第7話 夜の町

「あー、これは町って感じだな。

 村って呼ぶにはにぎやかだし、街と呼ぶにはちょっと小さい気がする」


 たどり着いた明かりの源は、人間たちの暮らす場所であった。

 日が暮れてすぐの宵の口といった感じの時間なので、路上には家路を急ぐ人間と酒を求めてほっつき歩く連中がたむろしている。


 明かりのついた家からは夕餉ゆうげの匂いが漂い、すきっ腹を抱えた身としては非常につらい。

 ……こっちで目覚めてから、水しか口にしてねぇよ。

 芋は全部食われてしまったし、残っているキノコを生で食べるつもりは無い。

 くそっ、全部あの妖怪が悪いんだ。

 

 とりあえず建物の屋根におりて上から街の様子を観察しているのだが、街の住人の中にはエルフや獣人らしき異種族が混じっているようである。

 これなら今の俺でも紛れ込むのは簡単だ。

 背中の翼はマントで隠せばいい。


 とりあえず、人目のないところを探して路地に下りよう。

 屋根の上にいるのが見つかったら、不審者だと思われるだろうし。


 俺はにぎやかな街の中にある細い路地を見つけると、人目がないことを確認してから舞い降りた。

 とりあえず潜入成功である。


 次は寝床と食料を確保しなきゃいけないんだが、あいにくと金がなかった。

 追いはぎが怖いから野宿はしたくないのだが、盗みに手を染める気もない。


 どこかに仕事をさせてくれるところがあればいいんだが。

 たぶん、見ず知らずの子供を雇ってくれるところなんてないだろうなぁ。

 せめて身元を保証してくれる奴がいれば話が違うのかもしれんけど。


 あ、そういえば俺を探しに来る奴がいるんだっけ?

 でも、連絡なんて取りようもないし。


 はて、どうしたものか。

 思案にくれながら、俺はとぼとぼと夜の町を歩く。


 落ち葉に覆われた森の地面と違って、石畳の道はとても冷たかった。

 靴をはいていないので、肉球から熱が奪われる。


 そしてしばらく歩くうちに、俺はさらに困ったことに気が付いた。

 町にきたはいいけれど、言葉がぜんぜんわからない。


 こまったな。

 これじゃ森の中で休める場所を探したほうがよかったかもしれない。


 俺がそう考えていたそのときだった。

 ふいに誰かが首根っこをつかんで持ち上げる。


「うわっ、何しやがる!!」


 叫びながら犯人をにらみつけると、それは大柄で酒臭いオッサンだった。

 酔っ払いかよ!


 酔っ払いは俺の顔を見てなにやらわめいているが、言っていることがさっぱりわからない。

 いや、何を言いたいかはだいたいわかる気がする。


 たぶん、こんな時間にガキがほっつきあるくものじゃないだとか、親はどこだとか、だいたいそんな感じだろう。

 この面は、誰かに説教をしているヤツのそれだ。


「悪いが、ほっといてくれないか。

 親なんかいないし、俺は寝床と食い物を探さなきゃいけないんだ。

 ……疲れているんだよ」


 言葉が通じないのはわかっているが、だからこそ正直な感想が口からこぼれる。

 すると、酔っ払いは突然押し黙り、何かを考えはじめたようだ。


 この隙に逃げるか。

 そう思って後ろ向きに歩き出した瞬間である。


「うわっ?」

 酔っ払いは手を伸ばすと、俺を小脇にかかえて歩き始めた。

 よけるどころか何が起きたか一瞬わからなかったほどの早業である。


 この酔っ払い、只者じゃない!?

 そのすばやさもさることながら、体にあたる筋肉の質感が総合格闘をやっていた知り合いを思い出す。

 奴に冗談半分でマウントポジションを取られたときの感触ににそっくりだ。

 少なくとも、この酔っ払いが相当に鍛えているのは間違いない。


 そして酔っ払いが駆け込んだのは、なにやらずいぶんと物々しい雰囲気の奴らが酒を飲んでいる場所であった。

 そんな連中の一人と目があった瞬間、思わず全身に鳥肌が立つ。

 あ、あれは何人か殺しているヤツの目だぞ。


 酔っ払いはそんな連中の視線の中をつっきり、奥のほうにあるテーブルのほうへと足を踏み入れた。

 ……なにをする気だ!?

 まさか、今の俺が半分もふもふの美少年だからってことで、奴隷商人にでも売り飛ばす気か!?


 だが、それならば普通に奴隷商人の店にでもかけこめばいいはずである。

 ここはそんな感じとは少し違うように思えた。

 何をする気だ?

 意図が読めない。


 俺が酔っ払いの行動の意味について困惑していると、奴はひとつのテーブルの前で足をとめた。 そこは黒いローブを身に着けた、いかにも魔術師といった感じの美女が一人で酒を楽しんでいる場所である。


 美女の特徴を挙げるならば、まずそのスタイルの良さだろうか。

 いったいどんな魔法を使ったら出来上がるかわからないような豊満な胸と腰のくびれのコントラスト。

 だが下半身はスラッとしていて、ローブに隠れた足のシルエットは長い。

 もはやハチミツなフラッシュが使えてもおかしくは無いだろうスタイルだ。


 ……ただし、印象は氷の女。

 怜悧な顔立ちとアイスブルーの瞳、長く癖の無い黒髪やニコリともしない無表情さもあいまって、どうにも近寄りがたい空気をかもし出している。


 酔っ払いがその女魔術師になに声をかけると、女魔術師は面倒くさそうに振り向き、そして俺の存在に気が付いた。

 次の瞬間、女魔術師が嬉しそうな悲鳴をあげつつ俺に飛び掛ってきて……!?


 うわぁ、何をする!!

 おっぱいやらけー……じゃなくて!

 胸が! 胸が鼻と口をふさいで呼吸ができない!?

 しぬ! しんじゃう!!


 俺は手足をバタつかせて必死で抵抗するものの、美女は俺にがっちりしがみついて離さない。

 いや、男として嬉しい状況ではあるのだが!

 天国のような状況ではあるのだが!


 ま、まさか、巨乳という存在がここまで恐ろしい武器だとは……。

 だが、これで死ぬなら男として本望かもしれない。

 はい、ものすごく気持ちいいです。

 物理的に神の御許が近づいてくる……。

 

 しかし、俺を抱きしめた女の腕がふいに緩んだ。

 まるで困惑しているかのように。

 そして女魔術師はふいに俺のマントに手を突っ込み、そのに生えている翼を確認した。


 次の瞬間、女魔術師は悲鳴を上げて、この状況を見守っていた酔っ払いにものすごい剣幕で食いつく。

 なにかまずいことがあったのだろうか?

 とりあえず、酔っ払いの困りきった顔はいい気味だ。


 しばらくして疲れきった顔になった女魔術師は、肩で息をしながら俺の方に向き直る。

 そして息を整えてから杖をかまえ、なにやら呪文を唱えだした。


 ……おい、何をする気だ!?


 すると、女魔術師の体が一瞬だけうっすらと光をおびる。

 どうやら、いまの魔術は自分にかけたものらしい。


 そして、女魔術師はこう語りかけてきたのである。


「これで言葉がわかるかしら、スフィンクスの坊や」


 おお、言葉が……言葉の意味が理解できるぞ!

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