第114話 渇望

「では……始めるか」


 静かな言葉と共に急速に膨れ上がる金城の魔力。その凄まじい圧力は、吉川や梅木のそれに匹敵する。間違いなく〈王〉の魔力であった。


「ふっ!!」


 舜が地面を蹴る。先手必勝だ。超感覚を併用した全力の強化で一直線に心臓を狙う。だがそこに金城の脇腹から生える触腕が鞭のように撓って襲い掛かってくる。


「ちっ!」


 サーベルで触腕を斬り上げる。そこに間髪を入れずに肩口の二振りの鎌が別々の軌道で迫る。


「く……!」


 鎌の速さもギルサンダーとは段違いだ。そこに更に触腕も加わる。4つの超速で振るわれる凶器が、間断なく舜を襲う。舜は忽ち迎撃で手一杯になってしまう。そして……


「シュッ!!」

「――っ!」


 凶悪な長さと太さの蠍の尾から針が撃ち込まれる。鎌と触腕の迎撃に忙しかった舜は毒針を躱しきれずに掠ってしまう。


「ぐっ!?」


 掠った箇所から痺れるような感覚。毒だ。掠っただけでも影響があるらしい。慌てて解毒の魔法を使おうとするが……


「させると思うか?」

「――くっ!」


 再び4本の凶器が唸りを上げて迫ってくる。魔法を使うには、ある程度の精神の集中が必要だ。鎌や触腕に対処しながらでは、魔法を使う事が出来ない。そうこうしている内に毒が徐々に浸透してきているらしく、手足が先程よりも重く感じるようになってきた。


 舜は焦るが、鎌や触腕の攻撃は一向に緩む気配がない。更に一瞬の隙を狙って蠍の毒針が撃ち込まれる。毒による痺れで鈍った身体では、それらの攻撃に対処するだけで精一杯で反撃に転じる事が出来ない。

 圧倒的な手数の差に、ひたすら防戦一方になる舜。だがここで更に金城からのダメ押しが掛かる。


「……ッ!」


 何と金城の両手にそれぞれ火球と光球の魔法が浮かび上がる。それを見た舜は青ざめる。金城は鎌や触腕、尾などで攻撃しつつ、併用して魔法を放てるのだ。


「ふんっ!」


 金城が光球を放ってくる。勿論その間にも5本の凶器は、間断なく舜を襲い続けている。そこに撃ち込まれる魔法を躱す余裕は……無い。


「がっ……!」


 衝撃を喰らって吹き飛ばされる。地面に倒れ込む舜だが、そこに火球の追い打ちが迫る。


「――っぅ!」


 痛みに呻く間もなく強引に身体を起こして、横っ飛びに逃れる。危ういタイミングで火球が、横スレスレを通り過ぎていく。火球を躱すのに成功した舜は、今の内に解毒の魔法を使おうとするが……


「休んでいる暇など無いぞ?」

「ッ!?」


 いつの間にか至近距離まで迫っていた金城が、再び5本の凶器と共に連撃を仕掛けてくる。為す術もなく、やはり防戦一方に追い込まれていく舜。毒が回った痺れの残る身体で、極どい防戦を続ける舜は次第に追い詰められていく。再び金城の魔法攻撃。今度は電撃の魔法だ。


「ぐぁ……!」


 やはり躱しきれずに被弾してしまう。前回と同じように迫る追い打ちの火球を躱した舜だが、やはり一息付く間もなく金城の接近を許し防戦せざるを得ない。元々の速度もほぼ互角の上、毒の回る今の身体では金城を引き離す事が出来ない。


(くそ……駄目だ! このままじゃ……負ける!)


 吉川や梅木との戦いでもそうだったが、舜は肉体の基本スペックでどうしても彼等に劣る為、素の状態では苦戦を免れない。このスペック差を覆す為には、「アレ」になるしかない。


神化種ディヤウスに……! でも……)


 フォーティアには楽観的な発言をしたが、実際にはまだまだコントロール出来ているとは言い難い。変身に必要な条件は何となくだが解って来てはいる。ただあくまで「何となく」の範疇だ。確信がある訳ではない。


「考え事とは余裕だな?」

「――っぁ!?」


 油断していたつもりはない。だがほんの一瞬の意識の逸れは、〈王〉相手には致命的な隙であった。蠍の毒針をまともに受けてしまった。体内に満ちる魔力によってある程度は自然に中和されているとは言え、本来なら即死級の猛毒を身体が痺れて動かなくなる「程度」に弱めただけだ。


「か……あ……!?」


 急速に重くなる身体。痺れが全身に伝播する。そこに迫る二振りの鎌。


「……ッ!」

 鎌は狙い過たず、舜の胴体をX字に切り裂いた!


