第113話 迫り来る脅威

 そんな感じでレベッカの体験談と、新たな仲間の自己紹介が終わった。


「……本当に大変でしたね。でもこうしてレベッカさんだけでも無事に出会えて良かったです。皆心配していますから、早くクィンダムに戻って上げて下さい。ヴァローナさん達については何かご存知ありませんか?」


「……ッ!」

 ヴァローナの名前を出した途端に、レベッカが息を呑み暗い表情になる。


「あ……済みません。そうですよね。とても他の人の事まで気にしている余裕は無かったでしょうし、手がかりが無くて当たり前ですし、全然レベッカさんが気にするような事じゃありません。俺の方で探してみます」


「い、いや……違うんだ、シュン……。そういう事ではなく……」


「ッ!?」

 レベッカが苦しそうに何か言いかけた時だった。舜は来るべき時が来たのを悟った。



「お、おい、シュン……?」


「……レベッカさん。それにイエヴァさん達も、大至急ここから離れて下さい。このままこの道を下っていけば国境の森に着きます。先にクィンダムに帰還していて下さい」


「お前、急に何を言って……」


「……間もなくここに〈王〉がやって来ます。ここにいたら巻き添え・・・・を喰います」


「な……〈王〉とは、このラークシャサ王国の〈王〉の事か……?」


「そうです! 早く退避して下さい! もう時間がありません!」


「あの〈王〉が……」



 すると何故かレベッカは考え込むような素振りを見せた。そして顔を上げると、信じられない事を申し出た。



「シュン、頼む。私も立ち会わせてくれ。勿論絶対にお前の邪魔はしないと誓う。離れた所から見ているだけでいい」


「な……何を言ってるんですか!? レベッカさんを守れる保証はありません! それにもし〈王〉がレベッカさんを人質に取ろうとしたら……」


「頼む! どうしても立ち会いたいんだ! そうしなければならないんだ! それにあの〈王〉は、きっと私を人質になどしない。だから、頼む……!」


「レ、レベッカさん……」



 何が彼女をここまで駆り立てているのか舜には解らなかった。他の3人も同様に驚いたようにレベッカを見ていた。そういえば先程の話に出た闘技大会、〈王〉が観戦に来ていたという話だったが、それと何か関係があるのだろうか?


 レベッカの必死に懇願する様子を見た舜は、決断した。


「……解りました。ただし仮に俺が劣勢になったとしても、絶対に加勢しようなどと思わないで下さい。それは約束して貰います」


「あ、ああ! 勿論だ! 本当に立ち会うだけでいいんだ。ありがとう、シュン……!」


 ホッとしたように息を吐いたレベッカは、フラカニャーナ達を振り返る。


「そういう訳だ。済まんがお前達は先に……」


「……クィンダムに行ってろって話なら聞く気はないよ。あんた達2人共残るのに私達だけ行っても、右も左も解らないじゃないか。あんたが残るなら私も残るよ」


「フラカニャーナ……いや、しかし……」


「あなたとはまだ決着が付いていない。巻き添えなんかで万が一にも死なせはしない。私も残る」


「お、おい、イエヴァ……」


「うふふ、お姉さま? 私は言うまでもありませんわね? お姉さまがいる所が私のいる所ですわ」


「ジ、ジリオラ……」


 どうやら3人とも梃子でも動く気はないようだ。レベッカが困り果てた顔をしている。どうやら3人ともレベッカに対して、一方ひとかたならぬ友岨を抱いている様子であった。舜は奴隷の剣闘士という辛い立場でありながら、これ程の絆を築く事ができたレベッカを尊敬した。


「……はあ。もういいですよ。ただし、本当にどうなっても責任は持てませんからね?」


 強情な女性達に若干呆れたような言葉を返す舜に対して、レベッカは嬉しそうに笑った。


「ありがとう、シュン。先程も言ったが、絶対にお前達の邪魔はしない。戦いになったら、離れた所に退避する。約束だ」


「レベッカさん……解りました。と言うか、早速その約束を守ってもらう時が来ましたよ?」


「え……?」 

「あっ!!」


 一瞬何を言われたのか解らないような顔をしたレベッカだが、フラカニャーナの叫びと、彼女が指差す方向を見て事態を把握する。

 




 ――そこに大きな虫翅を広げて空中でホバリングしている、一匹の巨大な「蟲」がいた。いや人間のような四肢を備えているので「蟲人間」と言った所か。


 蟲と表したのは、他に形容の仕方がなかったからだ。蜘蛛に「似た」形状の頭部。その口には百足むかでに「近い」大顎を備えている。そして甲虫の「ような」攻殻に覆われた身体。だがその虫翅は蜻蛉とんぼのそれに近い。額からは蝶のそれに似た触覚。肩口からは先程倒したギルサンダーのような蟷螂の鎌。脇腹からは鞭のようにしなる触腕が生えている。そして極めつけは臀部から生える巨大な蠍の尾。


