第181話 獅子の決断

 3人は天幕へ戻ると再び席に着いた。


「中座をしてしまって悪かったわ。それじゃ仕切り直しと行きましょうか?」


 ロアンナがニッコリと微笑むと、シラルムが鼻白んだ。


「ふん……仕切り直しも何も、もう結論は出たような物でしょう? 女共は信用に値しない生き物。不確定要素の多い『同盟』はリスクの方が高い。よって『同盟』の話は白紙よ!」


「独り言なら他所でやって頂戴。私はそっちにいる〈公爵〉と話しているの」


「……何ですって?」


 シラルムの声が低くなる。しかしロアンナは公爵達の方だけを見据えている。


「見苦しい所を見せてしまったけど、彼女はちょっと……過激派なのよ。皆が皆ああではないわ。ねぇ、リズベット?」


「え? ええ……は、はい。私達は未来の為に過去の恨みは忘れる事で同意しております」


 水を向けられたリズベットが少し慌てながら答える。無視されたシラルムが声を荒げる。


「女の分際で私を無視するな! あのレベッカと言う女はそっちの重鎮でしょうが! そんな立場の者があの態度では、国としての総意もどこまで守れるか疑わしい――」 


「――という訳で、彼女には私達の方から厳重注意をしておくので、それで先程の『醜態』は水に流して頂けないかしら?」


 あくまでシラルムをいない者のように扱うロアンナ。シラルムが声を張り上げるのをやめたかと思うと、その身体から強烈な怒気と魔力が放射され、ロアンナに叩きつけられる。


「……ゴミクズが。私を虚仮こけにするとどうなるか――」


 シラルムがユラァ……と椅子から立ち上がりかける。だがロアンナは動じない。


「……さっき理性と自制がどうとか聞こえたような気がするけど、私の気のせいだったかしらね?」


「……ッ!」


 シラルムが硬直する。するとそれを見ていたキンズバーグが低い声で笑う。


「く、くく……なるほど。シラルムの殺気に当てられても動じぬとは大した胆力だ。お主に免じて先程の出来事は一旦忘れるとしよう。座れ、シラルム。それ以上は恥の上塗りになるぞ」


「……!」


 シラルムは今度は自身が視線で射殺さんばかりにその複眼でロアンナを睨みつけると、不承不承といった感じで着席した。


「賢明な判断に感謝するわ」


 平然とした口調で微笑むロアンナ。しかし隣に座るリズベットは、ロアンナの背中が汗でべっとりと濡れているのに気付いた。


 〈侯爵〉級の殺気を間近で浴びせられたのだ。平気な訳がない。だが弱みを見せれば再びシラルムに主導権を握られていただろう。それを阻止する為に、鋼の自制心で平静を取り繕ったのだ。


 それに気付いたリズベットは呆然としていた己の心に喝を入れる。ロアンナが身体を張って取り戻してくれた主導権だ。絶対に無駄にはしない。


 ロアンナの虚勢に気付いたのはグスタフも同様だった。だが彼は勿論それを指摘したりなどしなかった。



「くく、流石ロアンナだ。それじゃあ『同盟』を結ぶに当たっての、クィンダム側の条件を聞こうか」


「はい……。我が国に対する侵攻や襲撃などの敵対行為全般の停止を求めます。そして……進化種の国で生まれた女児に関しての引き渡しを要求します」


「……!」

 進化種達が一瞬騒めく。リズベットに替わってクリスタが発言する。



「進化種の国では、特に女児に関してはまともに養育もされずに放置して飢えや病で死なせたり、生んだはずの母親が世を儚んで殺してしまうという状況にある事を知っています。どうせ死なせてしまうのであれば、我が国で引き取らせて頂きたいのです。それ程無茶な条件ではないはずです」



 クィンダムは出生率がほぼゼロという歪な国であり、次世代の子供達の確保は国を存続させる為にも必須と言える。だがダリウス伯爵がテーブルを叩く。


「話にならん! 国中の女児を集めるという行為にどれだけの手間が掛かると思っている!? ただの相互不可侵では到底釣り合いの取れん条件だ!」


 しかしクリスタは動じない。


「あら、釣り合いなら取れていますよ、ダリウス伯爵?」


「何ぃ?」


「クィンダムの出生率は当然ゼロ。そして進化種の国でも女児は増えない。となれば今は良くても将来的にどうなるかは火を見るよりも明らかです。そうでございましょう?」


「ぬ……」


 ダリウスが唸る。それは先日のメーガナーダでの四国会議でも話題に上った事柄だ。ラークシャサ王国では金城の命令によって対策が講じられ始めているが、他の三国ではまだ手付かずの状況であった。


「先見の明がある方なら、既にこの問題点に気付いておられるはずです。そこで私達クィンダムがそれを肩代わり・・・・しようと申し出ているのです」


「か、肩代わりだと? 貴様、自分が何を言ってるか解って――」


「ええ、良く解っています、ダリウス伯爵。つまり……皆様の未来の奴隷・・・・・を養成すると言っているのです」


「な……!?」


 ダリウスが唖然とする。いや、彼だけでなく推進派以外の進化種達は皆同じ様子になっていた。驚きから立ち直ったダリウスは猛然と食って掛かる。


「相互不可侵を結ぶ条件が奴隷の養成だと!? 襲撃すら掛けられんのに何の意味がある! 詭弁で煙に巻くつもりだろうがそうはさせんぞ!」


 クリスタはやや挑発的に笑う。


「あら? 伯爵は今後も永続的・・・に同盟を結んで頂く心積もりであられるのですか? それなら我が国にとって誠にありがたいお話でございますね?」


「……ッ!」


 ダリウスが硬直する。もし彼が人間であったなら盛大に顔を赤らめていた事だろう。だが豹の面貌ではそこまでは読み取れない。


 そう……この『同盟』が永続的なものになるという保証は一切ないのだ。シュンがクィンダムに健在である内は充分に抑止力が働くだろうが、もしシュンがいなくなったら? その後の事は誰にも保証できない。


