第183話 決意新たに

「済まんっ!! 我が一生の不覚だ! どんな罰でも受ける! 本当に済まなかった……!!!」



 『会談』が無事に終わって、天幕が集まっている陣地の外縁部。意識を取り戻したレベッカは、リズベット達と見送りに来ていたロイド達の前で、その場で額を地面に打ち付けながら土下座していた。


(この世界にも土下座ってあるんだ……)


 莱香は1人内心で場違いな感想を抱いていた。リズベットが苦笑しながらレベッカの前に屈み込む。


「レベッカ、顔を上げて下さい。結果が全てです。『会談』は成功に終わりました。誰かを罰しなくてはならないような事はありません」


「し、しかし! あのような挑発に乗って我を忘れて……ロアンナがいてくれなければどうなっていた事か……! 私は自分で自分の事が許せんのだ!」

 

 レベッカは納得しない。そこにあるのは強烈な恥と自責の念だ。と、そのロアンナが同じように屈み込んでくる。


「ねぇ、レベッカ。リズベットも……そして今のあなたの部下達も皆、あなたがあそこまで怒り狂ってくれて、むしろ嬉しいと思ってるんじゃないかしら?」


「え……?」


 レベッカが思わずといった感じで顔を上げる。イエヴァが頷く。


「事はあなたのかつての部下達の話だったから、あなたの怒りは当然。逆にあれであなたが部下達に掛ける親愛の情がとても熱い物であると確信できた。感謝こそすれ、責める者なんて誰もいない」


「イ、イエヴァ……」


 普段寡黙な彼女がここまで雄弁に喋る事は珍しい。それだけに心に響く物があった。ジリオラも同意する。


「そうですわ! あのシラルムは私の元主人のドーニン伯爵でさえも、その度を逸した残虐性から敬遠していた程の男。あ、あのような鬼畜の所業……女として許せませんわ! ましてやお姉さまの部下の話だったのですから、あれほどお怒りになるのはむしろ当然という物ですわ!」


「ジリオラ……」


「はは! ロアンナが言ったように、むしろあたし達は嬉しいんだよ! あんたは部下の為にそこまで我を忘れて熱くなってくれるんだってね。それはつまりあたし達の為にも熱くなってくれるって事だろ?」


「フラカニャーナ……。も、勿論だ! 皆は部下であり、そして仲間でもあるのだから……」


 すると話を聞いていた莱香も大きく頷いた。


「そうですよ! そんなレベッカさんだからこそ皆喜んで付いていこうって気になるんです! 変にクールぶってたりしたら、それはもうレベッカさんじゃないですよ!」


「ラ、ライカ、お前な……」


 ちょっと情け無さそう顔になったレベッカだが、信頼できる仲間や部下達の言葉にやがてその表情に活力が戻ってきた。


「……皆、ありがとう。ではこれからも私の事を、皆の隊長と認めてくれるのだな……?」


 その言葉に戦士隊の面々は1人の例外もなく一斉に頷いた。リズベットが手を差し出す。


「ふふ、さあ、この話はこれで終わりです。イナンナへ帰るとしましょうか?」


「リズ……。う、うむ、そうだな。帰ろう。私達の街に……」


 その手を取って立ち上がるレベッカ。その周りに隊員達が集まってくる。その様子を横目で見ながら、ロアンナは世話が焼ける、とでもいう風に苦笑していた。



 レベッカは大きく咳払いすると、少し離れた所で様子を見守っていたロイド達の所へ歩いて行った。莱香達もそれに続く。他の隊員達はまだ警戒心の方が強く、遠巻きに様子を窺っていた。


「さて、それじゃあこれでお別れだね、レベッカ。クィンダムのこれからの繁栄を心から祈っているよ」


「ロイド殿……本当に世話を掛けた。アンリエッタ殿にも宜しく伝えてくれ」


 レベッカはロイドと固く握手を交わす。



「ライカ、クリスタ。私から言う事は何もない。今のお前達ならば何が正しいかを自分達で判断し、それを実行していけば良いだけだ。結果は後から付いてくる。ダリウスの奴の抑えは私に任せておけ」


「ヴォルフ様……本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


 莱香はヴォルフに頭を下げる。クリスタは特に言葉もなく、ただ黙って莱香に倣って深く一礼した。ヴォルフが目を細める。


「うむ。お前達の今後の活躍、北の荒野から楽しみに見届けさせてもらうぞ」


「は、はい! ご期待に沿えるように精一杯頑張ります!」



 意気込む莱香の横で、リズベットがアレクセイと話していた。



「同盟を結べただけでなく、大きな懸念であった人口問題に関してもある程度の目途が立ちました。これも偏にアレクセイ様達のお陰です。本当に感謝しておりますわ」


「いや、我々は大した事はしておらぬさ。全てはリズベット殿らの努力と機転の賜物。見事であった」


「アレクセイ様……」


 リズベットは意を決したように彼に近付くと、スッと背伸びをした。


「今の私にはこれだけしか出来ませんが……」


 アレクセイの蛇の顔の『頬に該当する部分』に口づけする。ヒンヤリとした感触だった。


「お……おぉ……リ、リズベット殿……!」


 アレクセイがワナワナと震えながら口づけをされた部分に手をやる。レベッカを始め周りの女性達も一様に驚愕して目を見開いていた。


「リズベット殿……私は大陸一の果報者だ。またお会いできる事を願っている」


「……ッ! こ、これで失礼致します!」


 周囲からの視線とアレクセイの言葉に耐えきれなくなったリズベットは、真っ赤に顔を火照らせたまま隊員達の方へと走り去っていってしまった。



 その様子を楽しそうに眺めていたロアンナはふと視線を感じて振り向いた。ロイド達の更に後方……海洋種達が集まっている陣地の天幕の柱に、寄り掛かるようにして腕組みをしているグスタフがこちらを見ていた。


 ロアンナは軽く片手を挙げて頷いた。それを受けてグスタフも肩を竦めた。どうも苦笑しているような雰囲気だった。



 親しい者達との別れも済ませた女性達は、『会談』の場ともなった陣地を離れイナンナへの帰路に付いた。勿論リズベットは先程の口づけの件をロアンナやフラカニャーナ達から散々からかわれたのは言うまでもない。


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