ある日の精神閉鎖病棟

宮瀬 みかん

夕方から就寝まで

時計を眺める

時刻は17時55分

あと5分で夕食の時間だ


重たい体を起こして足をベットから下ろしスリッパを履く


多少室、4人部屋の一角

カーテンで仕切られた私のスペース

誰にも見られたくないし誰とも話したくないから、カーテンは端から端まで引く

でも時々看護師さんが覗いてくる


カーテン越しに隣からもぞもぞという音がして、次いでぺたぺたと足音がする

さやかちゃんだ

さやかちゃんはなにやら棚をガチャガチャと漁っている様子


夕食までもう時間がないのでみんなが集まる共有スペースへ向かおうとカーテンを開ける

部屋から出ようとした時、さやかちゃんに声をかけられた

「ーーーちゃん?どこ行くの?」

障害を感じさせられる独特の滑舌の悪さ

「もうすぐ夜ご飯だよ」

「そうなの?一緒に行こう」

「うん」

みんなが集まるあの場所へ足を運ぶ


席に着くと、廊下から食事の荷台を引いた看護師さんがやってくる


18時ぴったりに次々と患者の名前を呼び食事を配る

「ーーーさん」

「ありがとうございます」

食事を貰い席に着く

時刻は18時05分

急いで食事をかきこみ、18時15分

空いた御膳を荷台の隣に立っている看護師さんに渡し「ご馳走様です」と微笑む

看護師さんが患者の食事摂取量一覧表の私の欄に10割、と書き込むのを見届けるとそのままトイレに入る


トイレの個室に入る

便座に座ることはない

便器に顔を近づけ、口の中に中指を突っ込む

先ほど食べたものを全て吐き出す

吐物を見て、今日の夕食は魚だったんだなと知る

手洗い場でうがいをし、念入りに手を洗ってトイレから出る


時刻は18時25分

慣れたものだ


ウォーターサーバーから水を汲んで席に着き一口二口飲んでいると18時30分になり、看護師さんが患者にお薬を配り出す


「ーーーさん、はいどうぞ」

「ありがとうございます」

お薬を飲み終えるのを確認した看護師さんはまた別の患者の元へ行く

私は自分の部屋に戻る

ベットに臥床して天井を見つめる

何もすることがないから、ただ見つめる


「ぐふっ、いひひ、くくく」

さやかちゃんの隣、私とは斜めの位置に当たるスペースから今日も笑い声が聞こえる

「…だって!え?うふ、そうかな?」

「…っけけ、くふふ、…ってそんなこというの!くく」

ひとしきり1人で話すと、彼女は勢いよくカーテンを開けてバタバタと部屋を出て行く


天井を見つめる


時刻は19時50分

少し早いが、みんなが集まるあの場所へ行く


先に席に着いていたさやかちゃんが看護師さんと話している

「あのね、看護師さん」

「私のお腹の中に赤ちゃんがいるの、それでね」

「さやかちゃん、お腹に赤ちゃんがいたらもっとお腹が大きくなってるはずだよ」

「そうだけどね看護師さん、赤ちゃんいて、産まれるかもしれないよ」

「さやかちゃん、ここに入る時にたくさん検査したでしょ?赤ちゃん、いないよ」

「でもね...」

話に収拾がつかなくなった頃に看護師さんは別の看護師さんに呼ばれ去っていった

さやかちゃんは不服そうだ


ぼーっと時計を眺める

時計の針が20時を指した頃、看護師さんがお薬を配り出す

「ーーーさん、はいどうぞ」

「ありがとうございます」

お薬を飲み、部屋に戻る


自分のスペースをカーテンで仕切る

ベットに上がり、床に敷かれているコールマットのスイッチと、起き上がりの動作でコールがなるセンサーのスイッチを切る

布団で体を覆う


しばらく天井を見つめ、眠る

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ある日の精神閉鎖病棟 宮瀬 みかん @v4_mikan

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