静かに微笑む夜の月

宵埜白猫

第1話 Voiceless

私は皆と同じ言葉をしゃべることができない。

生まれつき声帯が弱く、上手く発音できないから。

それでも幼い頃は幸せだった。

優しいお母さんは声が出なくても愛してくれたから。


私の幸せが崩れ始めたのは小学校に入った頃。

自己紹介の時間だった。

しゃべれない私の代わりに先生が紹介してくれた。

そんな私を見て、周りの人がひそひそと話始める。

「何も言わずに笑うだけなんて気味が悪い」

「何考えてるかわかんなくて怖い」

「あいつとは関わりたくない」

声が出ないってだけで周りから疎まれた。

小中一貫の学校だったからあまり顔ぶれも変わらず、小学校も中学校も友達はできないまま、1人で過ごしていた。

誰とも遊ばず、誰も私に興味を持たない。

まるで透明人間みたいね。

だから私は、他の子どもが当たり前のように友達と遊んでいるのを眺めながら本を読むようになっていた。


学校での私の状況を知ってから、お母さんはいつも泣きながらごめんねと繰り返した。

「皆と同じように、元気に産んであげられなくてごめんね」と。

(泣かないで)

その一言すら言えないのが辛かった。

そんな日々が続いたからだろうか。

私は声だけじゃなくて、いつからか上手く笑うことも出来なくなっていた。


だから高校は、周りの子から離れるために遠くの女子校を選んだ。

知り合いなんて誰もいない所だけど、今と何も変わらないし。

家から離れて寮に入って通うことにした時、お母さんはとても心配してくれた。

お母さんとの別れ際、

『いつもありがとう』

そんな想いを込めて、お母さんを抱きしめた。


入寮日の今日、その時の温かさを思い出すように、そっと胸に手を当てて寮の門をくぐる。


門の前に咲いた桜が風に揺れ、薄紅色の花吹雪で彼女の足跡を消していく。


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