第151話 偽りなき心

 ロアンナが舜に歩み寄ってきた。


「シュン、ありがとう。正直私のキスだけじゃ要石を破壊した事に対してのお詫びとして充分じゃなかったと思うし、助かったわ。もしあなたの言う対話が実現したら、その時は喜んで大使・・の役目、引き受けさせてもらうわ」


「ロアンナさん……いえ、俺の方こそあれくらいしか提案できなくて済みませんでした。でも……本当にロアンナさんがクィンダムを離れる事態にならなくて良かったです」


「あら……本当にそう思ってくれるの?」


「え? え、ええ、それは勿論ですよ! ロアンナさんは大切な仲間ですし……」


「仲間、ね……。ふふ、そうよね」


「あの……ロアンナさん?」


 ロアンナは何故か少し寂しそうに笑うと、頭を振って表情を切り替えた。そこにはもういつもの厭世的な雰囲気のロアンナがいた。


「ふふ、何でもないわ。さあ、ここでの用事はもう済んだし、私達もそろそろ帰らない?」


「あ……そ、そうですよね!」


 今の言葉と表情の意味を聞こうとした舜だが、何故かそれ以上踏み込めない壁のようなものを感じて躊躇してしまう。そうこうしている内にレベッカが走り寄ってきた。


 彼女はまず勢いよく舜に抱き着いてくる。


「うわ! レ、レベッカさん!?」


「シュン! 本当に良かった! お、お前が無事で、本当に……!」


「レベッカさん……心配かけて済みませんでした。レベッカさん達こそ良く無事で……」


「うむ! それはもうライカの奴が大活躍してくれてな!」


「え……莱香が!?」


 莱香の方を見ると何故か彼女は少しバツの悪そうな顔をしており、その横ではクリスタがやはり何故か複雑そうな表情をしていた。舜の頭に?マークが踊る。


「あー……シュン、実はね……」


 ロアンナが苦笑しながらこれまでの経緯を説明してくれた。莱香の神機でここまで泳いできたというのも驚いたが、何よりも莱香が〈貴族〉と一騎打ちをして瀕死の重傷を負いながら倒したという話を聞いた時は心臓が止まるかと思った程だ。



「ら、莱香……確かに凄いけど、な、何て無茶を……」



 もし自分のせいで莱香が死んでしまったらと考えると、舜はとてもこの先生きていけないだろう。


「舜……心配かけちゃってごめんなさい。でも……私も同じなの! 私も、もし舜が私達のせいで死んでしまったらって思ったら、いても立ってもいられなくて……!」


「……!」


 どうして気付かなかったのだろう。舜が莱香を喪ったら生きていけないと考えるなら、莱香だって同じ気持ちのはずなのだ。莱香が無茶をしたのは、結局の所舜自身のせいでもあるのだ。


「莱香……俺の方こそごめん。でも、約束して欲しい。もうこんな無茶はしないって。俺も今回みたいな事態には二度と陥らないって約束するから」


 莱香はコクッと頷いてくれた。


「うん、解った。……でもまた同じような状況になれば、きっと私は同じような事をすると思う。だから……舜も気を付けて。約束よ?」


「ああ……お互い約束だ!」


 莱香と笑い合っていると、レベッカが少し面白くなさそうな顔でいじけていた。


「むう……いいな、ライカは。私は今回、全然役に立たなかったし仕方ないんだが……」


「レ、レベッカさん……」


 普段気丈な女戦士のレベッカがそのように子供じみた感情を露わにしている姿は、何と言うかとても新鮮で可愛らしく見えた。


「レベッカさん、そんな事ありませんよ。レベッカさんの的確な援護があってこその成果だと思いますし、役に立たないとかそんな事全くないと思いますよ」


「ほ、ホントか!? ホントにそう思うか!?」


「え、ええ……勿論です」


 するとレベッカは嬉しそうにニンマリと笑った。


「そ、そうか! ならいいんだ、ふふふ……!」



 そんなレベッカを見て、ロアンナが嘆息する。


「全く、単純な女ねぇ……。ま、だからこそグスタフにも効いた・・・んだけど」


 するとそれを耳聡く聞きつけたレベッカがロアンナに詰め寄る。


「おい、ロアンナ! お前が私を『親友』と言った事、絶対忘れないからな!」


「……あれが私の作戦だったのはもう解ったでしょう? 別に無理して付き合う必要は――」


「無理じゃないっ!!」


「ッ!?」


 間髪を入れずに被せてきたレベッカにロアンナが目を丸くする。


「私もお前の事を『親友』だと思っていたと先程言っただろう!? 私はお前のように器用な性格ではない。全て本心しか言っておらん! それともお前はあれを完全に方便のつもりで言っていたのか!?」


