第199話 予期せぬ援軍
「く……う……」
莱香が太刀を引き抜くと、アグナスの死体が糸の切れた操り人形のように地面に転がる。だが莱香も散々蛇腹剣で嬲られたダメージが大きく、崩れ落ちるように片膝を着いて息を切らせる。
「う、嘘……本当に〈貴族〉を斃しちゃった……」
ロージーの呆然とした声。【貴族殺し】の現場を初めて見たフラカニャーナら他の隊員達も一様に唖然として口を開けていた。
ここにいたのがアグナス1人であれば、事態はここで収まっていた。だが現在進行形で戦士隊を捕らえている〈貴族〉達がまだ3人もいるのだ。
3人の内1人、黄色っぽい色の肌をした〈貴族〉が口を開く。
「……【貴族殺し】の噂、真実であったか……。お前は生かしておくには危険すぎる存在だ。今ここで……確実にその命、絶ってくれよう」
言葉と同時に〈貴族〉の魔力が膨れ上がり、その手に放電現象が発生する。
「ライカさん……! く……!?」
「おっと、お前達は大人しくしていろ。もう横槍は許さんぞ?」
クリスタが思わず立ち上がりかけるが、残りの〈貴族〉達が光の網の拘束を更に強める。締め付ける圧力の増大にクリスタだけでなく、他の隊員達からも悲鳴が上がる。
「ク、クリスタさん……! 皆……!」
莱香は太刀を杖代わりに何とか立ち上がるが、疲労とダメージで足はふらつき、立っているのがやっとだ。レベッカとリズベットもすぐに駆け付けられる状態ではない。
そして〈貴族〉から電撃の魔法が放たれた!
ただでさえ回避の難しい高速の雷光。ましてや今の莱香では躱す事は不可能だ。やむを得ず障壁を張ってガードに徹する。直後に強力な電撃が莱香の身体を打ち据えた!
「う、ぐあぁぁぁううぅぅぅっ!!」
〈市民〉程度の魔法ならほぼ相殺できる莱香でも、流石に〈貴族〉の魔法は完全には相殺できない。殺しきれなかったダメージがじわじわと蓄積していく。しかし無情にも〈貴族〉の電撃は途切れる事無く莱香を打ち据え続ける。
「私の魔法をここまで防ぐとは……。だがアグナスのような愚は犯さん。このまま削り殺してくれよう」
「ぐ……うううぅぅぅっっ!!」
高電圧の電流に曝され続けている莱香には、周囲の声を聞き取る余裕は無い。まるで地獄のような責め苦。障壁を解いたら一瞬で感電死だ。しかしその障壁も通り越して莱香の身体にじわじわと負荷が加えられ続けている。
それが解っていながら何も出来ない。ただ苦痛に耐え続けているだけであった。
「く……ライカ……。待ってろ、今……がぁっ!?」「レベッカ!? ……くっ!」
「大人しくしてろっつってんだろ? お前等はあいつが死ぬ様を黙って見物してればいいんだよ」
這いずってでも莱香の救援に向かおうとするレベッカの背中を、残った〈貴族〉の1人が踏みつける。まだ若い少年のような外見の〈貴族〉であった。彼は同時にリズベットも押さえつける。
勿論クリスタ達も脱出できずに、莱香が苦しむ様を見ている事しか出来なかった。中には直視できずに目を逸らしてしまう女性もいた。
(あ、ああ……このままじゃライカさんが……。だ、誰か……誰でもいいから、ライカさんを助けて……!)
