第6話 魔物の襲来?

 日が沈み、あたりが紫の闇に包まれる頃。

 俺は焚き火で湯を沸かしながら、ぼんやりと空を眺めていた。


 知らない空の知らない星の配置に、ここが改めて地球ではないと実感する。

 だが、不思議と不安は無い。

 妙な力を得て、心が浮ついているのが原因かもしれないが。


 むしろ今では、次はどんなことをやってやろうかと、少しわくわくしているぐらいである。


「ここまでくると……塩が欲しくなるな」


 出来上がったばかりの白湯で喉をうるおすと、次の欲がむくむくと首をもたげてきた。

 いや、欲とはいっても贅沢ではないだろう。

 なにせ、人間は塩をとらなければ生きてはゆけないのだから。

 迎えが来るまでに何日もかかるようなら、どうしても塩が必要になるだろう。


 そして塩に関しては、手に入れる方法はおそらく二つしか知らない。

 海にいって海水からつくるか、土に埋まっている岩塩を掘り起こすかだ。


 とはいえ、ここがどことも知れぬ森の中である以上、前者に関しては選択肢からはずすべきだろう。

 後者にしても、近くに岩塩のとれる場所があるとは限らないし、見つけたとしてもそれが食用にできる塩だとは限らないのだ。

 実は岩塩には重金属を多く含むものが珍しくない。


「普通なら、詰んだとしかいいようがないよな」


 だが、今の俺には普通ではない能力がある。

 おそらく、考えればこの状況でも塩を手に入れる方法があるに違いない。


「……とはいえ、今日はもう疲れたよな」


 たぶん、食事をしたら寝床に直行しなきゃならなくなるだろう。

 そんなことを考えつつ、俺は芋を焚き火に放り込んだ。

 あたりに、なんとも食欲を誘う香りが漂いはじめる。


 すると、遠くからガサゴソと音を立てて何かが近づいてくる音がするではないか。

 まずい。

 芋の焼ける匂いで魔物を呼び寄せちまったか?


 俺は自らの考えなしな行動を悔やみつつ、どうするべきかを考える。

 そうだ、魔物に出会ったら空に逃げろって書いてあったっけ。


 俺は足元においてあったリュックを拾い上げ、意を決して背中にある翼を広げた。

 そして思いっきり下に振り下ろすと、予想外の勢いで体がふわりと宙に浮く。

 ――いける!


 俺はそのままバタフライを泳ぐようなな動きで翼をはためかせると、大きな木の上まで舞い上がった。

 いったい何が襲ってきたのか、ここから見定めてやろう。


 すると、日も暮れた森の中に狂気満ちた甲高い声が響きはじめる。

 そして、森の茂みをかき分けて人のような何かが現れた。


「うふふふふふ! 食べ物の匂いですよぉ!!」


 こ、これは妖怪か!?

 何かの言語でしゃべっているようだが、あいにくと俺には理解できない。

 どうやら、ライトファンタジーの定番である翻訳スキルはつけてくれなかったようだ。

 ……智の神のくせに、なんでだよ!

 

 そんなことを考えている間に、髪を振り乱して汚れた布を身に纏ったソレは、四つ足歩行で焚き火に駆け寄ると、俺の焼いていた芋を掘り起こして齧りつく。

 その知性の欠片も感じられない不気味な動きに、俺は思わず鳥肌が立った。


「うひひひひ、うまい、うまいのですぅぅぅぅ!!

 三日ぶりの食料なのですよぉ!!」

 

 くそっ、それは俺の晩飯だぞ!!

 俺の心の声が聞こえるはずもなく、妖怪は焼けた芋を残らず平らげる。

 そして物欲しげに焚き火をかき回した後、芋がもう無いのを確認してから俺の作った寝床に目をつけた。


「おお、こんなところに野宿によさそうな岩場まであるじゃないですか!

 これは、森で迷子になったわたしにたいする神のお恵みに違いありません!!」


 おい、お前……まさか!

 やめろ、やめてくれ!!


 俺は木の上で歯軋りをしながら妖怪の行動を見守る。

 すると、奴は無情にも俺の寝床に入り込み、いびきをかきはじめたではないか。


 俺の寝る場所……。

 俺の……食料……。

 あんなに……苦労して用意したのに……。


 弱肉強食の世界とはいえ、これはあまりにも無情である。

 

 おのれ……おのれ、妖怪め!

 この恨み、いつか絶対に晴らしてやるからなぁっ!!


 こぼれそうになる涙をぐっとこらえ、俺は安全な場所を探すためにこの場を離れることにした。


「おっと、その前に意趣返しだ」


 俺はリュックを開けると、自給生活の本を取りだす。

 幸いなことにこの体は夜目がきくらしく、この暗闇のなかでも十分に文字が読めた。


 そして読み上げるのは、火打ち石の項目。


「火打石は、厳密に言うと火花を作る道具である。

 原理としては、火打ち金という鉄鉱石か鉄を多く含む石をもっと硬い石にぶつけることで、鉄分が火花となって飛び散るのだ。

 では、どうやって火花から火を作るのか?

 具体的な手順としては、図のように火打ち石の上に火口と呼ばれる燃えやすいもの……たとえばガマの穂や綿を乗せ、火打ち金を勢いよく打ちつける。

 すると、散った火花が火口の上に落ち、そこから炎が燃え上がるのだ」


 俺は長い文章を読み上げてコントロールを精密にすると、発動する場所を寝床に敷き詰められた落ち葉の上に指定する。

 カツーンと大きな音が鳴り響き、オレンジ色の光が生まれた。


 この程度で妖怪が死ぬとは思えないが、嫌がらせ程度にはなるだろう。

 寝床から豚が殺されるような悲鳴が聞こえた気がしたが、たぶんあれは妖怪の怒りの雄たけびだ。


「今日のところはこれで勘弁してやる。

 次は絶対に泣かしてやるからなぁっ!!」


 そんな負け犬の台詞を口にしつつ、俺は妖怪に見つかる前に暗い空へと舞い上がる。

 さて、どこに行こうか……って、あれ?


 森の木々をはるか見下ろすところまで舞い上がると、はるか向こうにオレンジ色の光がいくつも瞬いていた。

 あれって、町か村なんじゃないだろうか?

 いや、モンスターの集落という可能性もあるから、油断は禁物だ。


 いずれにせよ、今から森の中でもういちど寝床を作るのはつらい。

 友好的な生き物であればなんとか交渉して寝床を確保したいし、できれば塩も譲ってほしい。

 なによりも疲れたし、眠い。


 俺は自分の体力の限界を感じつつ、僅かな期待を胸にその明かりのついた場所へと移動を開始した。

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