第158話 小さな過ち

 そこそこ大きめの酒場を借り切った宴会は、街に繰り出していた他の隊員達の耳にも入る事となり、レベッカを始めとした各隊長達とお近づきになりたい隊員達が集まってきて、結局大宴会の様相を呈した。


 特にレベッカの周りは大きな人だかりが出来て引っ張りだこ状態であった。あれでは到底しばらくの間抜けられない事だろう。他の小隊長達の周りにもそれなりに人が集まっていて、それぞれに親睦を深めているようだった。オリエンテーションとはまた違った交流であり、まあこれはこれで良いのかも知れないと舜は思った。


 フラカニャーナは見た目通りの酒豪らしく、最後は隊員達に煽られて樽から直接一気飲みしていた。逆にイエヴァは非常に酒に弱いらしく、隊員達に勧められて一杯飲んだだけで顔が真っ赤になって酩酊状態になっていた。カタリナが苦笑しながら介抱していた。


 ジリオラの所は何だか余りオリエンテーションの時と変わらないノリであった。まあ元々のテンションが非常に高い人達だったので、あれ以上上がって貰っても困るのだが……


 莱香もこの世界に来てお酒が飲めるようになり、実は結構強かった事が明らかになった。今も小隊のメンバーと飲み比べみたいな事になっていて、ロージーが最後まで食い下がっていたが、結局莱香の1人勝ち状態になっていた。


 クリスタの所は部隊で固まらずに、各小隊のグループに入り込んで酌をして回ったり話に花を咲かせたりと如才なく立ち回っていた。



 皆、思い思いにこの場を楽しんでいるようだ。それを見届けて舜はそっとこの場を離れた。今日の主役は戦士隊の面々だ。舜はあくまで〈御使い〉であり、国内の役職などとは無縁の立場であった。今日は莱香やレベッカ達が心配で様子を見に来ていただけであり、問題なさそうだという事が解ったので、皆に気を使わせる前に人知れず退散しておいた方が無難と判断したのだ。


 戦士隊が完全に機能するようになるまでにはもう少し時間が必要だろう。それまでは衛兵隊に対処できない魔獣や進化種などの脅威に対処するのは舜の役目であった。だが舜は異世界から期間限定・・・・で召喚された存在である為、国防を完全に舜の力に頼り切ってしまう訳には行かない。戦士隊の再設が急がれた背景にはそういった事情もあった。


 とりあえず今日はもう帰ろうかと、私室として与えられている王城の一室に戻ろうとした時、後ろから近付いてくる気配を察知した。



「あ、あの……シュ、シュン……様」



 おずおずと声を掛けてくるのは……ミリアリアだ。彼女も宴会を抜け出してきたらしい。しかしお酒は飲んだらしく少し顔が紅潮していた。いや、紅潮しているのは酔いのせいだけだろうか。


「……! ミリアリアさん……」


 予期はしていた。舜が宴会を抜けたのは、ミリアリアが声を掛けやすい状況を作る為と言う目的もあった。これで何もなければ全部自分の勘違いだったという事で、大人しく私室に戻るつもりであった。だが、そうはならなかった。


「……どこか落ち着いた場所で静かに飲みたい気分です。良い店を知りませんか?」


「……ッ! は、はい……! いい所があります。ご案内します!」


 声を掛けたはいい物の、そこで言葉に詰まってしまったミリアリアに助け舟を出すと、彼女は済まなそうなそれでいてとても嬉しそうな複雑な表情で頷くのだった。



****



 戦士隊が宴会をしている酒場が大衆向けの居酒屋とすると、こちらは洒落た大人向けのバーといった趣だ。仄かに薄暗い店内はカウンター席の他に小さなテーブル席が2つあるだけのこじんまりとした店であった。


 カウンターの奥の棚には、この世界にもこんなにお酒の種類があったのかと思う程の、色々な種類のお酒が所狭しと並べられていた。


 マスター(と言っていいのだろうか?)の女性は、〈御使い〉である舜が入ってきた事で一瞬驚いた顔をしたものの、一緒にいるミリアリアの表情を見て何かを悟ったらしく、最初に注文されたお酒を出してからはカウンターの隅の方で自分の仕事に没頭していた。こちらは気にするなという事なのだろう。今は他の客もおらず貸し切り状態だ。舜はありがたくその好意に甘える事にした。



「それで……俺に何か話があったんじゃないですか?」



 一杯飲んで気持ちを落ち着けた後、舜はそんな風に切り出した。


「あ……は、はい……あ! い、いえ……その……あの……」


 ビクッと震えたミリアリアはしどろもどろになって、汗など拭いたりしている。舜は苦笑した。レベッカの時もそうだったが、相手が自分より遥かにテンパっているのを見ると、不思議に冷静な気持ちになれる。ましてや舜も今までに何度か同様の経験をしてきているので、多少場慣れしてきたというのもある。


