東雲さん、りたーんず その3
東雲課長との出張を終えた日の帰り道。
電車に揺られながら、車窓を流れていく風景を見つめていた俺。
『今度のお休みに、また食事を作りに行かせていただいてもよろしいでしょうか?』
……東雲課長にそう言われたわけなんだけど、今の俺は小鳥遊とルームシェアをしているわけだし……
そんなわけで……
『あ、今度の休みはちょっと予定が入ってまして……』
と、お茶を濁した俺なんだけど、
『では、またご都合のっよろしい日に、ということで……』
いつになく押しの強い東雲課長を前にして、
『そ、そうですね……それでよろしくお願いします』
とまぁ、見事に押し切られてしまったわけで……
確かに、東雲課長の好意をお断りしてしまうのも良心が咎めてしまうし……それに、
『よかった……この間の事で嫌われてしまったんじゃないかと思っていたので……』
なんて言われてしまったら、なんというか……それ以上何も言えなくなってしまったというか……
小鳥遊は、俺の事を一緒にゲームをしてくれる大きなお友達的な感じで見ている節があるし、何より住む場所がなくなるという緊急事態を前にして、俺を信頼して助けを求めてきたわけだし、その信頼を裏切るような事はしたくないというか……
東雲課長は、以前から会社でよく話をする相手だし、俺的にも『こんな人を嫁にしたら最高だろうなぁ』って、密かに憧れてもいた相手だし、その上、告白っぽいことまでされているわけだし……
……しかし、今までほとんど女性関係で悩んだ事のなかった俺が、なんでこんなに悩んでいるんだ?
小さくため息を漏らしながら、いつもの駅で電車を降りた俺。
◇◇
小鳥遊は夕飯の買い出しをしてから戻ってくると言っていたので、今日は俺の方が先に家に戻っていたんだが……
「あ、ひろっち、お帰り!」
家に戻った俺を出迎えてくれたのは……隣室の古村さんだった。
……そういえば、この人もいたんだっけ……
思わず苦笑する俺に、右腕をぶんぶん振っている古村さんなんだけど……その笑顔はどこか強ばっていて、しかも左腕で股間を押さえているし……
「あ、あのさ、お帰りしてすぐのところ非常に申し訳ないんだけどさ……その、お、おトイレを……」
「ちょ、ちょっと古村さん、家の片付けしなかったんですか?」
「あはは……あの……仕事に没頭していたらつい……」
俺に笑顔を向けている古村さんなんだけど、その両足が生まれたての子鹿のようにプルプル震えているところを見ると、マジで限界なんだろう。
ブツブツ言いながらも、慌てて玄関を開けた俺。
すると、古村さんは、俺を押しのけるようにして部屋の中に突撃すると、まっすぐトイレに駆け込んでいった。
……なお、トイレの扉は当然のように開け放たれ、中から古村さんのハーフパンツが下着付きで放り投げられるところまで確認した。
◇◇
「いやぁ、いつも迷惑かけてごめんねぇ」
へこへこと頭を下げながら自室に戻っていった古村さんなんだけど……下を脱がないと用を足せないのは仕方ないとして、せめてトイレの扉は閉めて欲しいんだが……
そんな事を考えながら部屋着に着替えていると、
ガチャ
「……た、ただいま、帰りました」
どうやら、小鳥遊が帰ってきたみたいだ。
「おう、お疲れさん」
玄関まで出て行った俺は、小鳥遊が両手で抱えている荷物を受け取った。
「こんなに買うんだったら、スーパーで合流すればよかったな。重かっただろう?」
「あ、いえ……さ、最初はこんなに買うつもりはなかったんですけど……」
俺の後ろを、三歩下がって歩きながらうつむいている小鳥遊。
「……そ、その……武藤さんの食事を作るんだと思ったら……気がついたらこんなになっていて……」
「そんなに気を使わなくてもいいって。困っている時はお互い様じゃないか」
冷蔵庫の前に荷物を降ろすと、慌てた様子で小鳥遊が駆け寄ってきた。
「あ、後は私が……」
「冷蔵庫に入れるくらい、俺がするって」
「あ、あの……日持ちのするおかずとか作るつもりなので……」
