第122話 女王への謁見

 そこから神機で駆ける事暫し……ついに一行は王都イナンナへと到着していた。その城門の佇まいを目にして、レベッカが涙ぐむ。



「ほ、本当に……私は、帰って来たんだな。イナンナに……」


「レベッカ……。ええ、そうです! お帰りなさい、レベッカ!」



 リズベットも感極まったように瞳を潤ませていた。城門にいた衛兵達が駆け寄ってくる。リズベットは彼女らに城や大神殿への先触れを頼む。程なくして入城の許可が出たので、一行は連れ立って城門を潜り、大通りを城に向かって上っていく。


 すると立ち並ぶ家々から住民の女性達が次々と出てきて、一行の姿に対して歓声を上げる。リズベットによると既にビレッタの街から王都に向けて急使を出してあったとの事で、〈御使い〉による『侵攻』部隊の殲滅が市民達にも伝わっていたようだ。


 この寂れた「王都」にこんなにも人が居たのかと思う程に、通りには大勢の女性達が詰めかけていた。まるで王都中の女性が集まってきたかのようだ。


「ほ、本当に女性しかいないんですのね……。進化種が居ないなんて、私まだ夢でも見ているようですわ……」


 ジリオラが夢見心地のような調子で呟く。レベッカが頷く。


「ああ、ここには進化種は1人もいない。それは保証する。しかしそれにしても凄い歓声だな。私が知る限り初めての事だぞ、こんなのは」


「それだけ『侵攻』の脅威を防いだというのが朗報だったのですわ。シュン様、御覧なさいませ。これがあなたが私達にしてくれた事の結果です」


 リズベットから優しい目を向けられた舜は、改めて歓声を上げている市民達を見やる。


(これが……俺が守ったもの……)


 喜び歓声を上げる女性達。衛兵達も含まれている。目に見える結果を前にして、舜は自分の心に熱い物が滾ってくるのが解った。ロアンナがそれを見て取って、舜に声を掛けてくる。


「ほら、華々しい『凱旋』なんだから、もっと堂々と胸を張りなさいよ! あなたは〈御使い〉……この国の救世主なんだから、堂々とした態度で民衆を安心させるのも役目の内よ?」


「ロアンナさん……。はい、頑張ってみます!」


 余り自信は無かったが、出来るだけ堂々とした態度に見えるように胸を張って、歓声に手を上げて笑顔で答える。笑顔を向けられた女性達がより一層の歓声を上げたり、頬を赤らめたりしていた。



「舜……堂々としてろとは言われたけど、笑顔向ける必要あった? ちょっとサービスし過ぎじゃない?」


「ええ!? そ、そんな事言われても……」



 莱香からジト目を向けられて慌てる舜。そんな舜の姿に一行が笑う。そうしている内に大通りを過ぎて、やがて王城を見上げる区画までやってきた。城下ではまだお祭り騒ぎが続いている。久しぶりの朗報ですし、今日は徹夜かも知れませんね、とはリズベットの弁だ。



 王城の門の前には2人の人物が一行を待っていた。ミリアリアとカレンの2人だ。舜達の姿を認めたミリアリアは一目散に駆け付けてくる。


「シュン……殿! それに、た、隊長!! 先触れで聞いてはいましたが……よ、よくぞご無事で……!」


「うむ……お前にも心配と迷惑を掛けたな。聞いたぞ、シュンを復活させる為に尽力してくれたそうだな。礼を言うぞ。お前の働きはシュンは勿論、結果としては私の事も救ってくれたのだ」


「そ、そんな隊長……私など皆さまの働きに比べたら……」


「自分を卑下するな。お前は本当に良くやってくれた。胸を張れ! この戦果は、お前の戦果でもあるのだ!」


「た、隊長……」



 ミリアリアが涙ぐんでいた。カレンも近付いてきた。



「リズベット様。それに皆様も、本当にお疲れ様でした。皆様のお陰でこの国は救われました。女王陛下も首を長くしてお待ちです。お疲れとは思いますが、謁見の間までお越し頂いても宜しいでしょうか?」


「カレンも留守を良く預かってくれました。色々ご報告したい事もございますので、すぐに伺うと陛下にお伝え下さい」


 リズベットの労いの言葉に、カレンは静かに頭を下げて、足早に城の中に戻っていった。リズベットが舜達を振り返る。


「さあ、それでは女王陛下がお待ちのようです。謁見の間までご案内致しますね」


 主に新参組に対してそう言った。





 石造りの重厚な回廊を進んでいく。元々は侵入者を防ぐ目的があったのか、内部は要所要所の扉を締め切ると、迷路のような解りにくい構造になっていた。普通城と言うと、沢山の兵士や召使いなどが動き回っている印象があるが、この城は国の人手不足を反映してか、ほとんど誰ともすれ違わなかった。とは言え、最低限の手入れはなされているようだが。


 城の内部も装飾の類いが少なく、実用一点張りという感じだ。これまでのクィンダムという国の心の余裕の無さが偲ばれる。


 大きな扉をいくつか抜けると、そこはもう大きなホール――謁見の間であった。かつてタルッカ女王国と名乗っていた時には、大勢並んでいただろう臣下も当然おらず、玉座までの間にはほんの数人の神官と衛兵がいるだけだ。がらんどうの巨大な空間に、何とも物寂しい光景であった。奇妙な事に、玉座から見下ろせる位置に、丁度こちらの人数分の椅子が置いてあった。



 そして大きな玉座を余らせるように、ちょこんと座っているドレスを着た小さな少女。金髪に一房だけ赤い髪が混じった特徴的な髪。このクィンダムを覆う『神膜』を常時張り続けている女王、ルチア・ランチェスターだ。



「おお、皆よくぞ戻った! それにレベッカ! お主も無事で何よりじゃった! 堅苦しい挨拶など抜きで良い! もっと近こう寄れ!色々と聞きたい事が山のようにあるのじゃ! 長話になると思ってほれ、椅子も用意させたから安心じゃな!」



 ルチアが玉座から飛び降りるようにして立ち上がった。年相応のその様子にリズベットが苦笑する。フラカニャーナが小さい声で笑うのが聞こえた。


「へぇ、女王様なんて言うからどんなお堅いお偉いさんかと思ってたけど、案外気さくそうじゃないか。それに話も分かりそうだ」


 報告の間中、平伏したままでいる事は免れそうだと解って上機嫌の様子だ。レベッカがそんな彼女を肘で小突く。


「こら、口を慎め。女王陛下は常にこの神膜を維持し、進化種の侵入を防いでおられる偉大なお方だぞ」


「解ってるって。……たく、相変わらずお堅いねぇ。ちゃんと報告の間は大人しくしてるって」


 フラカニャーナが肩を竦める。


「さあさあ、遠慮するでない! これ、ミリアリア! 何を下がろうとしておる。お主の分の席もあるのじゃ。レベッカ達の報告はお主も聞きたいじゃろう? 一緒に聞いていけ!」


 しきりに恐縮するミリアリアも含めて、全員が玉座の前の椅子に着席する。ルチアが飛び乗るように、玉座に座り直す。



「さあ、それではシュン! それにレベッカよ! 妾達に改めて詳しい話を聞かせてくれ」



 そしてこれまでの彼らが体験してきた近況の報告が始まった。

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