 ここは舜がリードするべきだろう。



「ミリアリアさんが自分でどう思ってるか解りませんけど、これでも俺は結構ミリアリアさんの事を尊敬してるんですよ?」


「え!? そ、そんな……私など隊長や、新しく小隊長になられた皆様と比べたら全然……」


「直接的な強さなんて一つの要素に過ぎませんよ。ミリアリアさんのこの国や戦士隊に対する貢献度は、決してレベッカさんに劣るものではないと思っています」


「……!」


「俺が昏睡してる時は、命がけでネクタルを届けてくれたじゃないですか。あのお陰でこうして今の俺があるんですよ? それだけじゃない。今の戦士隊の選抜だってミリアリアさんがいなければ立ち行かなかっただろうし、フラカニャーナさん達もあんな効率的に神術を習得出来なかったと思います」


「シュ、シュン様……」


「俺の故郷に『縁の下の力持ち』って言葉があります。外から見て目立った活躍をしてる訳じゃないけど、見えない所で皆を支えてくれる……。その人がいるからこそ皆安心して全力を出せる。そんな人を指す言葉です。俺の中でミリアリアさんやカレンさんなんかが正にこの『縁の下の力持ち』な人なんです。きっとレベッカさん達だって皆ミリアリアさんには感謝しているはずですよ」


「う……うぅ……く……」


 舜の優しい言葉を聞いたミリアリアが涙ぐんでいた。彼女は常々レベッカら隊長級の者達と比べて実力や実績が劣っている事を気にしていた。まずはそんな彼女の気持ちをほぐしてやらないといけない。だがこれは舜の本心でもあった。


「シュ、シュン様……私は……私は……!」


「どうかシュンと呼んで下さい、ミリアリアさん……いえ、ミリアリア」


「……ッ!」


 ミリアリアが息を呑む。舜は目を逸らさず真っ直ぐ彼女を見据える。年上の女性を呼び捨てにする事の抵抗感は無くなっていないが、ここには(マスター以外)他に誰も居ないし、今が攻め時・・・だと理解していた。或いは舜も酒が入って少し気が大きくなっていたのかも知れない。


「俺は……ミリアリアの事を1人の女性として意識しています。……莱香達がいるのに何を、と軽蔑されますか?」


 そう言って隣に座る彼女の手の上に自分の手を重ねる。ミリアリアはビクッと再び身体を跳ねさせながらも、舜の手を退ける事は無かった。


「い、いえ……いえ、そんな事は……。わ、私も……シュン様、いえ……シュンの事が、ずっと前から、す、好き、でした……」



(やった……! 落とした・・・・……!)



 真っ赤に紅潮した頬のまま伏し目がちに告白してくるミリアリアの姿に、舜は心の中でガッツポーズを取る。場所が大人向けなバーという事もあって、まるで自分が凄いプレイボーイにでもなった気分だった。


 勿論既に下地・・は充分に出来上がっており、その場で初対面の女性を口説いたりした訳ではないので、厳密にはプレイボーイとは言えなかったが。


「ミリアリア……!」


 ただいつにも増して大胆な心持ちになっているのは確かであった。酒だけでなく、このシチュエーションにも酔っていた。高揚した気分のままミリアリアの手を取って、ゆっくりと顔を近付けていく。


「あ…………」


 ミリアリアが一瞬身体を固くするが、やはり拒んで離れたりはしなかった。それどころか目を閉じて少し唇を上に向けるような体勢になった。準備万端・・・・のようだ。ならば男としてはその期待に応えるのが正しいだろう。


 身体を前に乗り出し、首を突き出してミリアリアの唇に自分の唇を重ね合わせる。


「ん……ん……」


 ミリアリアが顔を蕩けさせて、くぐもった嬌声を上げる。互いに舌まで入れてのディープキスだ。やがて舜がゆっくり顔を離すと、互いの舌から唾液の糸が引いた。


「はぁ……はぁ……あ……」


 ミリアリアが今のキスだけで完全に腰砕けになって荒い息を吐いていた。顔も未だに熱に浮かされたように真っ赤だ。このまま攻めれば間違いなくイケる・・・。その確信があった。



「ミリアリア……の家に行きたいな。案内してくれる?」


「は……は、い……」


 いつの間にか出歯亀になっていたバーのマスターの視線もあったので、場所を変える事にした。どの道本番・・は家に戻らないと出来ない。



 支払いを済ませて通りに出る2人。雨季に差し掛かったこの地域では夜にも関わらず、ジメジメとした蒸し暑さを感じる気候であった。ここで冷たい夜風でも吹いていればどちらかが冷静に戻ったかも知れないが、この夜の暑さは2人を増々大胆に、開放的な気分にさせた。



「さあ、君の家まで行こうか。今夜はもう君を離さないよ」


「は、はい……。あ、愛しています、シュン……」



 お酒と、大人なシチュエーションに酔った2人は、腕を組みながら千鳥足でミリアリアの家に向かって歩いていく。今、彼等の世界には自分達しか存在していなかった。その為、そんな2人の様子を離れた場所から観察している者がいる事に、どちらも気付かなかった…………


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