 舜は堪らず吹っ飛びながら、地面に仰向けに倒れ伏す。


「かはっ……!」


 かなり深く切り裂かれた。それ自体は致命傷には至らなかったものの、金城相手にこんな傷を負った事自体が致命的だ。まして体内を回る毒も残ったままだ。ここに舜の敗北が決定した。



 舜は必死に立ち上がろうともがくが、ダメージと毒の相乗効果で身体を起こす事が出来ない。金城が歩きながら近付いてくる。もう既に決着がついた事を理解しているのだ。その悠々たる歩みは、勝者の余裕であった。


「終わりだ、シュン……。お前はあの時一度吾を殺している。なればこれこそ因果応報という物よな」


「……くっ!」


 死の足音がどんどん迫ってくる。だが立ち上がる事も出来ない舜は為す術もなく、それを待っているしかない。金城が肩口の鎌を振り上げる。


「一撃で首を狩り落としてやろう。苦痛を感じる暇も無い。それがせめてもの慈悲だ」


「――っ!」

 凶悪に光る鎌を目にした舜は思わず目を瞑る。だがその時――



「そこまでだっ!」


 凛とした女性の声が轟く。そして誰かが舜と金城の間に割って入る気配。その声を聞いた舜は目を見開く。


「レ、レベッカさん……! な、何をしてるんですか!? 約束したでしょう!?」


「うるさいっ! 約束はお前が苦戦している時は、だろう!? お前が負けた時には言及しておらん!」


「……ッ!?」


 レベッカに一喝されて、目を瞠る舜。見れば彼女の周りにはフラカニャーナ達3人の姿もあった。誰もが青ざめた顔をしているが、それでもレベッカと共に、金城に向かって武器を構えていた。


「……どけ。シュンと共に死ぬのがお前の望みか?」


「……ラークシャサの〈王〉よ。あなたはどうしてもシュンを殺すつもりか? もう決着はついた。あなたの勝ちだ。それで溜飲を下げてもらう事は出来ないのか……?」 


「……!」

 金城は何故か一瞬動揺したように動きを止める。だがすぐに頭を振って再び歩き出す。


「それは出来ぬ相談だ。吾にもしがらみというものがあるのでな。……さあどけ。退かねば、お前達ごとシュンを殺すまでだ」


「…………」


 レベッカは無言のまま剣と盾を構える。他の3人もそれぞれ得物を構えていた。言葉は無い。彼女達の意思はその行動に現れていた。



「……そうか。愚かな選択だぞ、それは」



「う、おおぉぉぉぉっ!」


 レベッカの気合の掛け声を合図に、4人の女達が一斉に斬りかかる。金城は歩みを止めない。ただその脇腹から生える2本の触腕が、目にも止まらない高速で蠢動した。そして……


「ぐふっ……!」「きゃあああっ!」「がはぁっ!!」「……っ!!」


 レベッカ達が悲鳴と共に弾き飛ばされる。舜が超感覚を使ってようやく躱せる、というレベルの攻撃だ。恐らく彼女達には何が起きたのかも解らなかっただろう。4人全員が触腕の一撃だけで吹き飛ばされ、舜の周りに倒れ伏す結果となった。


「レ、レベッカさん!? 大丈夫ですか!? レベッカさん!」


「ぐ……う、す、済まない、シュン……。私は、余りにも無力だ……」


 4人とも手加減されたようで意識は失っていなかったが、起き上がる事は出来ないようだ。


 強い魔力の高まりを感じて舜が金城の方へ視線を戻すと、彼は虫翅を広げて上空へと浮かび上がっていた。そして掲げた手の先に巨大な火球が形成されていた。火球の直径は5メートルはあろうかという程で、舜だけでなくその周りの倒れ伏すレベッカ達も収まってしまうサイズだ。


「同じ魔法でシュンと一緒に殺してやろう。死出の旅路も連れがいれば寂しくなかろう。共に虚無へと旅立つがいい」


 舜と同じく、一度は死後の世界を体験した者ならではの言い回しであった。金城が容赦なく掲げた腕を振り下ろす。それに合わせて巨大な火球が落ちてくる。舜達を虚無の世界へと誘う地獄の業火が。


(くそ……これで、終わりなのか?)


