新たな交易と その1

扉を開けると……そこに小鳥遊が立っていた。


「あ……あの……こ、こんばんわ……」

「あぁ、こんばんわ……ってか、何かあったのか?」


 特に約束もしていなかったし、事前に何の連絡もなかったはずなんだが……小鳥遊ってば、なんで俺の家にやってきたんだ?


 俺が疑問に思っていると……小鳥遊は手に持っていた手提げ鞄を俺に差し出した。


「……あの……い、急いで作ったから……美味しくないかもだけど……あの……ば、晩ご飯……」


 顔を真っ赤にしながら、いつも以上にしどろもどろな小鳥遊なんだけど……うん、この手提げ鞄の意味はしっかりと理解出来た。


「わざわざ作って来てくれたのか、なんだか悪いな」


 俺が笑顔で鞄を受け取ると、小鳥遊は、


「じゃ、じゃあ……」


 顔を真っ赤にしたまま深々と頭を下げると、階段の方に向かって小走りに進んでいった……んだけど……


「ちょ、ちょっと待てって……」


 そんな小鳥遊の手を掴んだ俺。


 ……いやさ……小鳥遊ってば、俺に手渡した鞄とは別に、リュックサックを背負っていたんだ。


 このリュックサックには見覚えがあった。

 これって、先日、俺の家に泊まりに来た時の小鳥遊が、ディルセイバークエストのログイン用ヘルメットを詰め込んできたリュックサックに間違いない。

 しかも、リュックは大きく膨らんでいる……小鳥遊ってことわ、だ……小鳥遊は、このリュックの中にヘルメットを入れて来ているってこと……

 ってことわ、だ……


「あのさ小鳥遊……よかったら一緒に食べないか? 俺も一人で食べるとちょっと寂しいっていうか、さ……」


 我ながら、なんでもっと、こう……気の利いた言葉を口に出来なかったんだろう……って、思ったものの、とにかく、小鳥遊を引き留めることには成功したようだ。


 ……まぁ、小鳥遊も、俺と一緒に過ごすつもりで来たっぽいし……でなきゃ、わざわざディルセイバークエストのログイン用ヘルメットを持ってくるわけがないだろう。


 そんな事を考えている俺の前で、足を止めている小鳥遊。


 うつむきながら、上目遣いに俺を見上げると、


「……お、お邪魔じゃない、ですか?」


 って……顔を真っ赤にしながら聞いてきた。

 

「あぁ、むしろ歓迎っていうかさ」

「……じゃ、じゃあ……」


 小さく頷くと、小鳥遊は俺の部屋へと入って来た。

 

◇◇


 そんなわけで、俺と小鳥遊は一緒に晩飯を食べることになった。


 ……わけなんだが……引き留めておいてなんなんだが……今日の俺って、昼に定食1人前と弁当を2つ、そして3時のおやつに大量のクッキーを食べているわけで……正直、お腹はまったくといっていいほど減ってない。


 小鳥遊が作って来てくれていたのはビーフシチュー……しかも、結構大きめの保温容器に入っていた。

 

 それを、小鳥遊が俺の部屋のお鍋に移して温め直してくれたんだけど……うん、匂いも見た目もすごく美味そうだ。

 肉をスプーンでつつくと、結構大きな塊があっさりと崩れていく……って、これ……あれじゃないか? 昨日の休日、1日かけて煮こんだんじゃないか? それくらいしないと、こんなにホロホロにはならないだろう……


 美味そうだ……


 しかし、腹が……


 そんな葛藤をしながら皿の中のビーフシチューを見つめていると、向かいに座っている小鳥遊が心配そうな表情で俺を見つめているのに気がついた。


 ……あ、これって、俺がなかなかビーフシチューを口に運ばないから……


 その事に気がついた俺は、一度大きく頷くと。


「いただきます!」


 両手を合わせてそう言うと、ビーフシチューを口に運びはじめた。

 

「ん、こりゃ美味いな。俺は料理にはあんまり詳しくないんだけど、いい香りがするな。肉もとろとろだし、本当に美味いぞ」


 笑顔で、ビーフシチューを口に運んでいく俺。

 そんな俺を、小鳥遊は、


「……よかった」


 安堵のため息を漏らしながら、俺を見つめていた。


 ……うん


 お世辞抜きに、このビーフシチューは美味い。

 とはいえ、俺の胃はあっという間に限界に達しつつある。


 ……だが


 小鳥遊の笑顔のためならば……


◇三十分後◇


「ごちそうさん、本当に美味かったよ、小鳥遊」


 ソファに深々と腰掛けて、声をあげる俺。

 うん、もう一歩も動けそうにない……

 小鳥遊は、台所で食器を洗いながら、そんな俺を見つめている。


「……よ、喜んでもらえて、よかった」


 嬉しそうに微笑んでいる小鳥遊。

 

