東雲さん、りたーんず その2
今日の昼飯はというと、小鳥遊が弁当を作ってくれているのでそれを食べることになっている。
いつも昼は外食がメインの俺が弁当箱を取り出したもんだから部下のみんなが、
「あれ? 係長、愛妻弁当ですか?」
冷やかしながら俺の弁当をのぞき込んできたりしていた。
ちなみに……弁当のおかずの内容なんかが小鳥遊の弁当と完全に被っているものの、配置を巧みに変更することによって、俺と小鳥遊の弁当の中身が実は同じであることが巧みにわかりにくくなっていたりする。
「まぁ、俺もそれなりの年齢だしな、健康に気を配っているんだよ」
とか言ったりしながら、どうにかごまかしていたんだけど……その間、自分の席で弁当を食べていた小鳥遊が、気のせいか嬉しそうに微笑んでいたような気がしないでもなかったんだが……ひょっとして『愛妻弁当』とか言われていたのが嬉しかったんだろうか……いや、でも、この弁当は小鳥遊も言っていたけど、
『ルームシェアのお礼』
なわけなんだし、そんなはずはないと思うんだが……こういう時、自分が女心を理解出来ないおっさんであることを悔やんだりしてしまう。
部下のみんなが昼飯に出て、部署の中には俺と小鳥遊の2人だけになっていた。
で、まぁ……せっかくだし、
「あぁ、そういえば……」
小鳥遊に話しかけようとした時、部署のドアが開いた。
「こんにちは、武藤係長」
「あ、あぁ、東雲課長」
室内に入ってきたのは、他ならぬ東雲課長だった。
いつものクールな笑みをその顔に浮かべながら室内に入って来た東雲課長は、一瞬小鳥遊の方へ視線を向けた後に、俺の方へ歩いて来た。
「……今日はいつもの定食屋ではなかったんですね」
「えぇ、健康にも留意しないとと思いまして」
「そうですね、それはとても良いことだと思います」
「それで、何か俺に用事ですか?」
「あ、いえ、今日の午後の外回りを急にお願いした件のお礼をお伝えしておこうと思いまして……では、午後からよろしくお願いしますね。お昼から戻ったら、内線入れますので」
笑顔で一礼すると、東雲課長は部屋を出ていった。
しかしあれだな……東雲課長って、ホントクールビューティだよな。
背筋がスッと伸びていて、歩き方も綺麗だし、思わず見惚れてしまう人って、東雲課長みたいな人のことを……
ドン!
そんな事を考えながら、東雲課長が出ていったばかりのドアを見つめていたら……小鳥遊が、俺の机にお茶の入った湯飲みを置いた……んだが、あ、あのさぁ、小鳥遊……絶望のオーラモーションを発動させてるみたいに怖い表情をしなくてもいいんじゃないか? 俺はただ、東雲課長と仕事の話をしていただけなんだし……って、まぁ、確かに東雲課長の後ろ姿に少し見惚れていたのは事実だけどさ……
そんな俺の机の上に、小鳥遊が続けて書類の束を置いた。
「……これ、倉庫の稼働状況のデータ……午後からの外回りで必要かと思って……」
絶望のオーラモーションを発動中の小鳥遊なんだけど……いや、これって、確かに外回りに持って行こうと思って俺も自分で準備していたんだけど、小鳥遊がまとめてくれたデータの方が圧倒的に見やすいし、詳細に内容がまとめられていた。
しかし、小鳥遊のヤツ……俺が、部署の関係で外回りに出ると行っただけで、これが必要って気がついたのか……しかも、自分の仕事をきっちりこなしながらこれだけの資料を作っていたなんて……やっぱり小鳥遊ってば、スペック高いよな。
「ありがとう小鳥遊、これ、すっごく助かるよ。やっぱりお前はすごいな」
ニカッと笑みを浮かべながらお礼を言っていると、小鳥遊は、
「……お役に立てたのなら……嬉しい……」
うつむきながらそう言って、自分の席に戻っていったんだけど……その頬が気のせいか真っ赤になっていたような……
ま、まぁ、それよりも早く弁当を食べて、東雲課長からいつお呼びがかかっても大丈夫なようにしておかないとな。
◇◇
それから30分ほどして、東雲課長から内線がかかってきた。
それを受けて、俺と東雲課長は取引先の会社へ向かって出発していった。