 舜の脳裏に、これまでの記憶が走馬灯のように流れる。クィンダムに来てからの様々な思い出。そして……莱香の顔が浮かぶ。同時につい先刻彼女と交わしたばかりの約束も。


「――ッ!」

(そうだ! 莱香が……俺はもう莱香を悲しませないって約束したばかりじゃないか!)


 それを忘れて半ば諦めの境地になっていた自分が腹立たしい。それにこのままではレベッカ達も巻き込まれて死んでしまう。それだけは絶対にさせる訳には行かなかった。


(今使わずに、いつ使うんだ!? 俺に……俺に力を貸せぇぇぇっ!!)


 それは舜が初めて能動的に神化種の力を求めた瞬間であった。そしてその直後に巨大火球が地表に衝突し、炸裂した。


 凄まじい轟音と爆炎と熱波がまき散らされ、小規模なキノコ雲が立ち昇る。まともに喰らったものは原型を留めずに焼き尽くされただろうと、容易に想像できる光景であった。


「……!」


 しかし上空からそれを見下ろしていた金城が、何かに気付いたような様子を見せる。果たして彼の見下ろす先、爆煙が晴れたそこには――


「ふ……ついにその力を完全にものにしたか、シュン」


 青白い結界に包まれて無傷の5人・・の女達の姿があった。





「な……な……」


 フラカニャーナが口をパクパクさせて唖然としていた。イエヴァとジリオラも言葉はないが、驚きに目を見開いていた。レベッカは流石に3回目・・・という事もあって慣れたものだ。


「あ……あんた、ホントにあの坊やなの、かい……?」


 フラカニャーナが信じられないといった口調で尋ねてくる。


「ええ、そうです。驚かせてしまってすみません。進化種の更に上……神化種というらしいです」


「神化種……」


 紫がかった長髪。反転して黒く塗りつぶされたような目。露出の多い漆黒の甲冑。そしてそれらに包まれた怜悧な美貌と、均整の取れた女体。背中からは闇で染め上げたような一対の翼。


 それは紛れもなく神化種となった舜その人の姿であった。漆黒の堕天使は怜悧な美貌を引き締めて、キッと上を見上げる。そしてその視線の先、金城の姿を睨む。




「ふ……女神の加護を得ているお前の神化が堕天使の姿とは……随分と皮肉が効いているな?」


「金城……もうこれ以上お前の好きにはさせない。お前とはここで決着を付けてやる」


「くく……神化種になった途端、急に強気になったな? つい先程、吾に完膚なきまでに敗れたのを忘れたのか? ……まあいい。決着を付けるのは望む所だ。ただ、吾の神化種としての姿は、少々・・サイズが大きいのでな……。これ以上その女達を巻き込みたくなければ、付いてくるがいい」 



 それだけ言い放つと金城は、虫翅を羽ばたかせて彼方へと飛んで行った。舜はレベッカ達の方へ向き直る。


「レベッカさん……」


「解っている。何も言うな。私もこれ以上干渉する気はない。出来るとも思えんしな……。お前はお前の役割を果たしてくるがいい」


「! はい……! レベッカさん、それに皆さんもありがとうございました。俺は必ず戻ってきますので、皆さんは……」


「先にクィンダムに戻っていろという話なら却下だ。必ず戻ってくるのだろう? なれば我々はこの街道を進んだ先にあるオアシスにて、お前が帰ってくるのを待っている。クィンダムに戻る時はお前も一緒だ。異論は認めん」


 舜は呆気に取られたような表情になるが、やがて苦笑するように頷いた。


「解りました。必ず迎えに行きますので、それまで待っていて下さいね」


「うむ。早く帰ってこい」


「はい、必ず……それでは」 


 最早言葉はいらない。舜は背中の翼をはためかせ、それに魔力を上乗せしながら空中へと飛び上がる。そして遠くに感じる金城の魔力反応を頼りに、一気に飛んで行くのであった……

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