第160話 魔人種と過去の因縁
それから1週間ほど過ぎたある日の事……。国内のパトロールから帰ってきた舜は、女王の呼び出しを受けて城へと推参した。会議室にはルチア女王の他、レベッカと莱香と後何故かイエヴァがおり、そして神官長のリズベット・ウォレスとその側近であるカレン・アディソンの6人が待っていた。
因みに他の戦士隊の面々は訓練に明け暮れておりここにはいなかった。レベッカ達は訓練中に女王から招集を受けて抜け出してきたらしい。それ程の重要事項という事だ。
「は、話し合い!? それも……ミッドガルド王国から、ですか!?」
そこで女王から告げられた話の内容に、舜は素っ頓狂な声を上げる。ルチアが重々しく頷く。
「うむ。つい先だってこの国の最北にあるアラルの街に、〈
「魔人種……」
北方の極寒の地を領土とするミッドガルド王国はクィンダムと国境を接しておらず、当然〈侵攻〉はおろか〈略奪〉すらしてきた事が無い。つまりクィンダムに一度も損害を与えた事が無いのだ。
そこを支配する魔人種に関しても、接した事は勿論見た事がある者すら殆ど居なかった。そう……元々ミッドガルド王国の奴隷だった者を除いては。
舜はイエヴァもこの場所に呼ばれている理由を知った。彼女自身も納得したように頷いていた。
「なるほど……。それで私も呼ばれたのね?」
「はい。イエヴァさんの知る限りで構いませんので、魔人種やミッドガルド王国の事を教えて頂けないかと。事前に知れる限りの情報は知っておきたいので……」
リズベットが促すと、イエヴァは少し考え込むような仕草になった。
「……もし思い出したくないような事があるならば……」
レベッカが何かに気付いたようにイエヴァを気遣う。リズベット達もハッとする。イエヴァは元々ミッドガルド王国の奴隷……そこでそのような体験をしたかは、色々想像出来てしまうだけに言葉を濁さざるを得ない。しかしイエヴァはかぶりを振った。
「……いや、大丈夫。もう
「イエヴァ……ありがとう」
レベッカが頭を下げる。イエヴァは一つ頷いてから説明に入った。
〈魔人種〉は〈市民〉に関しては、話しを聞く限りはファンタジー小説なんかに良く出てくるいわゆる
尤も小鬼や小悪魔とは言っても、元が人間の為基本的には人間と同じサイズであり、当然魔法や眷属召喚も使って来るので、ファンタジー小説の雑魚モンスターをイメージしていると痛い目に遭いそうだ。
因みに彼等が召喚する眷属が、まさにそう言った地球でイメージされる雑魚的なゴブリンやインプのような怪物であるらしい。
〈貴族〉に関しては、人間の男性と余り変わらない容姿をしているとの事。ただ肌の色が赤、青、緑、黄など様々な色をしており、異様な見た目ではあるらしい。それに必ず頭部に1本から3本の真っ直ぐな角を生やしているのが特徴なんだとか。総じて人間だった時よりも体格が良く、中には3メートル近い巨体の〈貴族〉もいるのだそうだ。
その外見的特徴を聞いて舜がイメージしたのは、赤鬼、青鬼といった日本の伝承に出てくるいわゆる『鬼』という奴であった。
「……何か桃太郎とかに出てくる鬼ヶ島みたいじゃない?」
莱香も同じ事を思ったらしく、舜に小声で耳打ちしてきた。虎縞パンツに金棒を持った姿を想像してしまい、舜は思わず失笑しそうになるのを堪える羽目になった。
だがそんな心の余裕も〈王〉の話に移る事で凍り付いた。
ミッドガルド王国の〈王〉。その圧倒的な魔力で街を丸ごと結界で覆って、周囲の極寒から保護しているのだという。唯一無二の真っ黒い肌をした魔人で、その放蕩、荒淫ぶりは国内で知らぬ者は無い程だとの事。
「街を丸ごと結界で覆い、それを維持し続けているなど……それではまるで神膜のようではないか」
レベッカの驚愕にイエヴァが頷く。
「そう。しかもあの〈王〉はそういう放蕩生活の片手間にそれを維持し続けている。恐らくその気になればもっと範囲の広い……それこそこの神膜と同じくらいの広さの結界も張れるはず……。〈王〉を見たのは一度だけだけど、それ程の『力』を感じた」
「な…………」
リズベットや、他ならぬその神膜を張っているルチアが絶句する。その力も勿論驚異的だが、舜にとってその〈王〉の恐ろしさはそれだけではなかった。
「松岡……!」
食い縛った歯の隙間から漏れ出るような舜の呟きを聞いた全員が、舜の方に振り向く。
「シュン……やはりお前の……?」
「ええ……」
レベッカの恐る恐るといった確認に、舜は苦々しく肯定する。しかも今までの連中とは違う。舜にとって松岡は当時の悪夢そのものであった。かつてあの倉庫跡で復讐を遂げた事でその恐怖は克服できたと思っていたが、そういう訳には行かなかったようだ。
吉川達の時も感じたが、復讐心を滾らせ強大な力を身に着けた彼らが自分の前に立ちふさがるかと思うと、どうしても怖れのような感情を抱いてしまう。ましてやそれが松岡であれば尚更だ。
「あの……」
その時、今まで一言も発する事無く座していたカレンが挙手した。
「ん? 何じゃ、カレン。何か気になる事があれば遠慮せずに申してみよ」
場の主の許可を得たカレンが首肯して、舜の方に向き直る。
