第102話 無敗のチャンピオン

 そしていよいよ午後……。チャンピオン戦の時間となった。しっかりとコンディションを整えたレベッカは、愛用の剣と盾を手に、満を持してリングへと臨む。



「では……行ってくる」


「ああ……僕から言う事は何もないよ。ただ全力で戦えばそれでいい。まあ、想定していた試合内容ではなかったけどね。大きな問題ではないよ」



 先の二回戦の結果から、レベッカとイエヴァの2人同時優勝となった。その為2人共がフラカニャーナに挑戦する権利を得たのだ。


「お、お姉さま……ご武運をお祈りしていますわ」


「う、うむ。済まんな、ジリオラ。それでは行ってくる」


 ロイドと、頬を赤らめてうっとりとした様子のジリオラに見送られてチャンピオン戦のリングに上がっていく。



 時刻は昼を回り、マルドゥックから注がれる日差しが、白銀のビキニアーマーとそこから剥き出される健康的に日焼けした白い肉体を輝かせていた。


 反対側の門からはイエヴァが姿を現した。青い氷雪人の甲冑を改造した露出鎧に、長いハルバードを携えた姿。2人はリングの中央で向き合う。



「ダメージは回復したようだな。安心した。そのお陰で私が勝ったと思われるのは心外なのでな」


「私が勝つからその心配は無用。あの灼熱人も一緒」


「ふ……それは楽しみだ」


 闘志をぶつけ合う2人。そこに司会役のアナウンスが入る。




『皆さん! いよいよ真の決勝戦、チャンピオン戦が始まるぞ! まずはあの激闘の二回戦を制した勇敢にして精強なるレベッカとイエヴァの2人に盛大な拍手をッ!!』




 観客達から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。



『ありがとう、皆さん! それではいよいよ真打ちだ。難攻不落! 絶対不敗! 幾多の挑戦者を無情にも下し、その圧倒的な強さで王座を守り続ける永世闘士! 〈チャンピオン〉フラカニャーナの登場だぁっ!!』



 再び沸き起こる歓声。



 レベッカもイエヴァも、門の方を注視するが、誰かが入ってくる気配はない。不審に思ったときイエヴァが貴賓席のある方を指さす。


「あっ!」


 レベッカも釣られてそちらの方を見て……目を見開いた。




 貴賓席の最前列……そこにフラカニャーナがいた。一体いつからそこにいたのか、レベッカには全く解らなかった。遠目にも解る堂々たる巨躯。その身体を支える極限まで鍛え抜かれた焦げ茶色の肉体。特徴的な黒の長いドレッドヘア。


 その身体には獣――恐らく魔獣――の骨を加工したような露出度の高い鎧を纏っていた。そしてその手には……


(あ、あれは剣、か……? 何という大きさだ……!)


 いわゆる両手持ちの大剣ツーハンデッドソードという代物だ。武骨な鞘に覆われているが、あの鞘がハッタリでないのなら、フラカニャーナの背丈と同じかそれ以上の刀身の長さがあることになる。幅や厚みも相当ありそうだ。


 大剣を肩に担いだ体勢のフラカニャーナは、その場でグッと腰を屈める。


(な……ま、まさか!?)


 貴賓席は最前列でもアリーナまで相当な高さと距離がある。それを、ましてやあんな大剣を担いだ状態で――



 ――ダンッッ!! と、大きな音が鳴り響いた。フラカニャーナが貴賓席の床を蹴った音だ、と気付いた時には、その黒い巨体は宙を舞っていた。レベッカとイエヴァが思わず目を瞠る中、空中を跳んだフラカニャーナが、ズズウゥゥンッ! と地響きが立ちそうな音や衝撃と共に2人の眼前に着地した。



(ば、馬鹿な……。あの高さ、あの距離を一足飛びだと!? こ、こいつ本当に人間か!?)



