あの……イースさん? その3

 家を出た俺を、例によって村のみんなが取り囲んでくれた。


「村のレベルアップおめでとうございます!」

「さすがフリフリ村長!」

「これからもついていきます!」


 村のレベルがあがった際のお約束というか、村のみんなが総出で拍手と歓声を送ってくれるのも定番化してきたんだけど……やっぱりこういうのって何度されても嬉しいもんだなぁ。


「ありがとう、みんな本当にありがとう」


 俺は笑顔を浮かべながらみんなに向かって何度も手を振っていた。


◇◇

 

 ひとしきりお祝いの言葉を交わし終えると、俺の元にテテが歩み寄ってきた。


「フリフリ村長さん、メタポンタ村のレベルが5に達したことで、新たに交易可能な村が出現したみたいです」

「交易可能な村? それって、リザード族の村みたいな?」

「はい、そうです。今すぐに交易を開始することは出来ませんが、ある条件を達成することによってリザード族の村のように交易することが可能になります」


 ここでファムさんが歩み寄ってきた。


「こうやって村のレベルがあがると交易することが出来る村が出現するんです。ただ、メタポンタ村のレベルがあがったことで出現した村は、メタポンタ村の住人しか出入り出来ないんですけどね」

「へぇ、そうなんだ……ってことは、リザード族の村の場所を村の住人じゃないプレーヤーに教えてあげても、リザード族の村に入ることが出来ないんだ」

「出来ないというか、視覚的に出現しないんです」


 なるほどなぁ……ってことは、例えば俺がリザード族の村へ出向いたとして、その後をこっそり尾行したプレイヤーがいたとしても、リザード族の村にたどり着くどころか、村を見る事も出来ないわけか。


「……ちなみに、それはリザード族の人達が交易に来る時も、なのかい?」

「そうです。メタポンタ村に交易にやってきたリザード族の後を尾行したとしても、メタポンタ村の住人以外のプレイヤーだと、途中で見えなくなってしまうんです」

「なるほどなぁ……結構厳しいんだな」

「そりゃそうですよ。交易をするためにははかなり難しい条件設定がされているのですから、その条件をクリアなさった方しかその恩恵にあずかれないのは当然です」


 ファムさんの言葉に納得した俺は大きく頷いた。


 とはいえ、それをクリアした俺が、イースさんのサイトを通じてその情報を公開するのは問題ないというか、ファムさん的にはそういった行為を是非してほしいって思っているわけだけど、それは、俺みたいに内政をしてみようというプレーヤーを増やしたいってことだろうけどね。


 そういえば……


 エナーサちゃんが所属しているディルセイバークエストの大手攻略サイトだけど、あのサイトではエカテリナの事が

『情報を独り占めしている自己中心的廃人プレイヤー』

 って、結構辛辣に書かれていたんだけど……


 エカテリナの場合、素が重度のコミュ障なもんだから、聞かれないと話さないだけなんだよな。

 多分だけど……フレンドリーに話しかけてきたプレイヤーには相応の対応をしているはずだから、ただの誤解だと思う。

 その証拠に、イースさんの攻略サイトに寄せられている書き込みの中には、


『エカテリナに質問したら教えてくれたんですけど……』


 的な、情報提供が少なくないんだよな。

 まぁ、そういったあたりの誤解も、イースさんのサイトを通じて解いていけたらなぁ、って思ったりもしている。


「……あれ? そういえば、イースさんは……」


 周囲を見回したんだけど……どういうわけかイースさんの姿が村の中に見えなかった。

 一応、反応はあるのでログアウトはしていないみたいなんだけど……


「……しかし、さっきのアレって、なんだったんだろう……『私、お味噌汁作れますから』って……」


 さっきのイースさんの言葉の意味がどうにも理解出来ない俺。

 腕組みをして考えを巡らせてみたものの……どうにも、これといった答えが浮かんでこない。


「まさか、『私、お味噌汁が作れますから、私の作ったお味噌汁を毎日食べてくれませんか?』なんて……そんな逆プロポーズみたいなことを、イースさんがするはずがないというか……」


 そもそも、俺が2人追加で結婚出来るようになったのは、イースさんの台詞の後だったわけだし……ただ、明日の事を何やら気にしていたような気もしたけど……明日って、小鳥遊を飯に連れて行ってやるくらいしか予定はないし、ゲームの中で何かイベントがあるわけでもないし……


 いくら考えても、その答えが浮かばなかったわけで……


「そうだな……わからない事を考え続けても仕方ないか」


 ここで、イースさんの件を考えるのを一度打ち切った俺は、


「ラミコ、じゃあ街の店まで運んでくれるかい?」


 リザード族から購入した品物を荷車に運んでいたラミコに声をかけていった。


「うむ、任せるのじゃ主殿! 妾は働き者で役に立つであろう? 2人目の妻にするにはもってこいだと思うのじゃ」

「そうだな、確かにお前は働き者で役に立つけど、俺は妻は増やさないよ。俺の妻はエカテリナだけで十分だ」


 ゲームの中なんだし……別にいいじゃないか、と、考えることも出来たんだけど……なんていうか、やっぱり複数の奥さんを持つっていくことに、どうにも抵抗があるんだよなぁ。


