第144話 莱香vsリカード

 ロアンナがもう一矢牽制の矢を放つ間に、莱香達はクリスタの元に合流していた。


「クリスタさん!」


「ごめんなさい、ライカさん。惜しい所まで行ったんだけど……」


 クリスタが悔し気に唇を噛む。〈貴族〉相手に、気付かれずにあそこまで接近しダガーを掠らせただけでも相当な物だ。距離を取ったペンギン人が奇怪な鳴き声を上げる。それと同時に周囲の空間が歪み、そこから次々と怪物が飛び出してきた。〈眷属〉だ。


 見た目は皇帝ペンギンくらいの大きさのペンギンの怪物で、やせ細った身体に、顔はまるで凶器のような鋭い嘴が突き出ている。あれに刺さったら只では済まなそうだ。


「お前らぁ! 何故こんな所にクィンダムの女がいる!? 要石の破壊に来たのか!」


「その通りだ! 故に話し合いの余地はないと解っている! 行くぞぉ!」


 レベッカが自らを鼓舞するように叫ぶと、剣と盾を構えて眷属の只中に突っ込む。莱香もそれに合わせて突撃しようとするが、クリスタに止められる。


「待って、ライカさん。眷属に気を取られているとその隙をあの〈貴族〉に突かれるわ。眷属は私達が何とかする。あなたはその間あの〈貴族〉を抑えて頂戴。これはライカさんにしか出来ない事よ」


「……!」


 〈貴族〉を自分1人で抑える? そんな事が出来るのだろうか。不安になりかける莱香にクリスタが励ますように肩に手を置く。


「大丈夫。今のライカさんなら出来るわ。倒す必要はない。私達が眷属を片付けるまでの間だけ抑えてくれるだけで良いわ」


「……わ、解りました! やってみます!」


 クリスタの言う通り、眷属に足止めされている間にあの〈貴族〉の攻撃を受けるのはマズい。ならばどの道誰かが抑えに回らなくてはならない。


(やってみせる! 舜、私に力を貸して!)


「私達が道を切り開くわ! レベッカさん!」


「……! うむっ!」


 既に眷属と切り結んでいたレベッカが、そのクリスタの呼び声だけで意図を察したようだ。ペンギン人への道を切り開くように、クリスタと並んで左右の敵を押し返していく。


「今だ! 一気に行けっ!」

「……はい!」


 やがて僅かに左右からの圧力が弱まる。その隙を狙って一気に飛び出す莱香。目指すは一点のみ。レベッカ達が漏らした眷属が散発的に襲ってくる。が、その眷属達の頭に矢が突き刺さる。ロアンナだ。彼女も莱香達の意図を察して援護してくれるようだ。


 頼もしい仲間達の援護を受けて、遂に莱香は眷属の包囲網を突破する事に成功した。


「馬鹿なっ!」


 ペンギン人が驚愕の叫びと共に魔法を放ってくる。巨大な火球が莱香に迫る。莱香は避けずに障壁を張って正面から迎え撃つ。


 轟音。そして熱波と衝撃が莱香を襲う。〈市民〉の魔法とは比較にならない衝撃に身体が揺さぶられるが、莱香は足を止めずに強引に前に突き進んだ。



「女が俺の魔法に耐えるとは……。お前、一体何者だ!?」


「クィンダムのライカ・クジョウよ。あなたには悪いけど……私達は絶対後に引けないの」


 不退転の決意と共に莱香は太刀を構える。それを見たペンギン人が笑う。


「ふ、はは……! 面白い! 丁度、退屈な任務に飽き飽きしていた所だ! オケアノス王国〈子爵〉リカードだ。さあ、お互い存分に楽しもうじゃないか!」


 ペンギン人――リカードの手に大振りの鉈のような武器が出現した。刀身がかなり長く莱香の太刀にも匹敵する程だ。


(〈子爵〉……。今の私がどれだけ戦えるか……)


 〈子爵〉と言えば莱香が知っているのは、あのバフタン王国の猪の〈貴族〉アガースだが、あれと同格の〈貴族〉と一対一で戦うなど当時は思いもよらない事であった。


「シュッ!!」


 リカードが斬りかかってくる。異常な速さだ。莱香の動体視力でも完全には捉えきれない。横薙ぎに振るわれる鉈に対して、辛うじて太刀を受けに回す。直後に凄まじい衝撃を太刀越しに感じ、莱香は真横に吹き飛ばされる。


(ぐっ! な、なんて威力……!)


 一撃の速さと重さが尋常ではない。レベッカによると〈貴族〉は総じて肉弾戦闘に極めて高い適正を持っているらしい。まともに打ち合っても勝ち目は無い。


(だったら……!)


 リカードが鉈を振りかぶって迫ってくる。莱香は神力を極限まで高め、障壁の強度を強化する。鉈が障壁と接触する。


「何っ!?」


 バシイィィン!! と何かが弾けるような音にリカードの驚愕の声が重なる。莱香の障壁が〈貴族〉の一撃を防いだのだ。だが莱香の方も完全には防ぎきれず、その打ち下ろしの衝撃だけは莱香の身体に伝播した。


「ぐっ! ううぅっ!!」


 かつて地球で剣道をやっていた時に、大人の有段者に本気の打ち下ろしを喰らった時の事を思い出した。いや、あれの数倍は痛い。無意識に目に涙が滲むほどの激痛だ。だが莱香の目の前で攻撃を弾かれたリカードが大きく仰け反っている。このチャンスを逃す事は出来ない。


「うああぁぁっ!!」


 苦痛を押し殺し、強引に太刀を横薙ぎに振るう。そのままならリカードの胴体を薙ぎ払う軌道だ。だがリカードは仰け反った状態から何と更に身体を仰け反らせた。後頭部が地面に着く程の勢い。凄まじい柔軟性だ。結果莱香の太刀はリカードの胴体スレスレの位置を通り抜けた。


「く……!」


 莱香が慌てて太刀を引き戻し追撃を加えようとした時には、もう距離を離されていた。



「……俺の魔法だけでなく、武器の一撃すら弾くとは。ライカ・クジョウか。その名は憶えておこう」



 リカードが戦い方を変えてきた。中距離から魔法を撃ちつつ、莱香が隙を見せれば素早く接近して鉈の一撃を加えてくる。しかし障壁を警戒して決して大きく踏み込んでは来ない。ヒット&アウェイという奴だ。


 莱香は必死に障壁でガードするが魔法にしろ武器にしろ、完全には威力を殺しきれずダメージは蓄積していく。神力だけならまだまだ問題ないが、その前に身体と体力が持たない。


(マズい……! このままじゃ削り殺される!)


 それがリカードの狙いだろう。後ろではまだ戦闘音が響いている。〈貴族〉は眷属を50体近く召喚できるので、流石のレベッカ達でもたった3人では、そうそうすぐに片付ける事は難しい。いや、下手すれば数の暴力に圧倒されてしまう危険すらある。


 どちらにせよすぐの援護は期待できそうにない。



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