「そうなのか? じゃあ、任せてもいいか?」
俺の言葉に、何度も頷く小鳥遊。
一度自室として使用している部屋へ移動し、着替えを済ませてきたんだけど……昨日と同じように、ダボッとしたトレーナーを羽織っている小鳥遊。
……小鳥遊のリラックス出来る服装なんだろうけど……胸元がかなり開いているし、トレーナーの下から生足が覗いているし……なんというか、すごく刺激的というか……
変に意識しないように、あえてテレビを付けた俺。
「そういえば、今日、資料ありがとな。すごく役に立ったよ」
「……よ、よかった……です」
テレビを見ながら声をかけた俺に、返事を返す小鳥遊。
どこか嬉しそうなニュアンスが感じ取れたってことは、小鳥遊も喜んでくれているんだろう。
「一緒に出張した東雲課長も褒めてたぞ。
『これだけの資料を、短時間で作れるなんて、小鳥遊さんってホントにすごいですね』ってさ」
「……よかった……デス」
……あ、あれ? どうしたんだ? 東雲課長の名前が出た途端に、絶望のオーラモーションを発動している時の小鳥遊の声になった気が……
◇◇
その後、作り置きのおかずと平行して、夕食を作ってくれた小鳥遊。
一人暮らしをしていた際に、あれだけゲームに没頭していた小鳥遊だけに、食事は買って来た弁当や惣菜がメインで、料理はからっきしなんじゃ……と、思っていた時期もあったんだけど、そんな俺の予想とは裏腹に、小鳥遊ってば料理のスキルがかなり高いんだよな。
「うん、この煮物、すごく美味いよ。こういったのを家庭の味っていうんだろうな」
その言葉がお世辞抜きだっていうのは、俺の食いっぷりが物語っている。
それが分かっているのだろう、俺の正面に座っている小鳥遊も、うつむきながらも嬉しそうに微笑んでいた。
「……私、一生一人だと思っていたから、一人でも美味しい物を食べられるように、って思って……料理してたんです……」
味噌汁をすすりながら、そんな事を言っている小鳥遊。
「いやいやいや、これだけ料理が上手なんだし、仕事だって一生懸命頑張っているんだし、俺はお前みたいな女性はすっごく素敵だと思うぞ、うん」
焼き魚を頬張りながら、何度も頷いている俺。
実際、人と話をするのが苦手なのを除けば、女性としてはかなりハイスペックだと思うんだ、小鳥遊ってば。
料理は上手だし、顔だって可愛い系だし、胸もでかいし、猫背さえもう少しなんとかすればスタイルも悪くないと思うし……
……そんな事を考えていた俺なんだけど……あれ?
俺の言葉に何の反応も返ってこない……って、思ったら……小鳥遊ってば、茹で蛸みたいに真っ赤になって固まっていた。
「おいおい、ど、どうかしたのか、小鳥遊?」
慌てて言葉をかけた俺なんだけど、小鳥遊のヤツは、しばらく固まったままだった。
◇◇
夕食を終え、お互いにお風呂を済ませた俺達。
ソファに座っている俺の隣に腰掛けた小鳥遊は、上目使いで俺を見上げながら、
「……今夜も、しよ」
って言って来た。
その手に、ディルセイバークエストにログインするためのヘルメットが抱えられていたのは言うまでもない。
まぁ、俺と小鳥遊ってのは、そういう関係ってことだ、うん。
「あぁ、じゃあ、今夜も頑張るか」
ログイン用のヘルメットを手に取る俺。
先にヘルメットを被った小鳥遊は、違和感のない動作で俺の膝の上に座っていった。
完全に背を俺に預け、リラックスしている小鳥遊。
なんか、すっかりこの体制が当たり前になっているな、ホント……
苦笑しながらも、そんなに悪い気はしていなかった。
そんな事を考えながら、俺もヘルメットを被っていった。
◇◇
一度真っ暗になった視界。
そして目を開けると、最近ではすっかり見慣れた天井が視界に入ってきた。
間違いない、ディルセイバークエストの中での俺の自宅の天井だ。
そんな俺の視界に、
「おはようございます!」
挨拶の声とともに、黄金の被り物が割り込んで来た。
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