「ッ! そ、それは……別に完全に方便って訳じゃ……」


 レベッカが我が意を得たりとばかりにニンマリと笑う。


「ほう? 完全に方便でないのなら何だ? はっきり言葉にして貰わんと解らんぞ?」


「う…………ああもう! 分かったわよ! 私の負けよ! ええ、確かにあなたは相当の変わり者よ。だから、その……し、『親友』って事でいいわ」


「ふふふ……言ったな? 絶対に忘れんからな?」


 ようやく言質を取ったレベッカは随分上機嫌であった。ロアンナは諦めたように溜息を吐いていたが、やがて何を思ったのか悪戯っぽいような妖しい雰囲気のような不可思議な笑みを浮かべた。レベッカが動揺する。


「お、おい、何だ、その笑みは?」


「うふふ……やられっぱなしっていうのも私の性に合わないし、私もあなたに倣って自分に正直になる事にするわ」


「な、何?」


 混乱するレベッカに構わず、ロアンナは舜の方を振り返った。笑みを引っ込めたその表情は、とても真剣な色を帯びて心なしか緊張もしているようだった。


「あ、あの……ロアンナさん?」

 

「シュン、聞いて。私……あなたの事を、その……異性として好ましく思っているわ」


「……!」「な……!」「ロ、ロアンナさん!?」


 舜だけでなくレベッカと莱香も驚きに硬直する。クリスタは……目を丸くしてはいたが、その驚きの種類は舜達とは異なっているようだ。



「今いきなりって訳じゃないわよ? 大分前……あのアストラン王国の〈王〉から助けて貰った辺りから、そういう感情はあったの。でも……その後あなたには想い人が……ライカがいる事が解ったし、レベッカやあのミリアリアも明らかにあなたに懸想しているのが解っていたから、余計な波風を立てたくなくて今までずっと黙っていたのよ」


「……!」


 何気にミリアリアの事も初めて聞いた。言葉もない舜だが、ロアンナは構わず続ける。


「でも……レベッカは持ち前の正直さで、ライカがいながらにしてあなたと恋仲になった。今回の事もあって、そうして正直に相手と向き合ってみるのも悪くないかなって思えたのよ。グスタフに告白された事も、私の中では一つの切欠になったわ」


「ロアンナさん……」


「だから私も正直に告白する。シュン、あなたの事が好きよ。これはただ異性があなたしか居ないからとか、〈御使い〉としての強さとか、そういう物とは関係ない。今までの体験を通して、あなたという個人を好きになったのよ。これが……私の正直な気持ち」


「…………」

(ロ、ロアンナさんが、俺を……?)



 正直に言うと、すぐには信じられなかった。ロアンナはレベッカや莱香とは違って、そういう方面でも経験豊富な妖艶な大人の女性だ。そのロアンナが、舜のような青二才を人間的に好きになる事など本当にあり得るのだろうか?


「舜……」


 舜が戸惑っていると、後ろから莱香の声が掛かる。しかしそれは焼きもちによる冷たい声音ではなく、もっと真剣な声音と口調であった。舜が振り向くと莱香が頷く。


「舜……ロアンナさん、本気だと思うよ。私が来る前にも色々あったんでしょ? ロアンナさんが本気で惚れるだけの事を舜はしてきたんだよ。自分に自身を持って」


「ら、莱香……」


「私の気持ちはレベッカさんの時と同じだよ。私のワガママで舜を独占はできない。ちゃんと私にも目を向けてくれるなら……私は構わないよ」


 レベッカも口添えしてきた。


「正直まだ混乱してはいるが……。シュン、その……私もロアンナであれば構わない、と思う。こいつは素直じゃないが良い奴だし、シュンを好きになったという気持ちも非常によく解る。お前さえ良ければ、私はロアンナの事も歓迎する」


「レ、レベッカさん……」


 2人から後押しされた事で、舜もロアンナが本気なのだと理解する事が出来た。


「…………」


 舜は神化種の変身を解くと、人間の姿に戻った。ロアンナの真剣な気持ちに応える為には、舜も本来の……ありのままの姿で向かい合う必要がある。



「ロアンナさん。ロアンナさんのような素敵な女性が、そんな風に思ってくれてとても嬉しいし、男として誇らしく思います。俺だって勿論ロアンナさんの事が好きですし、尊敬もしてます。でも、その上で改めて確認しますけど、本当に俺なんかでいいんですか?」


