第184話 変心

 しかし大任を果たして無事に王都へ凱旋した彼女らを待っていたのは、女王や国民達の喜びの声や労いではなく、何かに戸惑ったような一種異様な雰囲気であった。


 それはイナンナの門を潜ってすぐに肌で感じられる程に明らかであった。空気が違うとでも言うのだろうか。妙に重苦しい圧力のような物を大なり小なり全員が感じ取った。


「ク、クリスタさん、これって……?」


 特に神力の強い莱香は、その違和感を最も顕著に感じ取っていた。


「……解らないけど、何か嫌な感じね」


 クリスタも正体は解らないながら、既に身体は警戒モードに入っていた。勿論リズベットにもレベッカにも心当たりはない。


 ここ最近は活気が出てきていたはずのイナンナだが、今は通りには人っ子一人おらず閑散としていた。それはまるでシュンが来る前までの停滞感漂う街並みを髣髴とさせる物だった。


「これは……どうした事でしょうか? 何故このような暗い雰囲気に? それにこの嫌な空気は一体……?」


 リズベットが戸惑ったように問い掛けるが、レベッカもかぶりを振る。


「むぅ……。よもや陛下に何かあったのではあるまいな? とにかく城まで急ごう」


「……! そ、そうですね。急ぎましょう!」


 レベッカに言われて急に不安になったらしくリズベットが急ぎ足になる。ロアンナや戦士隊の面々も遅れまいとその後に続く。何か不測の事態が起きていないとも限らないので、戦士隊は解散せずに、状況がはっきりするまでは念の為全体行動を取る事とした。



 しかし王城へ差し掛かる前の街中にある大広場に達した時、彼女らは一様に絶句して足を止める事になった。


「な、何だい、こりゃあ……?」


 フラカニャーナの唖然としたような呟き。口には出さなかったが、それはこの場にいる隊員の1人にまで共通する言葉だった。



 ――広場の中央、大きな噴水があったはずの場所に、不気味な黒いオブジェクトが屹立していた。高さは二階建ての家程もある。



 円錐状の形をしていて、表面は黒光りする鉱物質のようであった。周囲の街並みに比して、その形や質感の異質さも際立っているが、何よりも『ソレ』が異彩を放っていたのは――


「リ、リズベットさん、これ、もしかして……」


 莱香の震えるような確認の声に、リズベットも厳しい表情で頷く。


「はい……僅かですが魔力を発散しています・・・・・・・・・・ね……」


「な…………!?」


 レベッカを始め戦士達が驚愕する。


「……これがこの重苦しさの原因?」


「き、きっとそうですね。私でも感じ取れる程の禍々しさです」


 イエヴァとカタリナが話している。


「い、一体、何故このような物がここに? 私達が発つ時にはありませんでしたわよね?」


 ジリオラが当然の疑問を発する。それを聞いた皆がハッとなる。



「そう……だな。細かい事は後で考えれば良い。ライカ! 私とリズはこのまま王城へ急ぐ。陛下の安否を確認せねばならん。その間ここはお前に任す。こいつを調べて破壊なり撤去なり出来そうならやってくれて構わん。クリスタ、ロアンナ。済まんがライカの補佐を頼む」



 このような剣呑な代物が街の大広場に鎮座しているのを、ルチアが何もせずに放置している事自体がおかしい。既に何か不測の事態が発生していると疑うべきだ。とにかく一刻も早くルチアを探さねばならない。


「わ、解りました! お気をつけて!」

「お任せください」「大丈夫よ。早く行きなさい」


 莱香達が頷くのを見届けて、レベッカはリズベットを伴い自らの直属部隊だけ率いて王城へと急ごうとする。だがそこに……



「お待ちください、隊長。リズベット様も。どちらに行かれるのですか?」

「……!」



 奥……つまり王城のある側の道から現れたのは、この街の留守を預かっているはずの戦士隊のナンバー2、副長のミリアリアであった。その後ろには100人以上はいると思われる衛兵が付き従っている。数からして王都に常駐する全ての衛兵だ。しかも全員武器を抜いている。