 余りにも強烈なインパクトの登場の仕方にレベッカは、気圧され戦慄してしまう。イエヴァも既に頬を冷や汗が伝っていた。登場だけで2人の挑戦者を存分に威圧したチャンピオンが、着地の衝撃など一切感じていないかのように、すくっと立ち上がった。


 デカい。浴場でも感じたが、こうして改めて正対するとその巨躯は一際大きく感じられた。レベッカもイエヴァも女性としては長身だが、その2人より更に頭一つ抜けている。そしてその長身に見合うだけの、鍛え上げられた筋肉による厚み。



「へぇ、誰かと思ったらあの箱入りお嬢ちゃんじゃないかい。ここにいるって事は、あれから少しは成長したのかい?」



 その黒い肌とは対照的な、真っ白い歯を剥き出しにして獰猛に笑うフラカニャーナ。レベッカはこれ以上気圧されまいと懸命に胸を張る。


「……すぐに解る事だ。そうして余裕の表情をしていられるのも今の内だ」


 フラカニャーナが目を細める。まるで肉食獣が獲物を前にして品定めをしているかのような視線だ。



「ふぅん。こりゃ、意外と楽しめそうかねぇ……?」


 そこにイエヴァが割り込んでくる。


「あなたを倒すのは私。灼熱人より私達の方が強いと証明する」


「おや? 氷雪人とはまた珍しいのを引っ張り出して来たねぇ。ま、精々頑張んな。無駄だと思うけど」


「……!」

 余裕に満ちた態度にイエヴァのまなじりが吊り上がる。ハルバードを握る拳に力が入るのがレベッカにも解った。



「あはは! まあ何でもいいさ。あたしを満足させてくれるならそれでね!」



 豪快に笑いながらフラカニャーナが大剣を鞘から引き抜く。やはりハッタリではない。その巨大で重量感に溢れる刀身は、それだけで見る者を威圧するには充分だった。鞘を投げ捨て大剣を両手持ちに構える。それを受けてレベッカとイエヴァも自分の得物を構えて距離を取る。


 既に闘志は充分だ。いつでも始められる。




『準備はいいかぁっ!? 三つ巴の戦い。最後に立っていた1人がチャンピオンだ! それでは……チャンピオン戦、始めぇっっ!!』



 観客達の割れんばかりの歓声と共に、最後の一戦の火蓋が切って落とされた。



「ふっ!!」


 最初に動いたのはイエヴァだ。ハルバートを構えたまま腰を落として姿勢を低くしながらフラカニャーナに突っ込む。フラカニャーナは剣を担いだまま動かない。肉薄したイエヴァがハルバードを横薙ぎに振るう。フラカニャーナはその大剣を恐ろしいほどの速さで動かして、薙ぎ払いを受け止める。が……イエヴァの口の端が吊り上がる。


「かかった」


 大剣にハルバードのポールが引っ掛かっていた。ハルバードはポールアックスとも呼ばれ、斧とは反対側に相手の足や武器を引っ掛ける為のポールが付いている。これで相手を転倒させたり武器を奪ったりするのもハルバードの使い方の一つだった。


 イエヴァは渾身の力でポールを引く。だが……


「ッ!?」

「おいおい、それで力入れてるつもりかい!」


 何とイエヴァが両手と身体全体を使って全力でポールを引いているにも関わらず、フラカニャーナは剣を片手に握っているだけで拮抗していた。いや、拮抗どころではない――



 相手が硬直している隙を狙って、レベッカが剣を構えて突っ込む。イエヴァが大剣を封じている間にフラカニャーナを攻撃しようとするが……


「ふんっ!」

「……っぁ!?」


 フラカニャーナが空いている手でハルバードの柄を掴んで、思い切り振り回した。全力で踏ん張っていたはずのイエヴァがその力に抗えずに宙を舞う。そのまま柄を薙ぎ払って、まだハルバードを掴んだままのイエヴァごとレベッカに叩き付ける。


「がは……!」


 イエヴァの身体を叩き付けられたレベッカも一緒に吹っ飛んでしまう。2人してもつれ合うようにリングに転がる。



 ――開始早々地を這う2人の挑戦者。フラカニャーナはまだ大剣を振るってすらいないと言うのに……!


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