第170話 アラル防衛戦(2) ~最強の矛と盾

「おおおりゃあぁぁぁぁっ!!」


 気合一閃。神機から降りたフラカニャーナは大剣を振りかぶると先陣を切って眷属の群れのど真ん中に飛び込み、手近にいた巨大ネズミを一刀両断した。


 既に戦士隊の接近に気付いていた敵は一気にフラカニャーナに殺到してくる。いくら彼女が強くとも、1人では四方八方からの数の暴力には対応し切れない。


 事実飛び掛かってきた巨大な犬――毛や皮膚が所々剥がれ腐乱したような怪物――を叩き斬った所に、その攻撃直後の硬直を狙って側面から額に巨大な角を生やしたウサギの怪物が突っ込んでくる。だが……


「隊長!」


 小隊の1人が持っていた両手持ちのハンマーをそのウサギの怪物に叩きつける。神力を纏った戦槌の一撃は、眷属の肉体を原型を留めない程に圧殺した。


「う……!」


 その隊員は自分でやった事ながら、グロテスクな光景と感触に顔を顰め動きが止まってしまう。彼女は元々鍛冶屋の見習いで、まともに生き物(?)を殺したのはこれが初めてだったのだ。そこに別の眷属が襲い掛かってくるが、今度はフラカニャーナが彼女を助ける。


「今は実戦だよ! 動きを止めるんじゃないよ! 覚悟を決めな!」

「う……は、はい……!」


「でも悪くない動きだったよ。その調子で頼むよ!」

「……! はい!」


 その短い会話の間にも他の隊員達と眷属の戦いが周囲で繰り広げられている。戦槌の隊員は自らを奮い立たせて再び戦いへと参加していった。


 フラカニャーナの小隊は戦槌や戦斧など攻撃力に特化した兵装で、殲滅力は高いがその分防御に難がある。当たるを幸い敵を蹴散らしていく小隊のメンバーであったが、やがて数の差に押されて包囲されかかってしまう。



「待たせたな!」



 そのまま圧し潰されようかという時、レベッカ達本隊が到着、突入してきた。


 レベッカの直属部隊は攻防に優れたバランス型であり、全員が隊長と同じく剣と盾を扱うスタイルで複数の敵を相手取るのに向いている。彼女らは効率的に敵の攻撃を散らし、味方を守りつつ敵を攻撃していく。


 敵からの圧力が減じたフラカニャーナの小隊も勢いを盛り返し、積極的に道を切り開いていく。


「隊長! 進化種から魔力反応!」


「……! ライカ、頼む!」



「はい! 皆、障壁を展開! 魔法が来るわ!」


 横で戦うミリアリアの警告にレベッカが即座に指示。それを受けて莱香の小隊が前に出る。その時には眷属達の後方に控える進化種から攻撃魔法が放たれていた。


 一斉に迫る火球や光球、石礫といった暴威。数が多く、また眷属と闘いながらの回避は困難だ。まともに食らえば人間の身体など一溜りもない。<市民>の魔法であっても重傷を負う。


「皆、私を……そして自分を信じて!」


 隊長たる莱香が率先して前に出る事で、部下であるロージー達も勇気づけられて踏み止まる。


 ロージーは激しい緊張と恐怖を感じていた。莱香の訓練によって神術は使えるようになり障壁も張れるようになったが、当然ながら進化種の魔法を実際に受けるのはこれが初めてになるのだ。


 訓練では真剣による攻撃を弾き返す事にも成功したが、やはり実際に飛んでくる魔法を目の当たりにすると、本当に大丈夫なのかという弱気が首をもたげる。


 衛兵時代にすぐ隣で戦っていた同僚が進化種の火球を食らって、断末魔の絶叫を上げながら消し炭になった光景が今になって急に思い出された。恐怖で思わず逃げ出しそうになるロージーだったが、莱香の鼓舞によって何とか踏み止まった。


(そうだ! ここで逃げたりしたら、この先一生逃げ続ける事になる!)


