第154話 新生戦士隊の発足

 クィンダムの王都イナンナ。雨季に差し掛かり連日の雨が続いてジメついていた天気も、今日は久々の快晴となっていた。王城の外縁にある練兵場は、ここ最近では無かった賑わいを見せていた。


 中央の広場には約50人程の女性達が整列していた。女性達には共通の特徴があった。一つは皆、若い女性である事。そして……全員が露出度の高い鎧姿である事だ。慣れて平然としている者から、剥き出された腹部や太ももを恥ずかしそうに気にしている者まで、反応は様々であった。


 並んでいる彼女達の前には一段高くなった台が据えられており、その上には白銀のビキニアーマーを身に纏った、堂々たる風格の女戦士が仁王立ちして女性達を見下ろしていた。



「おほん! あー……皆、よくぞ厳しい選抜を潜り抜けて、ここに集まってくれた。私達は、そして女王陛下も皆の参加を心より嬉しく思っている。改めて……新生【聖女戦士隊アマゾーン】へようこそ!」



 そう。今日は以前から選定が進んでいた戦士隊の新隊員の募集が完了し、一堂に会した初めての日であるのだ。



「私は戦士長のレベッカ・シェリダンだ。……知っている者もいるかも知れないが、旧戦士隊は以前にあった〈侵攻〉によって壊滅した。原因は多々あるが、この私の見通しの甘さもその一つだったのは間違いない」


「…………」


 女性達は誰も喋らないで清聴している。皆既に知っている事であった。それを知った上で尚、この場に立っているのだ。今更その事について動揺するような者は居なかった。レベッカも彼女達の覚悟は理解していた。理解して、その上でどうしても言っておかねばならない事だった。



「私の判断ミスで部下達をみすみす死地に追いやってしまった。本当は私には今こうしてここに立っている資格はないのかも知れん。だが……女王陛下や神官長らに諭され、また私自身もどうしてもこの国を守りたいという思いを捨てきれずに、残留する事となった。過去の苦い経験を力に変えて、今度こそ何があってもこの国を守る所存だ。私を戦士隊の隊長と認めてくれるか? 異存のある者は遠慮なく前に進み出て欲しい」



「…………」



 誰も、進み出る者はいなかった。レベッカはゆっくりと頭を上げた。


「……皆、ありがとう。精一杯務めさせてもらう事を約束する。今日が【聖女戦士隊】の新生の日だ! 皆、我々と共にこの国を守るぞぉっ!!」


 応っ!! と女性達から気勢が上がる。新生【聖女戦士隊】が正式に発足した瞬間であった…… 

 


****

  


「さあ、バンバン行くよ! まずは筋力がなくちゃ話にならないからね。腕立てとスクワット100回から始めるよ!」


 フラカニャーナの威勢の良い掛け声に、彼女に割り当てられた・・・・・・・新隊員達が早速悲鳴を上げていた。見回っていた舜が苦笑しながら取り成す。


「ま、まあまあ、フラカニャーナさん。初日なんですし、いきなりそこまでハードなメニューから始めなくても……」


「ん? ……そんなにキツいかい? まあ確かにいきなり100回はちょっとハードかね。じゃあ50回から始めようか! それが終わったら走り込みだよ!」


 一応少しは楽になった、のか? 舜はやや自信なさげながら、他のメンバーの様子も見て回る。練兵場では新隊員達がバラけて、それぞれの隊長・・・・・・・からの薫陶を受けている所だ。一種のオリエンテーションのような物だ。



 戦士隊の再設に当たってルチア女王とレベッカやミリアリア、それにフラカニャーナ達も加わって、様々な議論が為された。ほぼレベッカの一強体制だった旧戦士隊と異なり、今は彼女に比肩しうる強者達が揃っている。これを活用しない手はない。


 戦士隊の総隊長はそのままレベッカという事にして、50人程いる新隊員達はそれぞれ8人ずつ、5つの小隊に分けられる事になった。各小隊長は、フラカニャーナ、イエヴァ、ジリオラ、クリスタ、そして莱香が任命されていた。


 新隊員は選別時の本人の適正や得意な戦い方などを考慮して、最も戦闘スタイルや性格などが近い小隊長の部隊に割り振られた。8人が5小隊で40人。残りは総隊長たるレベッカの直属部隊という扱いとなった。因みにミリアリアも戦士隊全体の副長として、この直属部隊所属となっている。


