第208話 秘された目的

「シュン、悪いが一旦休戦だ。部下達を退かせねばならん。吉川、梅木。お前達も協力しろ」


 金城が真っ先に意思表示した。彼の頭にはもしかしたら、地球にいる母親の事が思い浮かんでいるのかも知れない。吉川と梅木も異存はないようで、金城に倣って戦線離脱しようとする。


 舜は迷った。金城達の協力が無ければ、只でさえ厳しい松岡との戦いに勝てる見込みはない。だが戦争を中止しなければ地球が消滅するなどと聞かされては、彼等を留める事は出来ない。


 しかしその時……


「おいおい、俺が何で懇切丁寧に教えてやったと思ってんだ? お前等をここから逃がさねぇ自信があるからに決まってんだろ?」


「……!」


 松岡だ。舜達が相談している間手を出して来なかったが、このタイミングで動き出した。何か力を溜めるような動作をしたかと思うと、


「むぅぅんっ!!」


 一気に両手を広げるような体勢を取った。それに伴って強大な魔力が拡散放射される。放射された魔力は、すぐに舜達がいる一帯を封鎖するような巨大なドーム状の結界に早変わりする。


「ぬぅ……これは、まさか……?」


 飛び立とうとしていた金城が忌々し気に唸る。


「結界か……。ふん、こんな物で俺達を閉じ込めたつもりか?」


 梅木が鼻を鳴らすと、そのずば抜けた身体能力で一瞬の内に結界の縁まで到達。強化魔法を全開にして、全力のストレートを結界に向けて撃ち込んだ!



 ――ズズゥゥゥゥン……!



 物凄い衝撃と地響きが轟くが、松岡の結界にはヒビ一つ入っていなかった。


「馬鹿な……!」

「けっ! どいてろ、デカブツッ!」


 愕然とする梅木の後ろから迫った吉川が、その竜の口に魔力を集中させて熱線の魔法として一気に吐き出す。



「グワァァァァッッ!!!」



 全ての物質を紙細工のように焼き切る必殺の熱線が結界に向かって射出され…………やはり傷一つ付けられずに跳ね返された。


「んなぁっ!?」


 吉川も驚愕に固まる。


「ぬぅ……何たる強固な結界。吾がやったとて同じ結果になろうな」


 攻撃力だけなら金城を上回る梅木や吉川の必殺の一撃でも傷一つ付かないのだ。恐らく金城が攻撃しても無駄だろう。



「くくく、無限に溢れ出る俺の余剰魔力の殆どをつぎ込んだ大作だぜ? 今の・・お前らじゃ逆立ちしたって破れねぇよ」



 松岡が嘲笑う。こうしている間にも、ニブルヘイムの外の雪原で繰り広げられている『戦争』の規模は大きくなる一方だ。


 かなり強大な魔力が発散されている。恐らく既に双方の主力級……つまり〈公爵〉同士がぶつかり合っているのだろう。〈公爵〉級に被害が出た場合、相当のエナジーがロキの元に届いてしまう。もう時間的な猶予は余り無いようだ。


「シュンよ。神化種たるお前の力ならばあの結界を破れまいか? 一点に魔力を集中させればいけるはずだ」


「……!」


 一点に集中と言われて舜が思い浮かべたのは、かつて吉川との決戦時にやった馬上槍ランスによる吶喊戦法だ。


(確かにあれなら……いける、か……?)

「そ、そうだな。よし、やってみ――――ッ!?」


「――それを俺が黙って見てると思うのかよ?」


 松岡が至近距離に出現し、剛剣を叩きつけてくる。舜は咄嗟にサーベルを掲げてそれをガードする。が、凄まじい剛力の前にその場に縫い止められてしまう。


「く……!」


「シュンンンーー? お前は俺と遊ぶんだよぉ!」


 そのまま容赦なく連撃を叩きつけてくる松岡への対処で精一杯になってしまう。凄まじい衝撃と魔力の波動に近付く事すらはばかられる。



****



「うぉい! どうすんだ!? このままだと地球が消えてなくなっちまうぜ!」


 再び激突する両者から距離を取った金城の元まで飛んできた吉川が、焦った様子で問い掛けてくる。吉川も特に両親と不仲だった訳ではないし、確か弟が2人いたはずだ。地球が消えてなくなると聞いて、相応に心配はしているようだ。


「ふん。まあ、正直……俺は今更地球がどうなろうと知った事ではないが、松岡の奴の思い通りにさせるのは面白くないな」


 同じように戻ってきた梅木も消極的に同意を示す。金城は頷いた。


「うむ……そうだな。何かこの結界を破る手立てを……」


 そこまで言い掛けて、金城はすぐにハッとなった。先程自分がシュンに言った言葉を思い出したのだ。



 ――神化種たるお前の力ならば――



 そしてその前の松岡の台詞も……



 ――今の・・お前等じゃ――



「……ッ!」

(松岡よ……。お前はもしかして……)