 ……うん


 この笑顔を守れたってことで、俺はどこか満足感を感じていた。


 程なくして、洗い物を終えた小鳥遊が、俺の元へ歩み寄ってきた。


「あの……しよ?」


 普通、部屋にやって来た女の子がこう言うと……なんていうか、あっちの想像をしてしまいそうなんだけど……小鳥遊の手には、リュックサックから取り出したディルセイバークエストのログイン用ヘルメットがしっかりと握られていたわけで……


 本音を言うと……もう少しこのまま休ませてほしいんだが……


「あぁ、やるか」


 そう言って、ソファの隅に置いていた、俺のログイン用ヘルメットを手に取ったわけで……


 先にヘルメットを被った小鳥遊は、先日のように俺の膝の上に座ってきた。

 小柄な小鳥遊が俺の膝の上に座ると、小鳥遊を見下ろす格好になってしまうんだけど……なんていうか、胸の谷間がモロに見えているというか……小鳥遊の胸がでかいっていうのを再認識出来たわけで……


 ……って、いかんいかん……変なことを考えて、俺のアレが妙なことになっちまったら、膝の上に座っている小鳥遊にバレてしまうっていうか……確実に軽蔑されるだろうからな……


 顔を左右に振り、煩悩を振り払った俺は、ヘルメットを装着した。


◇◇


 目を開けると、そこには木造の屋根が広がっていた。


 間違いない。

 ディルセイバークエストの中にある、俺の家の屋根だ。


「あ、パパ! ママ! 待ってたベアよ!」


 笑顔で俺に駆け寄って来たのは、ポロッカだった。

 でっかい熊のポロッカが駆け寄ってくるのにもすっかり慣れた感じだ。


 ほぼ同時にログインして、ベッドの上に2人並んで出現した俺とエカテリナ。

 そんな2人に、ル○ンダイブよろしく、ベッドの上に飛び込むようにして抱きついてきたポロッカ。


 な、なんというか……リアルじゃないとわかってはいるんだけど、胃の中身がリバースしそうになる感覚に囚われてしまい、思わず口元を抑える俺。


 そんな俺の横では、


「も、もうポロッカったら。甘えん坊さんねぇ、ちょっとならいいんだからね!」

「わ~い、ママありがとベア!」


 いつものツンデレ口調のエカテリナ。

 そんなエカテリナに、再度抱きついていくポロッカ。

 

 ここだけ見ていれば、俺とエカテリナの夫婦が娘のポロッカと戯れている、何気ない日常の一コマに見えなくもない気がする。


「ならば、妾は主殿に!」


 そこに、部屋の中に、蛇の下半身をウネウネさせながら入ってきたラミコ。

 そのまま、俺の元に近づいてくると、そのまま俺に飛びついて……


「あ、あう……」


 そんなラミコを、絶望のオーラモーションを背後にまとったエカテリナが凝視していた。

 その視線を前にして、ピタッと動作を止めたラミコ。


「あ、あの……すまないのじゃ……ちょ、ちょっと浮かれてしまっただけで……」


 横目でエカテリナの方を見つめながら、ベッドの脇へ体を縮めていくラミコ。

 ラミコもSSS級のモンスターなんだけど……そんなラミコを一睨みで大人しくさせてしまうエカテリナってば、やっぱすごいよな、って感心してしまった。


 そんなやり取りを終えた俺達は、玄関に向かって移動していった。


 家の中には、真新しい壁が出来ているんだけど……これって、リサナ神様の神殿が俺の家にくっついたせいで、神殿側から丸見えになっていた箇所を、木で壁を作って間仕切りにしてあるんだよな。


 以前だったら、ワニの頭の被り物を被ったリサナ神様が、鼻息を荒くしながら俺達の元に駆け寄ってきていたはずなんだけど……こうして自分で壁を作って俺達の生活の邪魔をしないように配慮してくれているわけで……いや、女神のレベルがあがったからこその行動なんだけど……なんていうか、以前のリサナ神様も、今にして思えば結構味があって悪くなかったような気がしないでもないというか……いや、またワニの頭の被り物を放り投げなきゃならなくなるのは、やっぱりごめんだな。


 そんな事を考えながら家の外に出ると、


「あ、フリフリさんに、エカテリナさん。いらっしゃい!」


 村人達の農作業の指導をしていたファムさんが笑顔で挨拶をしてくれた。


「やぁ、ファムさん。みんなの指導をしてくれていたんだ。ありがとう」

「いえいえ、私はフリフリさんと契約した農村の娘ですからね、これくらいさせて頂いて当然ですよ」

「そう言ってもらえると、俺もすごく助かるよ」


 ……この様子だと、結構前からログインして、みんなの指導をしてくれていたみたいだな、ファムさんってば……


 ってことは、さっき弁当箱を返しにいった際に、部屋から反応がなかったのって……ディルセイバークエストにログインしていたからなのかもしれないな……


 そんな事を考えていると、村の出入り口の門の方から、何やら歌声が聞こえてきた。

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