四十代ぐらいのガッチリした体格の男だった。


 おそらく体格的には昨日の酔っ払い……マルコルフと横に並んでもまったく見劣りしないだろう。

 ただし、顔に関しては眼鏡をかけた知的なおじさんで、ずいぶんと温和な印象だ。


 そしてギルドマスターは俺とスタニスラーヴァを見るなり、疲れた声でこう告げた。


「担当を別の者に替えるか」


 え、マジですか!?

 やった!!


 あ、ギルドマスターの言葉が理解できる?

 彼の胸に怪しい輝きをともすブローチがあるところを見ると、おそらくこれが翻訳の魔術の代わりなのだろう。

 ほしいなーとは思ったが、おそらく彼の仕事道具のひとつであろうから、そんなわけにはゆかないよな。


 その直後。

 一瞬で周囲の気温が氷点下まで下がった。


「納得できません、ギルドマスター。

 私のどこに落ち度があるというのですか」


 まるでブリザードのような冷たい気迫を纏いながら、スタニスラーヴァはギルドマスターに詰め寄る。

 だが、常人であればお漏らしをしそうなその殺気を前にしても、ギルドマスターはピクリとも動じなかった。

 この男……只者ではない。


「いや、一目瞭然だろ。

 この死んだような目と衰弱した様子を見れば、虐待を受けているとしか思えんな」


 ため息をつきながら、ギルドマスターは俺の顔を指差す。

 あ、なるほど。

 それは納得だ。

 隅々まで洗われた上に数時間も着せ替え人形にされた身としては、もはや生ける屍となるしかない。


「虐待なんてしてません!

 それに、彼は昨日の時点でかなり衰弱をしていました!!」


 激しい口調で反論するスタニスラーヴァだが、ギルドマスターはホゥと声を上げて面白そうな顔をした。


「おや、それはマルコルフの報告と少しちがうな。

 ほかの目撃者からも、トシキくんは自分で歩ける程度には元気だったと聞いておるよ」


 なんと!

 あの酔っ払い、あの後ちゃんと仕事をしていたのか!

 ちょっとだけ見直したぞ。


「あの……筋肉達磨の酔っ払いめ……」


 一方、スタニスラーヴァは青ざめた顔で怒りの言葉を口にしていた。

 これはあとで仕返しをしてやろうと考えている顔だが、思いっきり逆恨みだからな。


「それに、虐待かどうかについては加害者である君が判断することではない。

 愛情のつもりが虐待になっていることなど、掃いて捨てるほどあることだからな。

 彼の意見を聞かず、自分の望みだけを押し付けていないか本人に確認をさせてもらおう」


「……うっ」


 スタニスラーヴァはその言葉に反論が思いつかなかったらしい。

 言葉に詰まり、すがるような目でこちらを見る。

 くっ、やめろ、その視線は俺に効く!!


 だが、ふたたび助け舟を出してくれたのはギルドマスターだった。


「本人に確認をするから、君は退出したまえスタニスラーヴァ。

 余計な圧力をかけることは認めない。

 すこし頭を冷やしてくるといいだろう」


 うぉぉ、ギルドマスターってば、超有能!

 俺の中で、彼の株がうなぎのぼりである。

 さすがに抱かれたいとは言わないが。


 あと、抱擁なら昨日のうちに一生分すませた気がする。


「……わかりました」


 退出を促され、しぶしぶ部屋を出るスタニスラーヴァ。

 最後までこちらをちらちらと見るしぐさが未練がましい。

 すごぶる美人なんだけどねぇ。

 いや、惜しいことだ。


「すまないねぇ。

 普段は理性的な彼女だが、たまにあんなふうに暴走してしまうんだよ」


 そういいながら、ギルドマスターはふかぶかとため息をつく。

 なんというか、苦労していそうですな。


「さて、トシキくん。

 先ほども言ったとおり、君の進退についての確認をさせてもらおう。

 君はどうしたい?」


 ギルドマスターは俺のほうに向き直ると、きわめて建設的な議題を持ち出した。

 つまり、しばらく冒険者ギルドから世話役を派遣するけど、どんな奴が良いか……ということだろうな。

 どうせその人材派遣の費用は智の神もちだろうし。


 だが、誰を選んでもひと悶着あるだろう。

 スタニスラーヴァがこのまま黙っているとは思えない。


 とはいえ、基本的な方針はすでに頭の中で決まっていた。


「うーん、智の神からは司書として働くように言われているんで、赴任地に向かいたいですね。

 あと、できるだけはやく安定した生活を送りたいです」


 紆余曲折あったものの、最初から目的はそれだ。

 冒険者ギルドのほうも、俺にずっと人手をとられているわけにはゆかないだろう。


「ふむ。

 だが、君の赴任地がどこかという情報が無いことには動きようが無いね」


 ギルドマスターは顎に指をあてると、そんな問題を口にする。

 さすがに冒険者ギルドに智の神殿の内部人事の情報まで把握しておけというのはお門違いだ。


「この町には智の神の神殿がないし、魔術をつかった高速輸送で手紙を送れば返答をくれるだろうけど、数日はかかると見たほうがいい。

 神殿の類の対応は、いつもそんなかんじだよ。

 でも、君はもっと早い対応がほしい……そうだね?」


 そのとおりだ。

 時間がかかると、確実にスタニスラーヴァが何かを仕掛けてくる。

 一文無しの状態では、彼女の財力と顔とおっぱいにどこまで抵抗できるかわからない。


 だが、問題の解決方法はすぐにギルドマスターの口からもたらされた。


「では、神にお伺いを立てるとしようか」


「神に?」


 それは価値観が現代日本にどっぷりと浸かった俺には無い考え方である。

 だが、ここは神の実在する剣と魔法の世界なのだ。


「この町に智の神を祭る神殿はないが、かわりに全ての神を祭る万神殿がある。

 そこにゆけば、君の主である智の神から啓示が降りるだろう」


「……なるほど」


 そして俺はギルドマスターから手書きの地図と紹介状をいただき、部屋を出たのである。

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