「おい、どうしたんだ、金城? 何か思いついたのか!?」


 だが金城の思考を吉川の焦った声が遮る。金城も思考を切り替える。考えるのは後でも出来る。


「うむ、それだが――」




「――ちょっと、あなた達! いつまでそこでマヌケ面揃えてるのよ!? さっさと神化種になりなさい・・・・・・・・・よ!」




「お……!?」


 唐突に聞こえてきた女の声・・・。驚いた3人が声のした方を振り向くと、丁度結界の縁の外側に、しゃちの進化種に横抱きにされた美貌の人魚……浅井の姿があった。


「浅井!? てめぇ、何でここに――」


「――浅井。お前、全て知っていた・・・・・・・な?」


 怪訝な様子の吉川を遮り、金城は確信を持って問い掛ける。登場のタイミングといい、今の「神化種になれ」という台詞からも間違いない。浅井は肩を竦める。


「……大きな声じゃ言えないけど、英樹から暗号に近い形・・・・・・で密かに協力を要請されていたのよ。この『祭り』を確実に起こさせるようにね」


 それがあのメーガナーダでの3国会議に乱入してきた本当の理由か。事実浅井が来なければ子供じみた喧嘩で決裂していた可能性が高いので、松岡・・の先見の明は確かだったという事だ。


「貴様……。それは松岡と内通して、俺達を罠に嵌めたという事か……?」


 梅木が静かに怒気を発散させる。だが金城はそれを遮る。



「落ち着け、梅木。浅井が吾等を騙していたのは確かだが……本当に騙したい相手は他にいる・・・・のであろう?」



 そう断言してやると、浅井は苦笑したようだった。



「流石ね、金城。この僅かな状況証拠だけでその結論に辿り着くなんて……。ええ、その通りよ。『祭り』を起こさせたのは、英樹がその相手・・・・に忠実だと油断させ、尚且つその相手の注意を『祭り』の方に引き付けておく為。英樹の真の狙いは、シュンと英樹自身を含め、全ての神化種・・・・・・が、自然な成り行き・・・・・・・で一つの場所に集っている、という今の状況を作り出す事にあったのよ」



「……完敗だな。松岡にそこまでの遠大な計画を立てられる頭と、それを悟らせぬ自制心があったとはな……」


 金城は納得した。以前松岡に会った時に、何を考えているか解らない奴に思えたのも道理だ。


「ええ、私もビックリしたわ。そして実際に英樹の計画通りの状況になった……」


 金城と浅井が共に嘆息した。吉川と梅木が苛立つ。


「おい、何をてめぇらだけで解り合ってやがんだ!? 俺達にも解るように説明しろや!」


「英樹……つまり松岡の計画だと? 一体何の話だ?」


 だが金城はかぶりを振った。


「悪いが一から説明している時間は無い。それよりお前達は……吾もだが、今すぐ神化種に変身するぞ?」


「ああっ!? 神化種にだと? 一体――」


「説明する時間はないと言っただろう。……とにかくこの結界を破るのに神化種の力が必要という事だ。お前も地球の家族を助けたいのなら早くしろ」


 家族の話を引き合いに出されて、渋々だが承知する吉川。


「……ち! 何だか分からねぇが、騙してんだったらぶっ殺すからな?」


「……今は従ってやる。だが後で必ず説明してもらうぞ?」


「ああ、全てが済んだらいくらでも説明してやろう」


「ふん……」


 とりあえず梅木も同意させた。浅井が盛大に溜息を吐いた。


「はぁぁぁ……。本当に……本当に嫌だけど、私達が真の意味で自由・・になる為には仕方ないわよね……。セドニアス、私を降ろしたら可能な限り全力でこの場から遠ざかりなさい。私に押し潰され・・・・・たくなければね」


「畏まりました。……ご武運をお祈りしております、陛下」


 浅井から全て聞かされているようで、鯱の〈公爵〉セドニアスは訝しむ様子も無く、恭しい仕草で浅井を地面にそっと降ろすと、一礼してから強化魔法を全開にして一目散にその場から駆け去って行った。




「さて……それでは始めるか」


 それを見届けて金城が合図する。浅井を含めて全員が頷く。


「はぁぁぁぁ……。一回だけ……この一回だけだから我慢するのよ、私」


「け……何が何だか分からねぇが、どうせ変身するなら全力で暴れてやるぜ」


「ふん……さっさとやるぞ」



 そうして4人の〈王〉は、一斉に赤紫の球状の光に包まれるのであった……!


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