第169話 アラル防衛戦(1) ~信じる心

 なだらかな丘陵地帯を一本の街道が貫いている。雨季に差し掛かったこの地域では、連日の雨によって空気も湿度が高くなっている。この日も本降りとは言えないまでも小雨がジトジトと降っており、決して過ごしやすい外出日和とは言えない陽気であった。


 だがそんなジメついた不快な天気の中を物ともせずに、街道をひた駆ける一団の姿があった。総勢50名ほどのこの集団は、全員が妙齢の若い女性という共通点があった。それだけでなく全員が決まった規格はないとはいえ、露出度の高い装備に身を包んでいるという共通点も存在していた。



 クィンダムの新生戦士隊。今日がその初陣・・の日であった。リズベットが感知した北部での『襲撃』。舜はミッドガルド王国に出向いており不在。いよいよ新生戦士隊の出番となった。まさにこういう事態の為に選抜され、これまで厳しい訓練を積んできたのだ。出陣を躊躇う者は誰もいなかった。



 総隊長たるレベッカは神機を駆りながら振り返り、後ろに続く部隊の様子を確認した。頼もしい仲間達。そして彼女らが鍛えた優秀な部下達。皆がレベッカに遅れる事無く神機を駆って追随していた。


「レベッカさ……いえ、隊長」


 レベッカの視線に気づい莱香が横に並んで並走する。レベッカは苦笑した。


「ふ……ライカよ。慣れぬ呼び方を無理して使う必要はないぞ?」


「い、いえ、そういう訳には。普段ならともかく、作戦行動中はきちんと切り替えないといけませんから」


 生真面目な答えに再度苦笑する。自身も割と融通が利かない方なので、こういう考え方は好感が持てる。


「ふ……律儀だな。まあいい。部隊の皆も大丈夫なようだな。遅れている者や気後れしている者はいないか?」


「遅れに関しては大丈夫ですね。神機の作成と扱いは、合同訓練でも特に念を入れて訓練しましたからね。皆中々上手ですよ」


 クィンダムもそれなりに広大である以上、神官が異常を察知してから如何に速く現場まで辿り着けるかが、ある意味で最も重要な要素となる。例えどれだけ強い部隊であっても、到着したら既に進化種や魔獣が荒らすだけ荒らして立ち去った後です、では目も当てられない。


 戦士隊が物になるまでは舜が単身で頑張ってくれていたが、その時も索敵や機動力が問題となった。舜は神機を操れないので自前の強化魔法で走っていくしかないのだが、神機のように持続的にスピードを出し続けられる訳ではなく、しかも神膜内では魔力は有限の為全力疾走という訳にもいかず、やや効率という面で難があったのだ。


 そういった事態を防ぐ為には神機の作成と習熟は必須と言ってよい項目であった。王都の周りの草原を作ったばかりの神機で何周も走らせたり、敢えて悪路を走る訓練をしたりと、レベッカ達もかなりの力を入れてきた。その成果は遺憾なく発揮されているようだ。


 ただ……と莱香の顔が曇る。


「小隊長の皆は勿論大丈夫ですけど、隊員の人達の中には大分緊張しちゃってる人もいるみたいです」


「ふむ、まあ初陣だからな。それは仕方ないだろう。むしろ緊張してくれた方がいい」


「そうなんですか?」


「うむ。勿論余りにもガチガチになって動けないのは論外だが、適度な緊張感という物は無くしてはならない物だ。そもそも殺し合いの場で全く緊張しない奴の方がおかしい。これはどんな場数を踏んだ者でも例外はない」


「隊長もですか?」


「勿論だ。相手が<市民>……いや、眷属であったとしても、常に一切の油断なく緊張感をもって臨んでいる。お前とてそうだろう、ライカよ?」


「そうですね。一歩間違えれば死ぬかも知れない……。そんな世界で緊張しない方が変ですよね」


「そういう事だ。そして場数と経験を積む事で、そうした緊張感の中でも自らの思った通りに身体を動かせるようになっていく。これはとにかく慣れしかないな」


 莱香はちょっと心苦しそうな様子になる。


「実は……自分の緊張とは別に、部下達が上手く戦えるか、敵にやられたりしないか、という緊張感があるんです。そうならないように一生懸命訓練してきたつもりですが、まだまだ期間も充分じゃないですし、こればっかりは……。隊長はずっとこんな感覚を味わってきたんですか?」


