第103話 大激戦


「はぁ……。こりゃ駄目かね、やっぱり」


 無様に転がって呻く2人を見ながら、フラカニャーナが溜息を吐く。



「く……そ! おい、イエヴァ。とりあえず休戦だ。まずあの化物をどうにかせねば……!」


「……賛成」



 まともに一対一で闘っても危うい、という相手だ。ましてやイエヴァの動向まで気にしていて勝てる相手ではない。それはイエヴァにしても同様だ。まずは全力で目の前の脅威を排除する、という方向で2人の利害は一致した。


 苦痛を堪えて立ち上がる2人。フラカニャーナは追撃もせずに余裕の体で大剣を担いでいる。


(すぐにその余裕の皮を剥いでやるぞ!)


 今度はレベッカが先陣を切る。盾を前面に構えながら突っ込んでくるレベッカを見て、フラカニャーナがニィっと笑う。大剣の柄を両手で握る。


(……来る!)


 と思った瞬間に轟音と共に大剣が唸りを上げて横薙ぎに迫ってくる。剣の重量に灼熱人の膂力を加えたその斬撃は盾で受けるのは勿論、バッシュすら困難だ。下手したらこちらの盾が弾かれてしまう。

 レベッカは身を屈めて薙ぎ払いを回避する。斬撃が空を切る。振り抜いた瞬間の隙を狙って剣を突き出す。後方へ跳んで躱せば『目』で追いかけて追撃するだけだ。そう思って放った牽制の一撃だが……


「おらぁっ!」

「何っ!?」


 何とフラカニャーナは後方に逃げずに、その膂力で強引に切り返しを行ってきた。回避は間に合わない。咄嗟に盾で受ける。慣性の法則を押さえ込んだ強引な切り返しなので威力は落ちているが、それでも盾越しに凄まじい衝撃を感じ、腕が痺れ身体がよろめく。


「……ッ!」


 顔を顰めるレベッカ。フラカニャーナはその勢いを殺さず、タックルを仕掛けてくる。その巨体と筋力によるタックルは充分な武器だ。たまらず後方へ弾き飛ばされるレベッカ。フラカニャーナが間髪入れず大剣を振りかぶる。だがそこに側方からイエヴァがハルバードで突きを放ってくる。


「ちっ!」


 舌打ちしたフラカニャーナが飛び退って突きを躱す。ターゲットをイエヴァに変更して、振りかぶったままの大剣を唐竹割りに斬り下ろす。身を逸らしてそれを躱したイエヴァが、今度はハルバードの斧を薙ぎ払う。大剣を振り下ろしたばかりの硬直したフラカニャーナに、それを躱す術はない。


 当たるっ! と誰もが確信したその時――



「……っらあぁぁっ!!」



 叫び声と共にフラカニャーナがに飛び上がった! あの登場時の超人的な跳躍力を発揮して、何とイエヴァの薙ぎ払いをジャンプして躱したのだ。


「……ッ!?」

 必中の一撃を躱され僅かに体勢の崩れるイエヴァ。そこにフラカニャーナが飛び上がった体勢から剣を振り下ろしてくる。


「ぐぁっ……!」


 宙に飛び上がった腰の入っていない体勢からの斬り下ろしだが、それでもイエヴァの肩口を斬りつけ出血させる威力はあった。左肩を斬られたイエヴァが苦痛の呻きと共に思わず膝を着く。そこに着地したフラカニャーナが容赦なく追撃を放つ。身体を回転させるようにして身体ごと大剣を旋回させての薙ぎ払いがイエヴァに迫る。負傷して膝を着いているイエヴァは躱せない。思わず目を瞑るイエヴァ。だがそこに……


「させんっ!」


 割って入ったレベッカが盾を上に跳ね上げるようにして大剣の先を殴りつける。タイミングが僅かでもズレれば自分ごと両断されるような薙ぎ払いに、しかしレベッカは全神経を集中させ大剣の先端を盾で打ち上げる事に成功した。


「……何!」

「ぐぅ……!」


 大剣を跳ね上げられ、フラカニャーナが初めて驚愕の声を上げる。レベッカもバッシュを成功させながらも、その余りの衝撃に呻く。しかしこの絶好のチャンスは逃せない。左腕の痺れを無視して、強引に剣で斬りつける。


「ちぃっ!」


 フラカニャーナが咄嗟に蹴りを放ってくる。左腕の痺れから盾を動かせないレベッカは、その蹴りをまともに喰らってしまう。だが同時にレベッカの斬撃もフラカニャーナに届いていた。