「ミリアリア……! お前……これは一体何事だ!? お前がいながら何をしていた! 女王陛下はご無事か!?」


 レベッカが思わずと言った感じで、鋭い口調で詰問する。だが当のミリアリアは、まるでどこ吹く風といった様子で薄く笑いながら・・・・・・・肩を竦めた。


「隊長、落ち着いて下さい。質問は一度に一つずつ。常識でしょう?」


「な、何だと……?」


 レベッカはまるで奇妙な言語でも聞いたかのように、彼女に不可解な目を向ける。広場にこんな謎の物体がそびえ立っているというのに、ミリアリアがそれに疑問を抱いている様子が無い。いや、それどころか……


「ミ、ミリア……? あなたまさか……『コレ』について何か知っているのですか?」


 リズベットが信じられない物でも見るような目でミリアリアを見つめる。ミリアリアはやはり肩を竦めた。


「ええ、まあ。ついでに言うと、城に向かっても女王陛下はおられませんよ」


「な……お、お前、陛下に何かしたのか!?」


「……我々・・の考えにどうしてもご賛同頂けなかったので、失礼ながら拘束させて頂きました。ああ、ご安心下さい。勿論お命はご無事です。彼女に死なれると・・・・・・・・神膜が無くなってしまいますからね」


「……ッ!?」


 自分達の君主を拘束したと事も無げに言い放つミリアリアの姿に、レベッカとリズベットだけでなく、後ろで成り行きを見守っていた戦士隊全員が息を呑んで絶句する。彼女のやっている事は言うなれば『謀反』に等しい。


 その内容もさる事ながらミリアリアの口調からは、ルチアに対する敬意のような物が一切感じられなくなっていた。それが二重の衝撃をレベッカ達にもたらしていた。



「……ミリアリア。今ならまだ冗談という事で済ませてやる。陛下の元へ案内しろ。今すぐにだ!」



 レベッカが剣を抜き放つ。それに触発されて麾下の戦士隊も臨戦態勢になる。衛兵達と睨み合いの様相を呈する。だが彼女らの顔には戸惑いが浮かんだままだ。


 それも当然だ。同じ人間。同じ女性同士。しかも衛兵達だけでなく、自分達戦士隊のナンバー2のミリアリア相手に武器を抜いているという状況だ。戸惑うのも当たり前だった。



「ミリアリア……副長。なあ、これは、それこそ盛大なサプライズか何かなんだろ? こんな事馬鹿げてる。一体何があったってんだい? あんたはあたし等に神術を教えたりもしてくれたじゃないか。女王を拘束したなんて……嘘なんだろ? 嘘だって言いなよ!」



 フラカニャーナだ。その声は彼女らしくなく動揺で震えていた。彼女は豪快で獰猛な性格だが、一旦身内と認めた者には極めて友好的になる性格でもある。


 かつて型破りな修行で自分に神術を習得させてくれたミリアリアは、彼女の中ではもう立派な『仲間』だったのだ。だがそんな彼女に向けるミリアリアの視線は冷たかった。


「……あなたが……あなた達が悪いんですよ。あなた達がなまじ優秀すぎたせいで……シュン、がいらなく・・・・なってしまうんです」


「…………は?」


 何を言われたのか解らない、といった風情のフラカニャーナ。他の面々も同様だ。


「シュンは、このクィンダムを……私達を救う為に遣わされた〈御使い〉なんです。その肝心の私達が、『自立』してしまったら……シュンの『役目』が終わってしまうかも知れないじゃないですか! そうなったらシュンは元の世界に帰ってしまうんですよ!?」


「ミ、ミリア、あなた……」


 リズベットが何か言い掛けるが、ミリアリアはお構いなしに熱に浮かされたような口調で喋り続ける。


「過去の歴史にそういった事例が実際にあったとカレンが教えてくれました。それを裏付ける文献と一緒にね」


「カレンが……!?」


「だから私達は『自立』などしてはいけないんです。シュンにこの世界にずっと居てもらう為には、私達は弱いままで……庇護される対象のままでいなくてはならないんです!」


「…………」


 余りと言えば余りな暴論に皆、二の句が継げなくなってしまう。


「ましてや進化種の国と……『敵』と同盟など論外です! 『敵』がいなくなったらシュンが帰ってしまうじゃないですか!」



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