 するとロアンナが悪戯っぽく笑った。


「ふふ、シュン……。自分の事をなんか・・・などと言っては駄目よ。ねえ、レベッカ?」


 レベッカが目を逸らして頬を掻く。ロアンナは舜の目を真っ直ぐに見つめてくる。


「ええ、あなた・・・がいいの。あなたの事が好きなの。私からも聞くわ。私を……受け入れてくれる?」 


 勿論舜自身だって、来て間もない頃から色々と世話になったロアンナに対して好感情は持っている。加えて莱香やレベッカからも好意的な返事を貰えた。なら舜の答えは決まっている。日本にいた頃の倫理観に悩む段階は、レベッカの時に通過している。


「……喜んで。これから宜しくお願いします、ロアンナさん」


 こう答える事に抵抗感は無かった。自分にそこまでの甲斐性があるのか解らないが、出来得る限り皆に誠実に接しようと心に決めた。


「うふふ、ありがとう。そう言って貰えて嬉しいわ、シュン。こちらこそこれから宜しくね? ……でもねぇ、シュン。正式・・に恋人同士になったんだし、さん付けで呼ぶのもおかしくないかしら?」


「……! そ、そうだ! 私も気になっていたんだ! ライカの事は呼び捨てなのに、私の事はいつまでもさん付けで……。何だか壁を感じて私は寂しいぞ!?」


「え……そ、それは……」


 ライカとは同年代だし、幼馴染なので呼び捨てで呼び合う事が自然であった。そこに他意はない。年上の大人の女性であるレベッカ達を呼び捨てにするというのは、いくら恋人になったからと言っても非常にハードルが高い。他にクリスタやリズベット達もいるのだ。彼女らの前でレベッカやロアンナを呼び捨てるのは、余りにも気恥ずかしすぎる。


 だが確かに恋人に対していつまでもさん付けで呼ぶのも、おかしな話ではあるだろう。



「い、今すぐは、難しいかも知れませんが……ど、努力します……」


 それがこの場で出来る精一杯の答えだった。ロアンナが再び悪戯っぽく笑う。


「ふふ、まあいきなりは難しいでしょうし、気長に待つわ。こういう事は時間が解決してくれるものだし」


「むぅ……確かにそうかも知れんな。シュン、私はいつでも良いからな?」


「は、はい……」


 戦いや使命とは別の課題が出来た事に内心で頭を抱える舜であった。その様子を見ていたクリスタが苦笑しながら手を叩いた。


「さあ、無事に話がまとまった所で、そろそろクィンダムに戻りましょうか。きっと皆、首を長くして報告を待っていると思うわよ」


「あ……そ、そうですよね。……おほん! 皆、今回は本当にありがとう。お陰でこうして無事に使命を果たす事が出来た。まだこれからも大変な事は沢山あると思うけど……俺も精一杯頑張るから、皆これからも宜しくお願いします」


 舜は素直に頭を下げた。今回の使命は自分1人の力では決して成し遂げられなかった。出来れば皆に危険な目に遭って欲しくはなかったが、要石を破壊するのにはどうしても女性達の力が必要だ。


 ならばせめて自分がもっとしっかり気を張って彼女達の危険を僅かでも減らす努力をする。それが舜に出来る最善であった。その意味を込めての言葉であったが、莱香達は解ってくれたようだ。



「舜。舜の力になれるなら、私なんだって出来ると思う。これからも一緒に頑張ろうね?」


「うむ! 少々頼りないとは思うが、我らに出来る事は何でもするつもりだ。遠慮なく言ってくれ!」


「うふふ……私も晴れて恋人同士になったんだから、遠慮なんていらないわよ?」


「宜しくお願いしますね、シュン様」



 皆から肯定と励ましの言葉が返ってきた。舜は自分の胸に暖かい物が広がるのを感じた。思わず涙ぐみそうになるがグッと堪えて、笑顔を作った。



「はい! ありがとう、皆! 宜しくお願いします! さあ、それじゃ帰りましょうか……クィンダムへ!」



 こうして今回のオケアノス王国への遠征を無事に終える事が出来た。先程皆に言ったように、これからも様々な困難が降りかかるかも知れない。しかし彼女達と一緒であればきっと乗り越えていける。そんな希望と予感を持って、舜はクィンダムへの帰路に着くのであった…………


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