「う、うむ……残念なのじゃが……でも、妾以外の誰かを選ぶのではないのなら、あきらめもつくのじゃ……それに、まだチャンスがなくなったわけでは……ゴニョゴニョ……」

「ん? 何か言ったか、ラミコ?」

「ななな、なんでもないのじゃ! さ、さぁ、レッツらゴーなのじゃ!」


 ゴニョゴニョ言っていたラミコなんだけど、俺の言葉を聞くなり元気に右腕を振り回しながら荷車を引っ張り始めた。


 今日、荷車に乗っているのは、


 俺


 ファムさん


 ポロッカ


 以上の3人で、その荷車をラミコが引っ張ってくれている。


 出発した際に、イースさんが建物の影からこっちを見てたような気がしたんだけど……ラミコが早すぎてよく見えなかったんだよな。


◇◇


 街に着くと……今日も、店の前には長蛇の列が出来ていた。

 販売個数に制限があることが伝わっていたせいで出遅れたプレーヤー達が早々に諦めたらしく、今日の列は昨日ほどの長さはなかったんだけど、それでも結構な長さになっていた。


 昨日同様、慌てて開店準備を整えた俺達は、


「お待たせしました! さぁ、開店しますよ」


 今日も笑顔で店の扉を開けた。

 ……まぁ、開店したとはいえ、販売出来る品物がまだまだ少ないもんだから、持参してきた品物は今日もあっという間に完売してしまったんだけどね。


「そうだなぁ……もう少し販売出来る数を増やすことが出来たらなぁ」

 そんなことを呟いている俺の近くに、ファムさんが笑顔で歩み寄ってきた。

「村のレベルが上がりましたので、明日くらいからリザード族から交易で入手出来る武具の数も増えるでしょうし、村人達の薬草生成技術も上達して、プレイヤーに高値で買ってもらえる上級の回復ポーションなどを生成出来るようになるはずです」

「なるほど、明日以降がますます楽しみになったってわけか」

「ですです……しかし、あれですねぇ……私も、まさかこんなにトントン拍子でメタポンタ村のレベルがあがっていくなんて夢にも思っていませんでしたよ」


 俺に向かって嬉しそうに微笑むファムさん。


「その……なんですか……お礼を兼ねて、結婚を……」

「あ~……っと。すまないけど、その話題はパスな」


 いくらNPCのファムさんとはいえ、中の人が存在するテストプレーのキャラだしな。

 結婚相手を増やすことでレアアイテムが入手出来たりするんだろうけど……まぁ、今のところは遠慮させてもらおう。


 そんな会話を交わしながら、店の片付けを済ませた俺達は、来た時と同じように、ラミコが引っ張る高速荷車で、メタポンタ村へと戻っていった。


◇◇


「……ふぅ……今日はまた、いろんな事があったなぁ……」


 村に戻り、家のベッドで横になった俺は、そのままログアウトして……そして今に至る。

 ヘルメットをはずして、一息ついた俺。


「……あ、あれ?」


 その時、俺はあることに気がついた。

 足が……痺れて感覚がなくなっていたんだ。


 んで……胡座をかいている俺の足の上には……そう、エカテリナこと小鳥遊がちょこんと座っているわけで……あぁ、そうか……この姿勢のまま長時間過ごしていたわけか……そりゃ、足も痺れるわな……


 俺は、そっと小鳥遊の脇の下に手を入れて、体を持ち上げようとした。


「……あ……ふん」


 って……おいおい小鳥遊……なんでそこで、そんな艶っぽい声を出すんだ?

 まだヘルメットを被ったままの小鳥遊なんだけど……頬を赤くしていたんだけど……その後も、俺がちょっとでも触ると、すぐに


「……あ、ん……」


 とか、


「……ふぁ……」


 とか、艶っぽい声をあげまくるもんだから……結局俺は、小鳥遊を膝の上から移動させることをあきらめて、ソファの上に置いていた毛布を小鳥遊ごと掛けて、そのまま寝ることにした。


 足をちょっとずつ動かして、どうにか痺れない位置にまで動かすことに成功したんだけど、足を動かす度に、小鳥遊が、艶っぽい声を上げるもんだから、なかなか大変な作業だったわけで……


 俺に上半身を預けながらゲームを続けている小鳥遊。

 もう少し付き合ってやりたかったんだけど……これ以上プレイしたら、明日、小鳥遊を飯に連れて行けなくなっちまいかねないしな。


「……お休み、小鳥遊」


 小鳥遊の耳元でそっとそう言うと、俺は小鳥遊の肩の上に手を置いて目を閉じた。

 

 ……もっとも、小鳥遊が体を動かす度に、俺の下半身の一部が刺激されちまうせいで、なかなか寝付けなかったのは言うまでも無い。

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