 実力的には隊長達に一歩譲るミリアリアだが、旧戦士隊からの副長であったというそのキャリアと、新隊員達の選別と勧誘を見事に成し遂げた実績、そして何より小隊長5人全員の神術の師であるという事実から皆頭が上がらず、新生戦士隊のナンバー2への就任に異を唱える者は誰もいなかった。


 それぞれの小隊長には部隊の指揮だけでなく、部下達の訓練と教導も担当してもらう事になっている。これは各隊員の適性を考慮せず均一的な訓練を施すのではなく、個性を伸ばす訓練をする事で、隊員毎の戦闘能力を効率的に向上させていく狙いがある。また各々が得意分野を持つ事で、様々な状況に流動的に対応できる部隊にしていきたいという目的もあった。


 また旧戦士隊は隊長のレベッカと、後は精々2人の副長しか命令系統がなく、かなり原始的な組織であった。末端まで素早く命令が行き届かない事も多く、それによって様々な状況でしなくてもいい苦労や苦戦をする事が多々あった。


 その点、小人数を一つの小隊として各小隊長に指揮を任せる事で、現場での迅速な判断や臨機応変の対応力を身に着ける事も出来る。


 これらのメリットを勘案した上での、新体制であった。




 舜は気になっていた莱香の様子を見に行く。


 小隊長への就任に当たって、莱香はまだまだ未熟者だからと辞退しようとした。しかしその膨大な神力と、この世界にはない特殊な剣術の使い手であるという事、そして何より〈貴族〉を単独で倒したというかつてない『実績』の前に、その辞退は認められず小隊長へ就任させられたのであった。


 自分だけの部隊……部下を持つという事で、嬉しさなどよりその責任とプレッシャーに押し潰されそうになっていた莱香だが、クリスタの励ましと、舜の「とりあえず部活や生徒会をイメージしてみたらいいんじゃない?」という言葉に落ち着きを取り戻した。


 莱香は元は高校で生徒会長と剣道部の部長を兼任していたという才媛だ。本来人の上に立って指導するという事が出来ないはずはないのだ。部隊や部下という言葉を意識し過ぎていたのである。




「皆さん、初めまして。ライカ・クジョウです。まだまだ未熟者ではありますが、このクィンダムを守る為に、これから一緒に頑張っていきましょう!」


 割り振られた隊員達の前で莱香が挨拶をしていた。真紅の改造具足姿に太刀を携えた、彼女のトレードマークともなっている出で立ちだ。部活のようにとアドバイスした事もあってか、とりあえず「部長」のノリで行くようだ。


 莱香の小隊にはとにかく神術への適正が高く神力が強い者、という基準で隊員が割り振られている。戦士としての力量は勿論だが、何よりも神術を重視する「神官戦士隊」ともいうべき部隊が目標だ。


 そんな隊員達の中から1人の女性が進み出てきた。どうやら衛兵上がりらしく、足軽のような衛兵の鎧を改造した衣装を纏っている。


「……未熟者、ですか。失礼ですがそんな自分に自信の無い方が隊長というのは、ちょっと不安ですね。今からでも別の小隊に編入させて頂きたいのですが」


 早速の問題発生だ。奥ゆかしい事は美点ではあるが、それは時と場合、そして立場による。上に立って指揮する者が自分を卑下するような発言をすれば、その下に付く者は不安を感じて当然だ。いや、この場合不安だけでなく……


「そもそも私はレベッカ様に憧れて戦士隊への入隊を承諾したんです。弱気な上に、どこの馬の骨とも解らないような人の下に付くだなんて話が違います」


 『上官』に対する公然たる侮蔑。本来軍隊という場所では許されない行為だ。そう、上が弱気だと下は不安になるだけでなく、時としてあなどりをも生んでしまう。他の隊員達も隣同士で囁き合ったり、不穏な空気が伝染し始める。このままではマズい。この後の部隊の士気にも関わる。


 舜はチラッと隣の『ブース』にいるクリスタの方を見た。彼女もこの騒ぎには気付いているはずだ。舜と目が合ったクリスタはしかし、薄っすらと微笑んで首を振った。


(これは……安心していいって事かな? 手を出す必要はないと?)


 確かに部下の取り纏め一つ自分で出来ないようでは、到底小隊長の職務を全う出来ないだろう。だがクリスタは全く心配していないようだった。ある意味で舜よりも莱香をよく見ているクリスタが保証するなら安心だ。舜はとりあえず莱香のお手並み拝見する事にした。


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