 胴体に斜めに切り傷が走る。だが蹴りによって僅かに斬撃が逸れていて、致命傷には至らない。



「は、ははははっ! いい! いいよ、あんた達! 最高だ! もっとあたしを燃えさせてくれっ!」



 胴体に決して浅くない傷を負ったというのに、フラカニャーナの目はむしろ先程までより爛々と輝いていた。大剣を振り上げて迫ってくる。



「ぐぬぅ……! 化物め、怯むどころか更に……!」


「……戦闘狂ね」



 その様子にレベッカが呻く。辛うじて体勢を立て直したイエヴァも合流する。だがレベッカは先程の蹴りで左腕が折れたのか、まともに動かなくなっていた。イエヴァも左の肩口を斬られてかなりの出血をしていた。両手持ちのハルバードを振るうイエヴァとしては戦力は激減だ。レベッカも盾が使えないのは痛い。


(この状態でまともに打ち合えば、確実に押し負ける。ならば……)



「私が隙を作る。合わせろ!」

「……!」



 細かい打ち合わせの余裕など無い。返事も聞かずにレベッカは前に出る。盾は使えない。ならば『目』に頼るしかない。


(自分を信じろ。ロイド殿との修行を思い出せ……!)


 凶悪な大剣につい意識が逸れそうになるのを必死に抑え、フラカニャーナの「全体」を視野に収める。肩や体幹、目線の僅かな動きから予測する。斜め上段からの斬り下ろしを最小限の動きで見切る。


「うるあぁぁっ!!」


 フラカニャーナが傷を物ともせずに怒涛の連撃を放ってくる。盾が使えない今のレベッカでは、一発でも当たれば致命傷だ。レベッカは心を無にした。全ての雑念を忘れる。今彼女の頭にあるのは目の前の灼熱人だけだ。

 首を狩る軌道を間一髪で伏せる。唐竹割りの一撃を身を逸らして躱す。薙ぎ払いを後ろに引いて躱す。全て紙一重のタイミングだ。今、レベッカの集中力はかつてない程に研ぎ澄まされていた。


 やがて流石のフラカニャーナにも疲れが出てきたのか、動きが僅かに鈍る。下段からの斬り上げを躱すと、フラカニャーナはその勢いを殺せず、大剣を大きく振り上げた状態となって、胴体が一瞬がら空きとなる。

 その隙を逃さずレベッカは前に踏み込む。裂帛の気合と共に剣を突き出す。……が、フラカニャーナの口が笑みに歪められる。


 彼女は何と大剣をそのまま手放した。そして体を捻って剣を躱すと共に、自由になった手でレベッカの右手を掴み取る。


「はっ! 掛かったねぇっ!」


 斬り上げを躱された後の隙はフラカニャーナの誘いだった。レベッカの攻撃の手を封じたフラカニャーナは、空いているもう片方の手で貫手を作る。


「死ねやぁっ!」


 レベッカの顔面ごと貫く勢いで貫手を放つ。腕を取られているレベッカに躱す術はない――。だがそこでフラカニャーナは、レベッカの口の端もまた笑みに吊り上げられている事に気付いた。


「シャアアアァァッ!」

「……ッ!?」


 そこに、興奮したフラカニャーナが半ばその存在を忘れかけていたイエヴァが、右手のみで腰だめにハルバードを構えて吶喊してくる。レベッカを今まさに仕留めようとしていたフラカニャーナは、横合いからの奇襲に対処し切れない。咄嗟に胴体を逸らして回避するが、左腕を切り裂かれてしまう。


「ちいっ! この……小娘がっ!」


 怒りに我を忘れたフラカニャーナが右腕を突き出し、イエヴァの喉を掴む。そのまま凄まじい握力で締め潰そうとするが……左腕を切り裂かれた・・・・・・・・・事の意味を失念していた。



「あ…………」



 その腕が抑えていたレベッカの剣が解き放たれ……フラカニャーナを斜め下から逆袈裟斬りにした!



「っ……! ぁ……!」


 声にならない苦鳴と共に、フラカニャーナがゆっくりと仰向けに地面に倒れた。最初に受けた傷と合わせてX字に胴体を切り裂かれた彼女が起き上がってくる気配はない。




 ――「無敗」のチャンピオンが地に沈んだ瞬間であった。




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