なんか重なる日 その1
隣の部屋の古村さんから朝一でいきなり弁当を手渡された俺。
……なんていうか……朝からこんなことをしてもらえたのってはじめてだったもんだからかなり面食らったというか……いや、正直に言うと、ちょっと嬉しく思っている自分がいたわけで……
鞄に入れた弁当へ視線を向けながら、時折口元に笑みが浮かんでしまうのもしょうがないというか……そんな感じで駅へと向かっていた俺なんだけど、
『おはようございましゅ』
そんな俺の眼前に、いきなりスマホの画面が突きつけられてきた。
っていうか……駅前で、こんなことをしてくるのって、1人しか思い当たる節がないというか……
スマホを持っている手に沿って視線を移動させていくと、その先には予想どおり、早苗ちゃんが笑顔で立っていた。
「おはよう、早苗ちゃん……っていうか、わざわざ駅前まで出てこなくてもいいのに」
そうなんだ……早苗ちゃんは俺よりも少し先の駅から電車に乗っているんだけど、俺が乗車する駅でわざわざ一度下車して、こうして駅前で俺の事を待っているんだ。
『定期でしゅから、大丈夫でしゅ。それに、いつも早めの電車に乗っていましゅから』
「そうなのかい? まぁ、登校に支障がないのならいいんだけど……」
俺の言葉に、嬉しそうに笑顔を浮かべる早苗ちゃん。
……本来なら、女子高生の早苗ちゃんと一緒に登下校するなんてもってのほかなんだけど……早苗ちゃんはこの電車で痴漢被害にあっていたわけだし、それを救った俺のことを信頼して登下校の際にわざわざ俺を探すのもわからないでもないし……
まぁ、そのうち落ち着けば早苗ちゃんも以前のように俺に頼る事無く、友達と一緒に……って……そう言えば、早苗ちゃんが誰か友達と一緒に電車に乗っているのを見た事がないような……
そんな事を考えながら、いつものように一緒に電車に乗り込んだ俺と早苗ちゃん。
すると、早苗ちゃんが学生鞄から何かを取り出し、それを俺に差し出した。
「え? 俺に?」
俺の言葉に、恥ずかしそうにうつむきながら頷く早苗ちゃん。
俺が、その小振りな包みを受け取ると、スマホに何やら入力して、それを俺に向けてきた。
「『いつも守ってくれているお礼に、お弁当をつくってきました』って……い、いや、そんなに気を使ってくれなくても……」
俺の言葉に、左右に顔を振りながら再度スマホを操作する早苗ちゃん。
「『私、本当に嬉しかったんでしゅ』って……いや、俺は当然のことをしたまでっていうか……」
照れ笑いを浮かべながら、後頭部をかいている俺。
そんな俺を、早苗ちゃんは頬を赤らめたまま、上目使いで見つめ続けていた。
◇◇
……なんか……会社に到着するまでの間に、お昼の弁当を2つも……しかも、
一方は会社員の若いお姉さんから……
一方は女子高生から……
……と、今までの俺にはあり得ない相手から頂けたという……
「……いや、嬉しいか嬉しくないかでいえば……そりゃあ嬉しいけど……」
「何が嬉しいんです?」
鞄を見つめながらブツブツ言っていた俺。
そんな俺に、後方から声をかけてきたのは東雲さんだった。
「あ、あぁ東雲さん。おはようございます……いえ、別に大したことじゃないんですよ」
「そうですか? ふふ……」
「え? な、何かおかしいですか?」
「いえ……なんでしょう……武藤係長が朝から機嫌がよさそうなものですから、私も少し嬉しくなったといいますか……」
そう言って笑った東雲さん。
その笑顔は、いつも会社で見せるクールビューティーなそれだった。
昨日、俺の家で取り乱しまくった東雲さんとは、まるで別人のようなんだけど……よく見ると、ちょっと笑顔が引きつっているというか……やっぱり少し気にしているみたいだ。
そりゃあ、そうだよなぁ……自分の気持ちを上手く伝えられないって言いながら……
不意に、昨日の東雲さんとのキスの事を思い出した俺は、無意識のうちに東雲さんの唇を見つめていた。
その視線に気付いたのか、東雲さんは、急に頬を赤らめながらうつむいた。
「あ、あの……私、今日は朝一から会議がありますので……じゃあ、また」
「あ、はい……」
早足で自分の部署へ向かっていく東雲さん。
その後ろ姿を、俺は少し引きつった笑顔を浮かべながら見送っていた。
……そういえば、昨日の東雲さんは、小鳥遊に取材をしていたはずだけど……攻略サイトに記事は載ったのかな……
気になったものの、すでに会社だしな……プライベートな事は、会社ではしない主義なんで、俺はスマホで東雲さんの攻略サイトをチェックすることもなく、自分の部署へと移動していった。
「みんな、おはよう」
俺が笑顔で部屋に入ると、半分くらいの部下達が出勤していて、当然のように小鳥遊の姿もあった。
まだ始業前なんで、雑談をしている部下達が大半なんだけど……そんな中、小鳥遊は一人すでに仕事をはじめていた。
俺が入室すると、手をとめてペコリと頭を下げてくれたんだけど……まぁ、以前の小鳥遊に比べれば格段の進歩だよな。
……しかし
昨日は、なんていうか……結構濃厚なキスをしたんだよなぁ、ゲームの中でエカテリナと……
まぁ、ゲームの中では夫婦なわけだし、直接唇を合わせているわけじゃないんだし、意識する方がどうかしているといえば、そうなんだけど……そこを上手く切り替えられるほど、器用じゃないんだよな……
そんな事を考えながら、椅子に座った俺は、鞄を引出の中に入れて、パソコンに手を伸ばした。
「……ん?」
その時、俺はあることに気がついた。
パソコンの下に、何やら紙がはさんであったんだ。
引っ張り出してみると、それは便せんを二つ折りにしたものだったんだけど、その中には、
『今日、一緒にお昼を食べに行きませんか? 先日のお礼に奢ります 小鳥遊』
って、書いてあった。
小鳥遊へ視線を向けると……カチャカチャとデータ入力を続けているんだけど……よく見ると、頬が赤くなっていたわけで……
なんていうか……そんなに気にしなくてもいいのに、と思いはするものの、小鳥遊に食事に誘われると、ちょっと嬉しく思っている俺がいたわけで……
まぁ、最近、よく一緒に食事に行っていたからってのもあるかもしれないけど……とりあえず、断る理由はない……と、言いたいところなんだけど……
俺は、引出に入れたばかりの鞄の中に入ったままになっている、古村さんと早苗ちゃんのお弁当の事を思いだしながら、どうしたもんかなぁ、と考えを巡らせていた。
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