「あの……運転は私が……」
「いやいや、俺、運転好きなんで任せてくださいって」
車用車に乗り込む際に、自分が同行をお願いしたのだからと、運転席に座ろうとした東雲課長を助手席に押し込んで、俺が運転席へと乗り込んでいった。
まぁ、年齢は俺の方が上だけど、役職的には東雲課長の方が上なんだしな。
とはいえ、普段は電車通勤している俺だけに、工事渋滞の情報なんかは皆無なわけで、
「ありゃ? ここ、工事してたんだ……」
思わぬ場所で迂回を強いられたりして、時間をロスしたりしてしまい……なんか、申し訳ない気持ちになってしまった。
そんな俺の気持ちを察したのか、東雲課長はにっこり笑みを浮かべると、
「かなり余裕を持って出発していますし、あまり気になさらないでください」
そう、言ってくれた。
その笑顔を見るだけで、ざわついていた心が安まるから不思議なんだよな。
「……ところで武藤係長……」
「はい、なんです?」
「……あの、プライベートな事をお聞きして大変恐縮なのですが……先ほど食べておられたお弁当なのですが……小鳥遊さんのお弁当と内容が同じでしたよね?」
え?
「あ、いえ……見た目は全然違っていたのですけど、中のおかずが一緒だなぁ、と……少し気になったものですから……」
「あ、あぁ、あれなんですけど、小鳥遊の相談にのってやったら、そのお礼にって、作ってくれたんですよ」
うん……小鳥遊の相談にのったのは事実だ。
そのお礼に、小鳥遊が弁当を作ってくれたのも事実だ。
何一つ、嘘は言ってない。
……しかし、東雲課長ってば、小鳥遊の弁当を一瞥しただけだったはずなんだけど……よく気がついたな……
「あ、そ、そうなんですね……すいません、なんか変な事をお聞きしてしまって……」
にっこり笑みを浮かべながら、手元の資料へ視線を落としていく東雲課長。
どうにかごまかせたみたいだけど……これからは、もう少し気を付けないといけないな。
◇◇
途中、迂回のせいで時間をロスしたものの、余裕を持って出発していたおかげで約束の時間には余裕で間に合った。
相手の会社とは、あちらさんが保有している商品在庫を俺達の会社の倉庫に預けたいって案件だった。
「ウチとしては、これぐらいまでなら引き受け可能ですね」
小鳥遊がまとめてくれていた資料のおかげで、話合いはすごくスムーズに進んでいった。
帰りの車内で、
「今日は、簡単な打ち合わせだけの予定だったのですが、武藤係長のおかげで、契約までこぎ着けることが出来ました。本当にありがとうございます」
契約書の内容を確認しながら、お礼を言ってくれた東雲課長。
「いえいえ、少しでもお役にたてたのなら何よりですって」
そんな東雲課長に、俺も笑顔を返していく。
こういった他社との交渉だけでなく、ゴルフや食事の接待にまでかり出されている東雲課長だし、何度も出向く手間を省くことが出来たのなら、それはそれで嬉しく思ったのも事実だった。
……これで、東雲課長がディセイバークエストで息抜きする時間が増えたらいいんだけど……仕事が忙しいのか、最近ゲームの中でほとんど会ってないもんな……いや、なんか、露骨に避けられていた気がしないでもないんだけど……
そんな事を考えながら運転していた俺。
「あの……今日のお礼をさせて頂きたいのですが?」
「いえいえ、そんなお礼なんて大丈夫ですよ」
「いえ、それでは私の気が済みませんので」
律儀な東雲課長だけに、お礼をしないと気が済まないんだろうな……でも、
「別に俺はお礼をしてほしくて同行したわけじゃありませんから。資料だって、小鳥遊がまとめてくれたものですし」
笑顔で返事を返した俺。
「そう言って頂けると、ありがたいのですが……やっぱりお礼はさせてください。今度のお休みに、また食事を作りに行かせていただいてもよろしいでしょうか?」
……え?
……お礼に食事を?
……俺の部屋で?
……あの、俺の部屋って、今、小鳥遊がルームシェアしているんですけど……
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