小鳥遊……だけじゃない? その3
休日ってのもあって、電車の乗客はそんなに多くない。
にも関わらず、早苗ちゃんは俺の側にべったり近づいた状態で、俺の眼前にスマホを突きつけていた。
「あ、あのさ……さ、早苗ちゃん……今日は、人も少ないし、俺の側にいなくても大丈夫なんじゃあ……」
苦笑しながら、早苗ちゃんに声をかける俺。
うん、そうなんだ……とりあえず早苗ちゃんを遠ざけないと、俺の隣に立っている小鳥遊のヤツが、その背後から絶望のオーラモーションを発動しているかのような不穏な表情を浮かべているわけで……
「……そのJK……なんで今日、いるんですか?」
って……敵意剥き出しの低音ボイスって……
しかし、だ……早苗ちゃんはと言うと、休日だというのに俺と会えたのが嬉しくて仕方ないらしく、小鳥遊の事などお構いなしといった様子で、俺の前でモジモジし続けている。
……いや、なんていうか……すごい人見知りな子だよなぁ、とは思っていたけど、絶望のオーラモーションを発動している小鳥遊を前にしてまったく動じないって……あ、ある意味大物かもしれないな、早苗ちゃんってば……
そんな事を思っていると、早苗ちゃんが再び俺にスマホを突きつけてきた。
『これから学校で部活なんでしゅけど、私の下車駅までご一緒しましぇんか?』
相変わらず、スマホ内の文書だっていうのにところどころ噛みまくっている早苗ちゃん。
で……その内容を俺の横からのぞき込んでいた小鳥遊……そのオーラ具合がさらにパワーアップして、俺の腕に抱きついてきた。
「……武藤さんは、これから私と食事です……だめ、ですから」
早苗ちゃんに向かって敵意剥き出しの小鳥遊……って、おいおい、女子高生相手に何やってんだよ……
俺が苦笑しながら仲裁に入ろうとすると、そこに再び早苗ちゃんのスマホ。
『この邪魔な方とはどういったご関係なんでしゅか?』
「ど、どう言うって……そりゃあ……」
言葉を発しようとした俺。
そんな俺の顔を、小鳥遊と早苗ちゃんが食い入るように見つめている。
その迫力に一瞬気圧された俺なんだけど……
「こ、こいつはあれだ、会社の大事な部下であってだな……」
俺がそう言うと……
どういうわけか、早苗ちゃんは嬉しそうに微笑み始め……
一方の小鳥遊は、眉間にシワを寄せながら、どこか悲しそうな表情を浮かべていて……
そんな2人の様子に、困惑しまくる俺。
いや、俺、何か間違った事をいったっけ?
そんな事を考えている俺の眼前に再び早苗ちゃんのスマホ。
『部下思いなんでしゅね。優しくて素敵な方でしゅ』
頬を赤く染め、モジモジしながら俺にスマホを見せ続けている早苗ちゃん。
その光景を、横から見つめながらすごい形相をしている小鳥遊……って、なんで敵意を剥き出しにしているんだ、小鳥遊ってば……
プシュー……
状況が把握出来ずに、困惑し続けていた俺なんだけど……ようやく電車が目的の駅に到着した。
「た、小鳥遊、ここだ。ここで降りるぞ」
小鳥遊の手を取った俺は、逃げるように駆けだしていった。
早苗ちゃんはというと……どうやらここは下車駅ではなかったらしく、名残惜しそうな表情を浮かべながら俺に向かって手を振っていた。
◇◇
改札を出て、人通りの少ない脇道を進んでいく俺。
その後方を、小鳥遊がついてきているんだけど……その顔には明らかに不満そうな表情が浮かんでいた。
……そんな表情をしながらも、きっちり3歩下がってついてくるあたり、律儀というか……
「あのさぁ、小鳥遊……何か俺、まずいことを言ったか?」
「……別に……嘘は言ってない……です」
「なら、なんでそんなに不満そうな表情をしているんだ? 俺もさ、言ってくれないとわからないこともあるって言うか……これから一緒に飯を食いに行くんだから、言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれって」
俺が苦笑しながらそう言うと、小鳥遊はしばらくうつむいたまま考え込んだ。
「……あの……怒りません、か?」
「内容にもよるけど、よっぽどの事がない限り、怒ることはないと思うぞ」
俺の言葉を聞いた小鳥遊は、一度大きく息を吸い込んだ。
「あ、あの……さっきなんですけど……部下、だけど……部下、じゃない言葉で紹介……して欲しかった……っていうか……」
うつむいたまま、頬を赤く染めたままそう言った小鳥遊。
「部下じゃない言葉でって言って欲しかった、って……じゃあ、どう言って欲しかったんだ?」
「あの……そ、その……え、えっと……」
モジモジしながら、いつも以上に歯切れが悪くなってしまった小鳥遊。
そんな小鳥遊を見つめながら、俺は心の中に浮かんだ言葉を口にしてみた。
「……ひょっとして、恋人……とか?」
俺の言葉を聞いた小鳥遊は、即座に固まった。
身動き一つすることなく、俺の前でジッとしている小鳥遊。
その顔は耳まで真っ赤になっていて、よく見ると小刻みに震えているような……
「そ、そんなわけないよな。こんなおっさんの恋人なんて言われたら、そりゃ困ってしまうわな、悪い悪……」
小鳥遊の目線に合わせて膝を折った俺は、あえておどけた口調でそう言った。
うん、やっぱり恋人は言い過ぎだよな……俺も、何言ってるんだか……
小鳥遊が、そんな俺の首に腕を回した。
無言のまま、俺の首を引き寄せていく。
目は閉じたまま……って、これって……キスしようとしているのか、小鳥遊ってば……
ドンガラガッシャ~ン
「な!?」
「ふぇ!?」
俺と小鳥遊の唇が重なるか重ならないか、っていう微妙な時に、何かが倒れる音がした。
その音にびっくりして、俺と小鳥遊は慌てて体を離してしまった。
そんな俺と小鳥遊は、物音がした方向へ視線を向けた。
そこは、何かの店の脇……そこに積んであった木箱が散乱していて、それを慌てた様子で拾い集めている女性の姿があったんだけど……
「……あれ? ひょっとして……東雲さん?」
「ひぃ!?」
俺の言葉が聞こえたらしいその女性は、妙な声をあげながら文字通り飛び上がった。
目深に被っている帽子を両手で押さえながら、恐る恐るといった様子で俺達の方へ視線を向けてくるその女性……うん、珍しく眼鏡をかけているし、化粧っ気も全然ないけど……間違いなく、それは東雲さんだった。
小鳥遊も、そのことに気付いたらしく、びっくりしたような表情を浮かべている。
そんな俺と小鳥遊の方へ向き直った東雲さんは、
「あ、あら……お、お休みの日に偶然ですね……」
「え、えぇ、そうですね……って、東雲さん、こんなところで何をしてたんです?」
「え、っと……な、何っていうか……その……あ、あの……ごめんなさい、何というか……お邪魔だった、かしら……ねぇ……」
いつものクールで出来る女の様子が微塵も感じられない程、大慌てしている東雲さんを前にして、思わず唖然としてしまう俺。
小鳥遊も同様らしく、東雲さんをジッと見つめ続けている。
そんな俺と小鳥遊の前で、明らかに挙動がおかしい東雲さんは、額に汗をかきまくりながら、しどろもどろな言葉を続けていた。
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