第106話 立ちはだかる障害
「ロイド殿……。何から何まで世話になった。本当に礼を言う」
「礼を言うのはこちらの方だよ。君のお陰で僕は彼女と……アンリエッタと再会できた。君の力無くしては絶対に不可能だった。本当にありがとう」
ラークシャサ王国の最南東にあるマーリーチャの街。時刻は早朝。旅支度を整えたレベッカ達はロイドに見送られ、ここから一路クィンダムに向けて旅立とうとしていた。彼女の後ろにはジリオラ、イエヴァ、フラカニャーナの3人の女達の姿があった。レベッカはいつもの白銀のビキニアーマー、他の3人も剣闘士として身に着けていた露出鎧に外套を纏った姿で、それぞれ愛用の武器も携えていた。
「閉会式」の後、魔力治療で一命を取り留めた彼女らは、改めてロイドから事情を聞かされクィンダム行きを了承したのであった。ジリオラは勿論だし、イエヴァとフラカニャーナもレベッカと決着を付ける事に拘り、彼女が剣闘士を辞しここを出て行くならと、自ら同行を希望した。
見送りにはロイドだけでなく、何故かキーンも来ていた。
「さて、僕が出来るのはここまでだ。もう君達は自由だ。だがそれは同時に僕の庇護から外れるという事でもある。これから先は、君達自身の力で道を切り開いて行かなければならない。いいね?」
「ああ……勿論だ」
レベッカは神妙に頷く。ここはクィンダムから最寄りの街ではあるが、それでもそれなりの距離はあるし、道中何があるかは解らない。魔獣に襲われる可能性もある。だがもうロイドらに頼る事は出来ない。後は自力で道を切り開いていくのみだ。
「ふん! 精々野垂れ死にせんようにな!」
キーンが憎まれ口を叩く。だが何だかんだで彼はヴァーリンからこのマーリーチャまでの道中、一行の護衛をしてくれていたのだ。レベッカの後ろからイエヴァが進み出てくる。
「ご主人様……いえ、キーン様。道中ありがとうございました。今まで……お世話になりました」
「! ふん……大枚はたいて買ったというのに、お前には大損させられたわ。クィンダムでもどこへでも好きに行くが良い。チャンピオンは空席になったのだ。お前などいなくとも、幾らでも優勝の目はあるというものだ」
「…………」
少なくともレベッカよりはキーンの人となりを知っているであろうイエヴァは、その言葉をどう受け取ったのかただ深々と頭を下げた。
「では……そろそろ行く。最後にもう一度礼を言わせてくれ。私を買ったのがあなたで本当に良かった。ありがとう、ロイド殿。この恩は忘れん」
「ああ……僕も君に出会えて本当に良かったよ。……元気で。武運を祈っているよ」
「うむ。では……さらばだ!」
そしてロイドとキーンに見送られながら、4人の女はマーリーチャの街を後にしたのであった……
****
そこからはひたすら歩き通しだ。クィンダムを目指して一路南東へ。昔は街道があったらしく、今は大分砂に埋もれて見分けにくくなっているが、辛うじて判別はついた。その街道の遺跡を目印に南下していく。周囲は殆どが砂に覆われた不毛の砂漠地帯である。所々にオアシスの湧き出ている場所があり、どうやらこの街道の遺跡はその点在するオアシスに沿って続いているようなのでありがたかった。
それでも照りつける灼熱の日差しの中での行脚は、かなりの体力を消耗させられた。灼熱人であるフラカニャーナはその面目躍如といった感じで全く平然としていたが、逆に氷雪人のイエヴァは特に辛そうであった。既にハルバードを杖代わりにして何とか歩いているといった有様だ。
「イエヴァ、大丈夫か? 次のオアシスまでもう少し距離がありそうだが……頑張れるか?」
「問題……ない!」
気遣われるのはプライドが許さないのか、意地になっている様子だ。そんなイエヴァを見てフラカニャーナが笑う。
「何だい、これっぱかしでダラシないねぇ! 氷雪人てのは随分軟弱だねぇ」
「……あなた達と一緒にしないで。ここが氷壁山脈だったら立場は逆転する」
氷壁山脈とはこの大陸の北端に連なる極寒の大地だ。永久凍土が広がり猛吹雪が吹き荒れる死の世界と言われている。
「へぇ、そんなモンかい? 寒けりゃ厚着すりゃ済む話だろ?」
「あの地獄は体験した者にしか解らない。あなたじゃあっという間に凍死」
たらればの不毛な言い争いをしている2人を尻目にジリオラが話しかけてくる。
「お姉さま、クィンダムとはどんな所なんですの? 私、子供の時もタルッカ女王国には行った事が無くて……」
