小鳥遊……だけじゃない? その4

「しかしまぁ……一体何だったんだろうなぁ」


 目当ての店の個室の中で、俺は苦笑していた。

 

 いや、しかし……この店に到着するまでの間に、だ、


 まず、お隣の古村さんに突撃され……


 次に、列車の中で早苗ちゃんに遭遇し……


 店の近くで東雲さんに出くわして……


 ……家を出てから1時間も経っていないっていうのに……ずいぶんと濃厚な時間をすごしたような気がしないでもないというか……しかし、最後に出くわした東雲さんって、こんなところで何をしていたんだろう……散々しどろもどろな感じで言葉を発していたかと思うと、


『じゃ、じゃあ、私はこれで……』


 って……まるで逃げるようにして駆けていってしまったんだけど……そうだな、また会社で顔を合わせた時に、それとなく聞いて……いや、今回の場合はあえて触れずに、そっとしておく方がいいのか……


 そんな事を考えている俺の向かいの席には、小鳥遊が座っている。


「……おいしい……これ、すごくおいしい、です……」


 昼の定食を、ゆっくりと口に運んでは、嬉しそうに笑顔を浮かべている小鳥遊。

 

 そうだな……まぁ、いろんなことが起きたけど、この笑顔を見れたことで、よしとするか。


「美味いだろう? 俺がまだ学生だった頃に見つけた店なんだけどさ、味は良いし、サービスもいいし、で、今でも定期的に通っているお気に入りの店なんだぜ」


 小鳥遊に、そんな言葉をかけていると、


「あらあら、武藤くんってば、いっつもカウンターで一人飯だったくせに、いきなり個室を予約するから何があったのかと思えば……」


 この店の女将さんが、追加の料理を運んで来てくれた……んだけど、この人、俺の事を学生の頃から知ってるんだよな。


「い、いや……その、こ、こいつは……」


『会社の大事な部下』って言いかけて、俺は思わず口ごもってしまった。

 ……そうだった……小鳥遊から『部下だけど……部下じゃないって……言って欲しかった……っていうか……』って言われたばかりだったっけ。


 ……だからといって……こ、恋人ですって言うわけにもいかないしな……だって、俺と小鳥遊はゲームの中では夫婦だけど……リアルな生活では、ただの上司と部下でしかないわけなんだし……


 そんな事を考えながら口ごもっている俺。

 そんな俺の事を、小鳥遊はうつむきながらも、上目使いにジッと見つめていた。


 ……って、これって、俺がどう言うのか、気にしている感じだよな……


「まったくもう! 学生時代から全然女っ気がなかったから、ひょっとしたら女に興味がないのか、なんて思ったこともあったけど、こんなに可愛い恋人を連れてくるなんて……まったく、武藤くんも隅に置けないねぇ、この! この! これはアタシからのサービスだから、遠慮なく食べとくれ」