「陛下やレベッカ様達を含めて誰も詳しく聞いた事はなかったと思いますが、そもそもシュン様と進化種の〈王〉達との間に、一体どのような過去の経緯や因縁があったのでしょうか?」
場の空気がハッと緊張に固まる。莱香などは目に見えて青ざめる。
「そ、それは……」
「カレン……人の過去を興味本位で掘り返すというのは……」
リズベットが部下を窘めようとするが、珍しくカレンは引き下がらなかった。
「通常であればそうでしょう。しかし事はクィンダムの安全や平穏にも関わってくる問題です。どうもシュン様は〈王〉達から恨みを抱かれているご様子。もしその『恨み』がクィンダムへの侵略、敵対行為に少しでも関係しているのだとすれば――」
「――それ以上言うなっ!!」
ガタンッ! と椅子を蹴倒してレベッカが立ち上がる。激昂した様子でカレンを睨み付けている。
「レ、レベッカさん……」
「黙っていろ、シュン。今こやつは言ってはならん事を言った。シュンが〈王〉達から恨まれているから何だと言うのだ? シュンが今までこの国の為に成し遂げてくれた偉業の数々を忘れて、シュンの事を糾弾しようとでもするつもりか!?」
激昂するレベッカに対してその反応を予想していたのか、カレンは冷静だ。
「落ち着いて下さい、レベッカ様。誰も糾弾しようなどとは思っていません。ただシュン様と〈王〉達との間に何があったのかを正確に知って、共有しておく必要があると感じたのです。実際に常に進化種の脅威に晒されている我々にとっては他人事ではありません故」
「詭弁を……! ただの興味本位ではないのか!?」
「おや? 『糾弾』から『興味本位』に変わりましたね。興味があるのはレベッカ様の方なのではないですか?」
「……ッ! この……!」
「レ、レベッカさん、落ち着いて!」
レベッカが双眸を憤怒に染め上げてカレンに掴みかかろうとするのを、莱香がイエヴァと2人掛かりで押し留める。ルチアは唖然として上座から腰を浮かし、リズベットはまさか女王のいる前で『雷』を爆発させる訳にも行かずにオロオロする。てんやわんやの騒ぎになりかけたその時――――
――ドンっ!!
舜がテーブルを拳で強く叩いた音が鳴り響き、女性達が一様に動きを止める。少し強化魔法を使ったので、大きなテーブルが反動で浮き上がる程の衝撃だった。
「シュ、シュン……」
「レベッカさん、ありがとうございます。でも、カレンさんの言ってる事は間違っていません。確かにもっと早い段階で……
舜がそう言って頭を下げると、皆バツが悪そうに静まり返った。莱香が気遣うような声音で確認してくる。
「舜……本当にいいの?」
「ああ、いいんだ。いや、むしろレベッカさんにも知っておいて欲しいんだ。機会を見つけてロアンナさんにも話すつもりだ」
「シュン……」
「それに確かにこういう状況である以上、クィンダムの皆も無関係とは言えないかも知れない。いい機会だからここで話させて貰ってもいいですか?」
舜がルチアに確認すると、ちょっと呆けたような顔をしていた彼女はハッと正気に戻る。
「あ? ……あ、う、うむ。そうだな。確かにカレンの言う事も一理ある。勿論レベッカの言う事も尤もじゃが、もしシュンさえ大丈夫なら、話せる範囲で事情を話してくれると助かるのう」
遠慮がちながら説明を希望するルチア。その目に抑え切れない好奇心が浮かんでいるのを見て舜は苦笑する。
「解りました。ではこの場を借りてお話しさせて頂きます。レベッカさんも聞いて貰えますか? いや、聞いて欲しいんです」
まだ納得が行ってなさそうな表情のレベッカだったが、当事者である舜からそのように言われれば聞かざるを得ない。彼女は渋々頷いて再び椅子に掛けた。
「……解った。だがどんな過去を聞こうと、私のお前に対する印象は何一つ変わる事はないと予め言っておこう」
「レベッカさん……ありがとうございます。……俺はこんな成りだし、当然向こうの世界では魔法なんて使えなかったんで、まあ他の同年代の男子達から低く見られていたんです……」
そうして舜の過去の話が始まった。舜を執拗にいじめ虐待した5人組の話になると、その所業にリズベット達は息を呑み、レベッカは怒りに
「……俺にとって連中は悪夢そのものだったんです。そして誰にも相談できなくて精神的に極限まで追い詰められた俺は、自分でも信じられない暴挙に出てしまいました」
連中が舜を人気のない場所に連れ込んで、裸にして性的に暴行しようとしたという下りでは女性達は一様に顔を赤らめて驚愕の表情になった。だがその直後に舜が暴発して5人を殺害したという話になり、一転して顔を青ざめさせた。
莱香が日本の社会や倫理観、法整備の事などを補足し、この世界とは殺人の取り扱いが全く異なる事も説明してくれた。
「俺は自分の仕出かした事の大きさと、これからの人生の事を思って絶望し、最終的に自ら死を選んだんです。松岡達を殺したそのナイフで自分の喉を抉りました。そして気付いたらフォーティア様が目の前にいたという訳です」
あの虚無の世界の事は本筋には関係ないので割愛した。
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