第210話 出し抜く者、出し抜かれる者

「あははは! いよいよだねぇ! 『祭り』の始まりだ! もっとだ! もっと僕にエナジーを捧げておくれ!」


 狂った少年の狂った哄笑が空間内に木霊する。


「く……」


 それをフォーティア達は歯噛みしながら聞いている事しか出来ない。



「うぅ……ごめんなさい、お姉様。私のせいで……」



 ユスティジアが悄然としている。


 フォーティア達4姉妹は、ロキの意識体……血のような赤い色をした無数の鎖によって、文字通り雁字搦めに拘束されていた。


 ロキがシュンとの念話を邪魔してきた時に、勿論4姉妹はその力を以ってロキをも消し去ろうとしたのだが、ユスティジアが急に力を失ってしまったのだ。どうやらロキが事前に何か細工をしていたらしい。


 姉妹揃っての浄化の力を封じられたばかりか、他の邪神達との戦いで消耗していたフォーティア達は為す術も無くロキの意識体に囚われてしまったのであった。



 今、下界では大勢の進化種同士が血で血を洗う戦争を繰り広げている。その度にロキにどんどんエナジーが蓄積されていく。そう……『サタン』を復活させる為に必要なエナジーが……!


「く……このままでは地球のみならずイシュタールまでも、『サタン』に消滅させられてしまう……!」


 サピエンチアが焦燥に身を捩らせる。


 『サタン』などという存在を甦らせれば、その被害は地球だけでなくイシュタールにまで及ぶ事は明白だ。


「ロキ……! 話が違います……! あなたはイシュタールには手を出さないと……」


 騙されていたフォーティアは非難の叫びを上げるが、勿論ロキはどこ吹く風だ。


「あはは! 『邪神』である僕に今更何言ってるのさ? それに『僕』は手を出さないと言ったんだ。約束はちゃんと守ってるだろ?」


「……ッ!」

 全てはこの邪神の掌の上だったのだ。今更後悔しても遅きに失した。



「んーー……大分エナジーも集まってきたねぇ。いいペースだ。僕の〈使徒〉も上手く立ち回ってくれたようだ。実にいい手駒だったよ、彼は」


 ロキは笑いながら、彼の言う所の〈使徒〉……即ち〈王〉達が戦っている戦場にも目を向ける。


「あは! あっちの方もそろそろ決着が付きそうだねぇ! 僕の〈使徒〉は特別製だからね。他の〈使徒〉が束になったって敵わないよ。……まあ彼の役目も終わったし、もう用済みだからどうでもいいんだけどね」


 イシュタールごと塵に返すつもりであるならば、当然ロキの〈使徒〉達も巻き込まれる事になる。恐らくこの狡猾な邪神は、『サタン』の力がイシュタールにまで及ぶ規模だと彼等に教えていなかったに違いない。


 だがこの邪神にとってそれは、蟻をうっかり踏み潰してしまう程度の些事なのだろう。



「お? ここで皆神化種になるのか? まあ何をやったって……」


 ロキの言葉が途切れた。フォーティアが訝しんで見やると、ロキの表情が見る見るうちに険しくなっていくのが解った。


「んん? ……! アイツ、まさか……!!」


 何かに気付いたようにその場から飛び退る。その直後……




「……なっ!!」


 フォーティアは……いや、4姉妹全員が驚愕に目を瞠った。



 先程までロキがいた場所に、まるで空間そのものを貫くように、6色に輝く・・・・・極太の光の柱が出現した。フォーティアには、それが膨大な魔力の塊による光だとすぐに感ぜられた。


 光の柱が収まった時、そこには直径が20メートルはありそうな巨大な『穴』が出現していた。その『穴』から見える景色は……


「う、嘘……。これは……下界!?」


 テンパランシアが口元を手で覆いながら、信じられないという風に目を見開く。信じられないのはフォーティアも同じだ。



「て、天界への道を強制的にこじ開けた・・・・・……?」



 サピエンチアはすぐに何が起きたのかを悟ったようだが、普段は怜悧なその美貌も驚愕に歪んでいた。それはあり得ない……いや、あってはならない現象であったのだ。



 やがて空間にぽっかりと開いたその『穴』は、猛烈な勢いで周囲のあらゆるものを吸い込み始めた。



 天界と下界では霊圧・・とでも言うべき、空間を満たすエネルギーの総量が全く異なる。下界の方が遥かに霊圧が薄い・・のだ。


 高度を飛行中の旅客機の、地上と同じ気圧の室内に突然穴が空いたら、気圧が遥かに薄い上空の大気に全て吸い出されてしまうのと同じ現象が起きていた。


 フォーティアがかつてシュンを送り出す時に開いた『ゲート』とは違い、何の安全措置もなく強制的に開かれた『穴』は、容赦なくその場にある全ての物を下界へと吸い込んでいく。


 当然『穴』の近くにいたロキもその例外ではない。フォーティアは、目を開けていられない程の凄まじい気流の中で、それでも腕で顔を庇いながらロキの表情を仰ぎ見る。


「ひっ!?」

 そして息を呑んだ。




「……ふ、ふふふふ……! あぁ、そういう事か……やってくれたねぇ……。僕はねぇ……出し抜くのは大好きだけど、出し抜かれるのは大嫌いなんだよねぇっ!!」




 今までどこか超然とした人を食ったような笑い顔しか晒してこなかった少年の無垢なる容貌は……まるで悪鬼の如く醜い憤怒に歪んでいた。


 そしてロキは気流に身を任せるように、むしろ進んで『穴』の向こう側へと身を躍らせた!


「……! きゃああぁぁぁぁっ!?」


 ……当然、意識体である赤い鎖に拘束されたままの姉妹神もまた、ロキに引きずられるようにして強制的に下界への『穴』を潜らされていった……


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