「うむ? ……そうだな。とても良い所だぞ。気候も通年過ごしやすく穏やかだ。尤も乾季と雨季に分かれていて、雨季になると連日の雨でかなりジメついたりはするがな。乾季でも地下水が豊富だから水不足の心配もない。文化に関しては正直発展途上もいい所だがな……。そして何よりの特徴が国全体を覆う『神膜』の存在だ」
「神膜……。話には聞いていますが、ほ、本当に進化種が入って来れないんですの?」
「入って来れないのは〈貴族〉以上の進化種だけだ。〈市民〉や変異体は侵入可能だ。だからこそ『侵攻』を受けて、私も捕まったのだが……。ただ〈市民〉でも長時間の活動は無理だし、神膜内で魔力が枯渇したら補充も出来ずにその場で死んでしまうから、通常そう頻繁にはやって来ない」
「……進化種がいない国。本当にそんな夢みたいな国があるのですね……」
話を聞いてもジリオラは半信半疑といった様子だ。いや、頭では理解しているのだが実感が湧かないといった所か。その反応を見て、レベッカは今まで自分達が如何に恵まれた環境にいたかを実感した。そして同時にやはりクィンダムの存在意義はあるのだと改めて感じ、少し誇らしくなった。
「このまま下って行けば遠からず神膜内に入れるはずだ。そうすれば嫌でも実感が湧くさ」
そんな会話をしつつ街道を下っていく一行。そしてもうじき次のオアシスに差し掛かろうかという所まで来た時だった。
****
「……嬢ちゃん。いや、レベッカ。気付いてるかい……?」
フラカニャーナがそれまでの呑気な態度を一変させて、表情を引き締めつつレベッカに警告してきた。
「うむ……あまり穏やかでは無さそうだな」
ロイドによって鍛えられたレベッカの感覚も、先程から「それ」に反応していた。ジリオラと疲労困憊のイエヴァはまだ気付いていないようだ。ジリオラがレベッカ達の反応を見て不安そうな様子になる。
「ど、どうしたんですの、お姉さま? ま、まさか魔獣でも……?」
「魔獣……
「……え?」
ジリオラの目が点になる。魔獣よりも危険な存在……。そんな物はごく限られている。イエヴァもようやく現状を認識したようだ。
「私とした事が……不覚」
レベッカ達は既に外套を脱ぎ捨てて、得物を構えて戦闘態勢に入っていた。イエヴァも遅ればせながらそれに倣う。ジリオラだけがまだ慌てていた。
「お、お姉さま……!?」
「ジリオラ、外套を脱いで武器を取れ。逃げ隠れ出来る相手では無さそうだ。……戦闘になるぞ」
「……ッ!」
戦闘と言われて、ジリオラも慌てて外套を脱いで
女達が緊張して待ち構える中……街道の先、オアシスのある方角から「それ」は現れた。遠目にも解る異形。進化種だ。人型のシルエットに肩口から生える二本の長大な鎌……。
「あれは、まさか……」
「ちっ……すんなりとは行かしてくれないって訳かい……ケツの穴の小さい男だね!」
忌々しげなフラカニャーナの舌打ち。かなりの速さで迫ってきた「それ」は、やがてレベッカ達の前で立ち止まった。
「クックックッ……どこへ行こうというのかね、剣闘士達よ」
耳障りな声で慇懃無礼に問いかけてくる……カマキリ男、ギルサンダー〈侯爵〉だ。元主人に対して、フラカニャーナが他の3人を庇うように前に出る。
「何のつもりだい、侯爵? あたし達は〈王〉によって正式に奴隷から解放されたんだよ? 見送りにでも来たのかい?」
「クク、減らず口もそこまでだ。この私を
「……!」
「つまり、ここでお前達を殺すのも……もう一度捕えて奴隷にするのも自由という訳だ」
「な……!」
「他の〈貴族〉の奴隷を勝手に害する事は〈王〉によって禁じられている。ロイドも愚かよな。どうせなら神膜の「境目」まで連れて行ってから解放すれば良かったものを……。目当ての女が手に入って色ボケしたようだな」
「貴様……!」
レベッカが気色ばむ。当初ロイドは正にそれを提案したのだ。しかしそこまで世話になる事は出来ないと、自立する意味も込めてレベッカ達の方でそれを辞退したのだ。ロイドもレベッカ達の覚悟を認めてそれを受け入れた。事情を知らないこんな男に、それを揶揄させはしない。
「さて、お喋りはここまでだ。お前達は全員私の奴隷となって死ぬまで剣闘士として闘うのだ。異論は認めん」
「ふざ……けるなぁっ!」
余りにも傲慢で一方的な物言いにレベッカは激昂する。全員が武器を構えてギルサンダーに闘志を向ける。
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