休日らぷそでぃ その3

 で、食事を終えた俺達は、東雲さんを交えて小鳥遊の新居探しを続けていったわけなんだけど……


 午前中に回った不動産屋からもらった物件情報や、スマホで検索した物件情報をプリントアウトして、それをみながら、


「ここはセキュリティがしっかりしているわね」

「こっちは職場と近いな」


 あれこれ話合いを続けていったわけなんだが……

 どうも小鳥遊のヤツは、こういった物件探しに慣れていないみたいで、俺と東雲さんが、


「これはどうかしら?」

「こっちも悪くないんじゃないか?」


 あれこれ物件情報を勧めて見ても、どこか上の空というか……あまり乗り気でないような雰囲気なんだよな……

 俺と東雲さんが、


「ここなんて、ネット環境が整っていますし、小鳥遊さんに良いと思いません?」

「あ、確かに。しかも病院やスーパーも近いしね」


 一緒に物件情報を確認していると……俺達の事をジト目で見つめているような気がしないでもないというか……


 結局、夕方近くまで頑張って、いくつかの物件をチョイスした俺達。


「後は、小鳥遊が最終的に決めればいいな」


 机の上に広がっている物件情報の紙を見つめながら苦笑している俺。

 件数にして、ざっと100件分はあるんじゃないかな。

 こんなに大量の物件情報を見たのって、始めてかもしれない。

 今住んでいるマンションを決めた時なんか、最初に入った不動産屋に、


『新築で、駅にも近くて、周辺にお店や病院も充実していますし、将来結婚されましても、部屋数が多いので住み続けることが可能ですよ』


 って、勧められて、


『あ、じゃあここで』


 深く考えないで決めたんだよな。

 当時新卒だった俺には少し家賃が高く感じたものの『将来結婚されましても……』ってあたりで即決した気がしないでもない。

 まぁ、就職してすぐの頃は、20代のうちに結婚して子供をつくって……なんて考えていたからなぁ……あの時の俺に教えてやりたいよ。

『40手前で未婚彼女なしだから、無理しなくてもいいんだぞ』

 ってね。


◇◇


 その後、俺達3人は近くのスーパーへ買い出しに行った。


「なんかすいません。夕飯まで作ってもらうことになっちまって」

「いえいえ、気になさらないでください。一人で作って食べても味気ないですし、むしろ武藤さんと小鳥遊さんにご一緒してもらえてとても嬉しいんです」


 カートに食材を入れながら笑顔の東雲さんなんだけど……こうして、2人並んで買い物をしているとなんだか新婚さんって、こんな感じなのかな……なんて考えてしまう。


 ギュ


 そんな事を考えていると……いきなり背後から小鳥遊が俺の背中をつねってきた。

 ジト目で俺を見上げながら、気のせいか背後に絶望のオーラモーションを発動させているように見えなくもないというか……いやいやいや、お前はなんでそんな不穏な空気を演出しているんだよ……