「貴様ら……それでは我々がいつか条約を反故にして、クィンダムに襲撃を掛ける事を前提にしていると言うか!? 奪われる事を前提で子供を養育すると!?」


「そうなりますね。……勿論、その時は我々戦士隊が全力で阻止致しますので、奪えれば・・・・の話ですが」


「……!」



 奪えるものなら奪ってみろ。つまりそういう事だ。



 同盟を結ぶ代わりに、未来の奴隷候補たる女児の養育を引き受ける。条約を反故にするのは構わないが、その時はこちらも全力で抵抗する……。


 これがクィンダム側の条件という訳だ。相手がいずれ約束を破る事を前提とした無茶苦茶な条件だが、進化種が相手ならこれくらいが丁度良い。


「ク……ハハハッ! なるほど、そう来たか! 見事な条件だ」


 ヴォルフだ。肩を震わせて心底楽しそうに笑っている。ダリウスが泡を食って向き直る。


「ヴォ、ヴォルフ……これは貴様の入れ知恵ではあるまいな!」


「違うと言っておろう。これは私にも予想外であった。シュテファン公爵、如何でしょうか? 我らが〈王〉に『養護施設』や女児の養育を納得させる事は至難の業。なればその仕事をクィンダムに丸投げしてしまえば良いのです。〈王〉もむしろ面倒が減ったとお喜びになるやも知れませんぞ」 


「むぅ……」


 ヴォルフの言葉を受けたシュテファンは、しかしまだ決断しかねるように低く唸る。


 その時バンッ! とテーブルが叩きつけられる音が響く。全員が何事かと見やると、それはジリオラであった。ワナワナと震えながら椅子から立ち上がっている。


「おい、勝手に――」

「兄上ッ!! ご決断なさいましっ!」


 咎めようとしたダリウスを無視して、ジリオラが真っ直ぐにシュテファンを睨み据えて怒鳴る。自己紹介時には考えられなかった眼光の強さに、シュテファンが若干たじろいだような雰囲気になる。


「あ、兄上だと? 公爵、やはりこの女は――」


「幼い頃から神童と持て囃され、大人顔負けの決断力でアイゼンシュタット家を支えてきた果断な兄上はどこに行かれたのです!? すっかり〈王〉の飼い猫になりさがったんですの!?」


 発言を聞き咎めたダリウスが何か言いかけるのも無視して、畳み掛けるように訴えるジリオラ。その表情は必死の決意に満ちている。


「……!」

 シュテファンの獅子の顔が歪んだ、ように見えた。


「か、飼い猫だと!? 言うに事欠いて女風情が! 今すぐ黙らせてやる!」


 外見的に自分にも当てはまるダリウスが激昂して立ち上がる。その身体から強烈な殺気が噴き上がる。




 ――ダンッ!!!




 再びテーブルが鳴った。だがそれはジリオラが立てた音のように可愛らしい物ではなく、巨大な長卓が反動で浮き上がる程の激烈な衝撃であった。


「こ、公爵……」


 ダリウスの呆然とした声。テーブルを叩いたのはシュテファンであった。


「もう良い。ここまでだ」


 彼は議場を睥睨するとノソッという感じで立ち上がった。その体格も顔に劣らず堂々たるものであった。



「結論は出た。……バフタン王国はクィンダムと同盟を結ぶ事に同意する」



 議場が一瞬騒めいた。そしてリズベット達は勿論、ヴォルフもホッと胸を撫で降ろしていた。ジリオラが瞳を潤ませる。


「兄上……あ、ありがとうございます……!」


「こ、公爵、正気ですか!? クィンダムの幹部に血縁者がいて、それに絆されたなどと〈王〉の耳に入ったら只では済みませんぞ!?」


 ダリウスが諦め悪く食い下がるが、シュテファンは意に介さない。


「……勘違いするな。先程も言ったように我とその女とは何の関係もない。同盟を決めたのは、単にクィンダム側の提示する条件が我々にとって有益と判断したまでの事。ヴォルフも言っていたが、〈王〉は女児の生き死にに毛程の関心も示さぬだろう。なれば他に選択肢はあるまい?」


「ぬ……だ、だが連中は、引き取った子供を育てはしても返さぬと言っているのですぞ!? こんな『条件』がまかり通るなど――」


「その時はお前得意の『襲撃』でも仕掛けて奪い取れば良かろう。確かに彼女らは阻止すると言ったが……まさか自信が無いのか?」


 ヴォルフが若干揶揄するような口調で問い掛ける。ダリウスが凄まじい目付きでヴォルフを睨みつける。


「ヴォルフ、貴様ぁ……。いいだろう! 考えようによっては狩り・・の『獲物』を供給する訳だからな。むしろ楽しみが増えるというものだ!」


 自分を納得させたダリウスは負け惜しみのような台詞と共に着席する。それを確認してシュテファンとジリオラも座り直した。

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