 レベッカは少し面白そうな様子になる。


「ふ……そうだな。私以外にもその感覚を共有する者が出来て嬉しいぞ。態度には出していないが、恐らくフラカニャーナ達も同じような心持ちだろう。クリスタだけは解らんが……。とにかく命を預かるというのはそういう物だ。だが同時に自分の施してきた訓練、そしてそれを乗り越えてきた部下達を信じる心も必要だ」


「信じる心……」


「ああ。お前は進化種にすぐやられてしまうような訓練ばかりしてきたのか? お前の部下は皆そのような腑抜けばかりなのか?」


 莱香がちょっとムッとしたように口を引き結ぶ。


「そんな事ありません! 皆すごい勢いで神術を習得してるし、障壁だって……。進化種なんかにやられたりしません!」


「ふふ、そうだな。解ってるじゃないか。他ならぬお前自身が部下を信頼してやれなくてどうする?」


「あ……」


 莱香は何かに気付いたように顔を上げる。


「そ、そうですね……。それが信じる心という物なんですね」


「うむ。勿論部下達が最大限に力を発揮できるよう、お前が状況を判断して適切な指示を出していかねばならん。それを忘れるなよ?」


「う……は、はい。頑張ります」


「ははは! まあそう気負い過ぎるな。いざ実戦に臨めば案外何とかこなせるものだ。お前自身も自分の今までの経験を信じろ!」


「……! はい……! ありがとうございました、隊長!」


「ふ、良い顔つきになったな。よし……では目的地まで間もなくだ。気を引き締めて行くぞ!」


「はいっ!」


 莱香も迷いの吹っ切れた顔で、後はただ目的地に向かって仲間と一丸となって駆けるのであった。



****



「見えてきたぞ! アラルの街だ!」


 クィンダムの現在の最北端に位置する街で、以前にはロアンナが拠点にしていた事もある。バフタン王国に最も近い場所にある事から、比較的鳥獣種からの襲撃や略奪の対象となりやすい街でもある。


 遠目に見えてきた街には既に戦いの喧騒が上がっている様子だった。数十体はいるだろう眷属に取り囲まれ、街の衛兵達が決死の抵抗を続けている。襲っている眷属は巨大なネズミや犬のような化け物が多い。紫色で羽毛のない鶏の怪物もいる。やはり鳥獣種の襲撃のようだ。



「結構いるみたいだね。衛兵は良く頑張ってるね!」


「全くだな。ここから先は我等で受け持つぞ! フラカニャーナ、先陣は任せる。とにかく突っ込んでかき回して、派手に奴らの出鼻を挫いてやれ!」



「あいよ! 任せときな! 行くよ、あんた達!」 「「「はいっ!」」」



 威勢の良い掛け声と共に、フラカニャーナに率いられた小隊が突出する。現在進行形で街が襲われている以上、とにかく早く接敵して敵に損害を与える事が重要だ。見晴らしの良い地形なので罠の心配もない。そして突貫力という意味ではフラカニャーナの部隊が最も優れている。


「ライカ! 索敵、行けるな!?」

「はい!」


 指示を受けた莱香は神力を練り上げて、前方に向かって広く拡散させる。強烈な違和感と共に次々と進化種の反応を捕捉していく。情報の種類や取捨選択の方法はミリアリアから教わっている。


「……! 進化種の数は……11人! 変異体は、3人です! <商人>、<職人>、<僧侶>が各1人ずつ! 眷属の数は……く、済みません、すぐには……」


「いや、充分だ! 良くやった、ライカ。かなりの規模の襲撃のようだな。……面白い。新生戦士隊の初陣を飾るのに相応しい相手だ。皆行くぞ! これまでの訓練、そして仲間の力、何よりお前達自身の素質を信じろ! 愚かにも我が国に入り込んだ害獣どもを残らず駆除するぞ!」 



 応っ!! と一斉に応える戦士達。



 アラル防衛戦。ここに新生戦士隊の初の実戦の火蓋が切って落とされた!


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