 様々な蟲の長所のみを集めてごった煮したような……それは正に蟲の王者であった。


「……来たか」


 舜はレベッカ達を庇うように前に進み出る。〈王〉はゆっくりと飛来し、舜の前に着地した。




「ラーヴァナ様に言われて来てみたが……正直半信半疑だった。本当にお前なんだな、シュン……」


 〈王〉が喋った。奇怪な形状の口から発せられた言葉は、しかし不思議な程明瞭に響いた。


(ラーヴァナ……。それがこいつのバックにいる邪神か)


 やはり〈王〉1人につき、それぞれ別の邪神がついているようだ。この場を切り抜ける事が出来たら、フォーティアに詳しく確認しておこうと心に決めた。


「お前は、誰だ……!? 少なくとも浅井じゃないな。松岡? それとも金城か?」


 気になっていた事を確認する。レベッカからの話を聞く限り、浅井という線はまずない。となると残りは2人だ。〈王〉が嗤った。


「松岡か……。あいつなら北のミッドガルド王国にいる。守護神の影響か……何を考えているのかよく解らん奴になってしまったがな」


「……! なら、お前は金城か!?」


「その通りだ。久しぶりだな、シュン。いや、お前にはそれ程昔の事でもないのか」





 金城かねしろ篤志あつし。かつての松岡の取り巻きの1人だが、同時に学年トップの成績を誇る秀才でもあった。松岡のグループに加わり舜を虐待していたのは、親の過度な期待やそれに応える為の勉強漬けの日々に対するストレス発散の為。過去に金城自身がそう言っていた。


 秀才らしいクールな性格で、舜に対するいじめも、どこか一歩引いたようなスタンスであった。舜としてもあの倉庫跡の惨劇時、積極的に殺そうとまでは思っていなかったが、向こうが舜を取り押さえようと飛び掛かってきたので、揉み合っている内に刺してしまった、と言うのが正確な所だ。


 だがいじめに加担していたのは間違いないし、舜が彼を刺殺したのもまた動かしようのない事実だ。穏やかに話し合いで解決できるような関係でない事は確かであった。





「昔話をするような間柄じゃないだろ? その……ラーヴァナに言われて来たんだろう? ならさっさと始めないか?」


 魔力を高めた舜の右手には、既にサーベルが握られている。いつでも始められる。開幕と同時に吹き飛ばして、なるべくレベッカ達と引き離さなければならない。臨戦態勢で魔力を練り上げる舜に対して、金城は苦笑するように待ったを掛ける。


「まあ待て。殺し合いはいつでも出来る。それより連れに見知った顔がいるようだな。こんな所でいきなり再会するとは思わなかったが……。ギルサンダーも愚かな奴だ。こんな事をして、吾の耳に入らんとでも思ったか」


「……!」

 金城の視線を受けたレベッカが緊張に身を固くする。しかし決して視線は逸らさなかった。


「ふむ……もう一度聞こう。吾が憎いか? 吾を殺したいか?」


「……ああ、憎いさ。私の力不足が原因だとしても、お前を憎む気持ちは変わらん……!」


 金城の視線の圧力に屈しそうになる膝を叱咤して、懸命に金城を睨み付けるレベッカ。イエヴァ達3人が、そんな彼女を支える。


「ふ、そうか。ではシュンが吾を殺す事を祈っているが良い。或いは……更に吾を憎む結果となるやも知れんな。シュンの死によって……」


「……ッ!」

 レベッカが唇を噛み締めて、拳を握る。自分の無力さを憂いているのは明らかだ。これ以上はマズい。舜は金城の視線を遮るように進み出た。


「さあ、もういいだろ。早いとこ決着つけようじゃないか」


「ふ、せっかちな奴だ。いいだろう。ラーヴァナ様からの指示もある。どの道お前を逃がす訳には行かんからな。その女達を巻き込むのはお前も本意ではなかろう? 離れるように言ったらどうだ?」



 元々クールで大人びた性格をしていた金城だが、どうやら舜のいないこの5年の間に、〈王〉としての生活で更に老成したらしい。元が日本の高校生とは思えないような貫禄であった。 


 レベッカは〈王〉、つまり金城は彼女達を人質にとったりはしないと言っていたが、それが当たった形だ。金城の事を理解しているような言動に若干複雑な気持ちを抱くが、レベッカ達を巻き込まずに済むならそれに越した事はない。



「……お前に言われるまでもない。レベッカさん、下がっててください。約束は絶対に守って下さいよ?」


「うむ……済まない、シュン。武運を祈る」



 それだけ言うと、レベッカはイエヴァ達と共に離れていった。

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