万策尽きたクリスタは絶望の余り、涙を流しながらただ祈った。最早それ以外に出来る事は無かった。だが当然そんな祈りは無情にも聞き届けられない…………はずであった。
――突如、電撃を遮るようにして半透明の膜のような物が莱香と〈貴族〉の間に発生した。膜は〈貴族〉の電撃を完全に遮断した。
「な……!?」
驚く〈貴族〉の元に、逆にどこからか電撃が襲い掛かる。
「ちぃ……!」
〈貴族〉は咄嗟に結界を張って電撃を遮断。クリスタはその現象が最初に発生した膜と同じであった事に気付く。つまりあの膜は……結界だ。
「……状況がさっぱり飲み込めんが、何か予感のような物に突き動かされて真っ直ぐここを目指した甲斐があったようだな」
「……!!」
その声を聞いたクリスタの目が見開かれる。そして突如発生した結界によって、死の圧力から解放された莱香の目もまた……
中庭を囲む壁の屋根から大きな影が飛び降りた。その影は莱香のすぐ側に着地し、まるで彼女を守るかのように立ち塞がった。
「ば、馬鹿な……〈
〈貴族〉が呻く。クリスタは、そして莱香は信じられないような思いでその姿を見つめる。灰色の剛毛に覆われた堂々たる体躯。鋭く精悍な……
「ヴォ、ヴォルフ、様……?」
「ここでお前達に会うとは予想外だったぞ、ライカよ。事情は解らぬが、今はこの状況を打破するのが先決のようだな」
それはまさしく……バフタン王国の〈伯爵〉ヴォルフ・マードックの姿であった!
「貴様ぁ……!」
「魔人種の〈貴族〉よ。貴様に矜持というものがあるのなら、女を甚振ってばかりでなく、『戦い』にて決着を付けんか?」
「……!」
黄色い肌の〈貴族〉がワナワナと震える。だが彼はすぐに何かに気付いたようにニィッと口の端を吊り上げる。
「貴様……聞いた事があるぞ。〈天狼〉のヴォルフ……。進化種の癖に女を労わる
男が手を上げると、光の網を保持している方の〈貴族〉がこれ見よがしに空いている方の手に火球を発生させる。捕えている女性達に火球を撃ち込むという脅しだ。
同時に少年の〈貴族〉もレベッカとリズベットの首を後ろから鷲掴みにして、ヴォルフに見せつけるように掲げる。彼がその気になれば一瞬で2人の首の骨を折れるだろう。
「……! クリスタさん! 皆……!」
その光景を見た莱香が悲痛に呻く。
「くっくっく……さあどうする? 女に優しいヴォルフ様よ? まさかこの女達を見殺しにはすまいな? これだけの数、蘇生の魔法でも全員は救えんぞ」
「ヴォ、ヴォルフ様……」
莱香が縋るような目でヴォルフを見上げる。
「……そんな目で見ずとも解っている。安心しろ、ライカ。魔人種の〈貴族〉よ。どうやら貴様には最低限の〈貴族〉としての誇りすら無いようだな」
「ふん、何とでも言え。さあ、さっさと結界を解け! 人質の前にノコノコ姿を現しおって……。その愚かさをあの世で噛み締めるがいい」
男は片手に槍を作り出した。あれでヴォルフの事を刺し殺そうとでもいうのだろう。だがそれを見たヴォルフには何ら慌てる様子も無かった。
「……そろそろか」
「何ぃ? …………ッ!!」
その瞬間、後方にいる〈貴族〉の手に浮かんだ火球が、高速で飛んできた
「んだとっ!?」
少年はレベッカ達を離して素早く飛び退る。黒い影はそのままレベッカ達を庇うように立ち塞がる。
「ふぅ……。ヴォルフ殿がいきなり先に行くって飛び出して行っちゃうから何事かと思ったら……。あの人の嗅覚?も侮れないね……」
「……っ! ま、まさか……ロイド、殿……?」
レベッカが呆然とその黒い影を見上げる。醜い蝿の進化種……ラークシャサ王国の〈子爵〉ロイド・チュールの姿がそこにあった。
「やあ、レベッカ。久ぶり……でもないか。君達はよくよくトラブルに巻き込まれる体質のようだね」
その時後方でも風切り音が鳴った。
「むんっ!」
火球が打ち消されて慌てる〈貴族〉に迫る……茶色いコブラの進化種。
両刃刀を叩きつけるように振るうと、〈貴族〉は慌てて飛び退った。戦士隊を拘束していた光の網がようやく完全に解除された。
「……まさに臆病者の所業よな。どうやら魔人種というのは想像以上に卑劣で品のない種族らしい」
そう言って啖呵を切るのは、アストラン王国の〈侯爵〉アレクセイ・ナザロフであった。
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