 莱香やレベッカの言う通り、これまでの訓練と自分の力を信じるのだ。



(やってやる! やってやるぞ! 来るなら来い!)



 覚悟を決めたロージーは、全力で障壁を展開する。他の隊員達もロージーと似たような心理的葛藤があったようだが、幸いにも脱落する者はいなかった。



 そして……10以上の魔法が、彼女ら目掛けて一斉に降り注いだ!


 爆発、衝撃、轟音、熱波、飛散――――



「う、わあぁぁぁぁぁっ!!」



 ロージーは自らを鼓舞する目的も兼ねて、大声で叫びながら目を固く閉じて全身で踏ん張ってそれらに耐えた。……耐え抜いた。


(あ、あれ……私、生きてる……? いや、それどころか……)


 恐る恐る目を開く。確かに大きな衝撃は感じた。だがどこも怪我をしていない。他の隊員達も同じ様子だった。


「うそ……進化種の魔法を……。こ、これが、神術の力……?」


 我ながら信じられないロージーであったが、徐々にそれが自分の力なのだと自覚出来てきた。


「ね? 言ったでしょう? 進化種の攻撃もへっちゃらだって!」 


 そう言って笑うのは自分達の隊長。勿論彼女も全くの無傷だ。ロージーは急にその背中が大きく見えてきた。


「下がってて。流石に『アレ』は皆にはまだ早いと思うから」

「え……あ!」


 言われて気付いた。先程飛んできた火球より遥かに大きな……それこそロージーが2人はすっぽりと収まってしまいそうな巨大な火球が浮かんでいた。その下にいるのは、血のように真っ赤な体毛に包まれた鼠人……<僧侶>だ。


「な、何アレ……あんなの……」


 威力も範囲も先の<市民>の魔法とは比較にならないだろう。離れたこちらにまで熱波を感じられる程だ。


(あ、あんなもの、絶対に防げる訳ない!)


 赤鼠人が容赦なく巨大火球を放つ。唸りを上げながらゾッとするような速さで迫る巨大火球は、まるでマルドゥックそのものが落ちてくるかのような錯覚をロージーに抱かせた。


 終わった、と思った。だがそんな彼女らの前に堂々と立って背中を見せるのは、やはり小隊長の莱香であった。



「――はあぁぁぁぁ」



 呼気と共に莱香が神力を練り上げていく。あれを1人で受け止める気なのだ。


「た、隊長、逃げ――」


 言い掛けた時には巨大火球が莱香にまともに炸裂していた。先程とは比較にならない轟音が耳をつんざき、その衝撃の余波だけで吹き飛ばされそうになるのを全力で耐えねばならなかった。衝撃と同時に届いた熱波によって肌があぶられる。


 余波だけでこれだ。恐らく今頃莱香は原型を留めない燃えカスへと変わってしまっているだろう……。半ばその光景を覚悟して庇っていた目を開くロージー。その視界に飛び込んできた光景は――


「う、うそ……」


 思わず漏れ出る呟き。原型を留めていないと思われたその背中は相変わらず健在のままで……


「ふ……ぅ……。流石に相当な衝撃ね。魔法だけならあのリカードと同じくらいか。こんな物何発も受けてたら身体が保たないわね」


 苦痛に顔を顰めながらも己の足で立っている莱香。致命傷を受けている様子はない。


「す、凄い……。あんな魔法を……」


 自分も神術を使えるようになったからこそ解る。莱香の今の強さが。そして自分達の目指す高みが……! 


 ロージーだけでなく、他の隊員達も尊敬と闘志がない交ぜになった目で莱香を見つめていた。


「さあ、眷属達が戻ってくるよ! 私達も戦いに加わるわよ! 戦いながら進化種の魔法に気を配って! <僧侶>の魔法は私が受け持つから!」


 巻き添えを避ける為に一時的に退避させていた眷属達が再び押し寄せてくる。他の小隊に混じって莱香も太刀を構えて突撃する。ロージー達も隊長に遅れまいと、自身の得物を振りかざしながら率先して敵の中へと飛び込んでいった。

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