 そんな小鳥遊の様子に困惑しながらも、買い物を終えた俺達は家へ戻った。


「さ、じゃあ急いで支度しちゃいますね」


 笑顔で料理を開始していく東雲さん。

 職場での東雲さんしか知らなかった俺なんだけど……こうして台所に立っている姿を見ると、結構家庭的なんだなぁって改めて実感してしまう。

 職場でのクールビューティで仕事の出来る女の代表みたいな東雲さんの姿からは、ちょっと想像出来ないな。


 そんな東雲さんの作ってくれた夕飯も、すっごく美味かった。


「うん、美味い! こりゃ、ご飯が何杯でもいけますよ」


 和風ハンバーグを頬張りながら思わず感嘆の声を漏らした俺。

 そんな俺に、


「お口にあってよかったです」


 嬉しそうに笑顔を浮かべていた東雲さんなんだけど、この人ならすぐにでも結婚出来るんじゃないか、ってマジで思う。

 小鳥遊も、東雲さんの料理を口に運びながら、


「……美味し……」


 時折感嘆の声を漏らしながら黙々と食べ続けていたしな。


◇◇


 夕飯を終えると、俺は東雲さんと小鳥遊を駅まで送っていった。


 小鳥遊に関しては帰る振りというか……同じ会社の東雲さんに、小鳥遊と俺がルームシェアしているとバレたら色々まずいと思って、


『とりあえず、家に帰る振りをしてくれ。待ち合わせは駅裏の喫茶店で』

『わかりました』


 こっそりスマホで連絡を取り合っていた次第なんだ。


「わざわざ送っていただいて申し訳ありません」

「いえいえ、女の子2人だけで返す訳にはいきませんから」


 頭を下げる東雲さんに、笑顔を返す俺。

 小鳥遊も、東雲さんの隣でペコリと頭を下げている。


「じゃあ、また週明けに会社で」

「はい。では失礼いたします」


 手を振り合いながら、改札口を境にして別れた俺達。

 2人の姿が見えなくなってから、俺は駅の地下通路へ移動。

 駅裏へ移動し、そこから行きつけの喫茶店へ移動していった。

 店に入る手前で、


「あ……あの……」


 小鳥遊が姿を現した。

 肩で息をしているところを見ると、走って来たみたいだ。


「何もそこまで慌てなくてもよかったのに」

「……帰りたかったから……早く……」

「ん? あぁ、そっか。今日は一日歩き回ったもんな。じゃ、早く帰って休むとするか」


 家に向かって歩き出す俺。

 すると、小鳥遊が俺の腕に抱きついてきた。


「って……お、おいおい小鳥遊……」


 東雲さんは電車で帰ったとはいえ、どこで誰が見ているかわからないわけだし、こういうのはちょっとどうかと思うんだが……小鳥遊ってば、俺の腕に抱きついたまま離れようとしなかった。

 なんというか……自己主張の激しい胸が俺の腕に押しつけられているもんだから、ちょっと気持ちいいというかなんというか……対応に苦慮しながら、家路を急いだ俺達だった。


「あの……新居なんですけど……」

「ん? 気に入ったのがあったのか」


 マンショのエレベーターを降りたところで話しかけてきた小鳥遊。

 俺の言葉に、小さく頷いた。


「そっか、なら早く手続きをしないといけないな。すぐに物件情報を見せてくれよ」


 家に入った俺は、リビングの机の上に置きっぱなしになっていた物件情報を手にとった。

 すると、そんな俺の前で小鳥遊は人差し指を足元に向けた。


「……ん? どういう事だ?」

「……ここ」

「……ん?」

「……私、ここがいい、です……」

「ここ、って……どこ?」


 小鳥遊の指先、その足元には物件情報はない。

 じゃあ、小鳥遊はどこが気に入ったっていうんだ?


 首をひねっていた俺。

 そんな俺の前で小鳥遊は顔を真っ赤にしながらうつむいていた。


 小鳥遊の様子を見ていた俺は、ある事に思い当たった。


「……あ、ひょっとして……俺の部屋ってことか!?」


 俺の言葉に、しばらく沈黙したまま固まっていた小鳥遊なんだけど、


 コクン


 程なくして、大きく頷いた。


「……って、ちょ、ちょっと待てよ小鳥遊……。ここがいいって言われてもだな、ここは俺の家であって、男性の家に女の子が一緒に住むと言うのは色々と問題がだな……」


 そんな俺の前に、小鳥遊は一枚の紙を差し出した。


「これって、このマンショの物件情報か?」


 頷く小鳥遊。

 不動産巡りをしている時に見つけたんだろう。


「……このマンション……世帯でも問題無く住めるみたいですし……特に手続きもいらないみたいです……それに、あの……家賃もきちんとお支払いするし……それに、その……あの……」


 顔を真っ赤にしながら一生懸命言葉を続けている小鳥遊なんだけど……

 ひょっとしてアレだろうか……ドタバタして引っ越ししたばかりだから、またすぐに引っ越しするというのが面倒くさくなったとか、しばらく今の生活を続けたいと思ったとか、そんな感じなのかもしれないな……


 まぁ、確かに……引っ越しの面倒くささは俺も知っているし、小鳥遊の気持ちもわからないでもないんだが……


 改めて、小鳥遊へ視線を向ける俺。

 そんな俺を、真剣な眼差しで見つめている小鳥遊。

 ここまで真剣な眼差しで見つめられてしまうと、どうにもNOとは言いづらいというか……


「……そうだな……とりあえず、しばらくはここに住めばいいよ」

「……ホントに?」

「あぁ、小鳥遊の住みたい物件が見つかるまで、一部屋貸してやるよ。家賃代わりに、たまに飯でも作ってくれたら、それでいいから」


 俺がそう言うと、小鳥遊は満面の笑みを浮かべた。

 そのまま、俺に抱きついてきた小鳥遊なんだけど、


「……このまま、ここでずっと……」


 そんな事を言いながら、上目使いで俺を見上げてきた。

 そのまま目を閉じた小鳥遊なんだけど……ちょ、ちょっと待て……これって、キス待ちってやつじゃないのか?

 そんな小鳥遊の仕草に、思わずドギマギしてしまう俺。

 さて、この状況をどうしたらいいんだ……


 コンコン……


 その時、不意にドアがノックされた。


「あ、あの~ボクなんですけど……毎度毎度で申し訳ないのですが、お、おトイレを貸していただけないかと……お、お客様も帰られたみたいですしぃ~……」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは古村さんの声だった。

 その声に、慌てて自室へ駆け込んでいく小鳥遊。

 その後ろ姿を見送りながら、今日ばかりは古村さんの出現にグッジョブと言わざるを得なかった俺だった。


 


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