9.November
十一月のある日、私はJr殿と五歳ほどの少年がドームを訪れているのを見かけました。ベンチに座ったその少年はむすっとした顔で端末のゲームを操作しています。
私はお二人に近付き、まずはJr殿に挨拶をしました。
『Jr殿、お久しぶりですね』
『はい、O-42297P様もお変わりなく』
『今日はいかがなされましたか?』
『実は……』
Jr殿は気まずそうに少年の方を見ました。
『坊ちゃんが今日、ハカセ……母親の一人とこちらに来る約束をしていたのですが、急に仕事が入ってしまい、一人になってしまったのです』
「ママも仕事が忙しくて部屋から出なくてさ、ぼくとJrだけ外に出てなさいってさ」
少年がゲーム画面から目を逸らさずにそう捕捉します。
親の事情に振り回されて不機嫌なのは伝わりましたが、このまま意地を張っていても仕方のない気がします。私は人間には聞こえない周波数で、Jr殿に話しかけてみました。
『何か機嫌を直してもらえる方法はありませんかね?』
『難しいですね……。今日の約束は、特に何か予定があるわけでもなく、母親とともに散歩するというものでしたから、代案で納得してもらえないでしょう……』
『散歩自体は好きなのですか?』
『はい。散歩中に何か珍しいものを見つけたら、写真を撮ることが好きなのです』
『なるほど……』
Jr殿の言う「珍しいもの」に私は心当たりがありました。
私は、少年に向き合って話しかけます。
『すみません。実は昨日、惑星上ではこのドームにしかない花が咲いたのですが、ご覧になりませんか?』
「えっ! 見たい!」
少年はすぐにゲームを中断して、勢いよく立ち上がりました。
それに気圧されているJr殿も連れ立って、私はその花の咲いている花壇へと、少年を案内しました。
◇
私が案内したのは、チョコレートコスモスの花壇でした。
さわさわと風に揺れる茶色のコスモスの花たちを、少年は持参していた端末で夢中になって撮影しています。
『実はこの花、微かにですがチョコレートの匂いがするのですよ』
「ほんとにっ!?」
少年は花壇の一番前の列にある花に顔を近づけて、その香りを嗅いでみました。
その後に、「本当だ」と顔を綻ばせます。
『今度はハカセも一緒に、この香りを嗅ぎに来ましょう』
「うん」
すかさずそう言ったJr殿の一言にも、少年は自然に頷きました。
その横顔は、数分前までの不機嫌さが消え去って、微笑みが宿っていました。
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