 俺の脇を小突きながら女将さんは、俺と小鳥遊の前に料理の皿を置き、個室を後にしていった。


「な、なんかすまんな。あの女将さん、いつもあんな感じで賑やかっていうか……」

「いえ……いいんです……」


 照れ笑いをしている俺の前で、小鳥遊はうつむいたまま、小声でそう返事をした。

 嬉しそうに微笑んでいたんだけど……ひょっとして、女将さんに『俺の恋人』に間違われて照れているのか? ……って、いやいや、さすがにそれは自意識過剰だろう。


 まぁ、でも……


 嬉しそうに料理を食べている小鳥遊を見ていると、なんだか俺まで嬉しくなってくるのも事実なわけで……まぁ、今日のところは、これでよしとするか。


 ……しかし、女将さん……サービスの一品が鰻の蒲焼きって……何か別の意図を感じずにはいられないっていうか……


◇◇


 そんなわけで……


 約束通り、小鳥遊に料理を奢ってやることが出来た俺。


「どうだ? 満足したか?」

「……は、はい……」


 ゲーム内と同じように、律儀に俺の後方3歩下がって歩いている小鳥遊は、うつむいたまま頷いた。

 一応、笑顔を浮かべてくれているようだし、どうやら本当に満足してくれたみたいだ。


 その時、小鳥遊が不意に足を止めた。


 その視線の先には、レンタルビデオの店があったんだけど……その店頭に、何やら武器の玩具が陳列されていた。


「……あれ、これって……」


 その武器の玩具には、見覚えがあった。

 確か、小鳥遊がディルセイバークエストのゲーム内で愛用している剣じゃなかったか?


「へぇ……これってペーパーナイフとしても使えるんだ。最近の玩具は凝ってるなぁ」


 そう言うと、俺は、その小鳥遊の剣の玩具を2つ手に取り、レジへと向かった。


「さ、小鳥遊、これ」

「……え?」


 袋に入った剣の玩具を1つ、小鳥遊に差し出す俺。

 そんな俺を見つめながら目を丸くしている小鳥遊。


「そそそ、そんな、申し訳ないです。これ、結構高いじゃないですか、あの、お、お金払いますから……」


 慌てた様子で、鞄からサイフを取りだそうとする小鳥遊。


「まぁ、いいじゃないか。こんな時くらい良い格好させてくれって、な」


 俺が笑うと、それでもしばらく思案していた様子の小鳥遊なんだけど……


「じゃ、じゃあ……ありがたく、い、頂き……ます」


 おずおずと手を伸ばして、紙袋を受け取った小鳥遊。


「まぁ、今日の記念ってことで……って、あ、だからといってそんなに大げさに考えなくてもいいんだからんな」


 苦笑する俺。

 そんな俺の前で、小鳥遊は嬉しそうに紙袋を抱きしめていた。

 

 確かに、結構なお値段だったけど、喜んでもらえたってだけで買ってやってよかったな、って思えていた。


 その後、俺と小鳥遊は、駅へと向かって移動していった。

 心なしか、小鳥遊が俺に近づいているような気がしないでもなかったんだけど……


◇◇


 その後……


 小鳥遊を最寄りの駅まで送っていった俺は、自宅に戻って一息ついていた。


「しっかし、ホントによく出来ているな、この剣って……」


 小鳥遊に送ったのと、同じ剣の玩具を購入した俺は、その玩具を見回していた。


「ペーパーナイフとして使用出来るだけあって、装飾も凝ってるし……ゲーム内の剣とそっくりじゃないか」


 その出来映えに感心していた俺なんだけど。


「……あれ?」


 俺はその時、あることに気がついた。

 剣を立てて飾るための台座に、何かが埋め込まれていたんだ。


「……なんだ、これ?」


 それを指で触ると、あっさりとはずれたんだけど……なんかこれ、指輪のような……

 改めて商品の説明書へ視線を向けると、そこには、


『結婚システム実装記念。ブライダルセット』


「……って、え!?」


 なんかこれ……ディルセイバークエストで結婚システムが導入されたのを記念して作成された婚約指輪風の玩具のセットだったらしい……本来は、お互いがゲーム内で使用している武器の玩具を交換しあうみたいなんだけど……ドワーフを選択するヤツなんてまずいないだろうから、俺の使っている武具の製品はまずないだろう……


「……って、ちょっと待て、今の問題はそれじゃないっていうか……」


 おいおいおい……お、俺ってば、単純に小鳥遊がゲーム内で使っている武器によく似てるなぁってんで選んだだけだったんだけど……まさか、それがブライダルセットだったなんて、夢にも思っていなかったっていうか……商品のパッケージにも、そのことを殊更アピールしてはいなかったもんだから、つい選んでしまったわけなんだけど……


「……ひょ、ひょっとして小鳥遊ってば……そういう意味で取っちまってるんじゃないだろうな……」


 俺の額には、いつの間にか大量の汗が流れていた。

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