第100話 第二回戦開幕!

「くそ! ふざけるな! あんな馬鹿げたルールがあっていい筈がないっ! こちらに負けろと言ってるような物だろうがっ!」



 闘技場の控室。〈王〉を含めた観客達の投票と賭け金の収集の為に、一旦小休止が設けられた。部屋にはレベッカとロイド……だけでなくイエヴァとその小屋主のキーン伯爵がいた。


 キーンは余りにも不平等な条件に怒り狂っている。相手側の6人チームも別の控室で小屋主の〈貴族〉達を交えて作戦会議の真っ最中だろう。

 ロイドも思案するように腕組みをしている。



「……流石に小屋主の援護ありまでは予想外だったね。〈男爵〉2人に〈子爵〉3人、そして〈伯爵〉が1人……」


「ああ、そうだ! 他の5人だけでも厄介なのに、ドーニンの奴までいるんだ! もう終わりだ! くそがっ!」


 キーンが忌々し気に吐き捨てる。恐らくそのドーニンとやらが〈伯爵〉なのだろう。



「落ち着いて下さい、伯爵。まだ負けると決まった訳ではありませんよ」


 ロイドは意外と冷静な態度であった。


「何だと? 貴様何故そんなに落ち着いてる!? 貴様はこの女に全財産を掛けたんだろうが! こいつが負けたら貴様は明日から家無しの浮浪者だぞ!?」


「冷静に考えてみて下さい、伯爵。確かにドーニン伯爵ら6人と戦ったら、恐らくこの2人は秒殺されるでしょう」



「そうだ! だからもう……」


「冷静になって下さいってば。実際に戦うのはドーニン伯爵らではなく、6人の剣闘士達ですよ?」



「それがどうした!? 大して変わらんだろうが!」  

 

「大違いですよ。戦闘形式は8人が入り乱れるランブル戦です。侯爵は、援護は攻撃魔法のみと限定しました。直接割り込みが出来るならともかく、攻撃魔法のみで入り乱れて戦う味方を的確に援護出来ますかね?」


「……む!」


「下手したら誤爆で、味方や自分の剣闘士を吹き飛ばしてしまいますよ。恐らく使える魔法はかなり限定されてくるはずです。……まあ勿論それでも充分厄介ではありますが、戦い方次第では全く勝機なしという訳でもないんじゃないですか?」



「ロイド、貴様……」


「僕は諦めてませんよ。レベッカの強さを信じていますからね。あなたは自分が鍛えてきた彼女の事を信用しないんですか?」


「ぬ……! ふ、ふん! 貴様に言われるまでもない! この程度、逆境の内にも入らんわ! そうだな、イエヴァ!?」


「……はい。ご主人様」



 果たして現状を認識しているのかどうか、何ら動揺した様子もなく、自然体で静かに答えるイエヴァ。レベッカが彼女の声を聞いたのはこれが初めてである。


「よし、それじゃ時間もないし早速作戦会議に入りたいけど宜しいですか、伯爵?」


「ふん! さっさと決めるぞ!」



****



 そして数刻の後、いよいよ「第二回戦」が開始される時間となった。観客席は既に満員だ。そして〈王〉の姿もあった。レベッカはイエヴァと並んでリングへと上がる。


(まさかこやつと共闘する展開になるとはな……)


 フラカニャーナと同様、倒すべき敵という認識であっただけに、この事態にやや戸惑いはあった。イエヴァの方は相変わらず無表情で何を考えているか解らない。だが作戦会議では頷いていたので理解はしているはずだ。


(本当に大丈夫か……? しっかりしてくれよ、頼むぞ)


 一抹の不安を抱きつつもリングに上がったレベッカ。相手の6人は既にリング上に並んでいた。その周囲、アリーナの壁際に6人の進化種がリングを囲むように等間隔に並んでこちらを向いていた。小屋主達だ。その中の1人、髪切虫の進化種の位置を確認する。髪切虫と人間を掛け合わせたような姿……あれがドーニン伯爵だ。特に注意するようにと、キーンからしつこく念を押された。





『さあさあ、皆さん。長らくお待たせしました! いよいよ変則ルールの第二回戦の始まりだ! 果たしてレベッカとイエヴァの2人は、6人もの剣闘士を相手にして、更にその小屋主達の魔法を掻い潜って勝利を掴む事が出来るのか!? この世紀の一戦、注目、刮目、瞠目だぁっ!!』



 ――ワアァァァッ!!



 司会に煽られて〈市民〉達が熱狂する。


(瞠目って……お前らそもそも身体構造上、瞠目やら刮目やら出来るのか?)


 と、どうでも良いことに内心でツッコミを入れるレベッカであった。




『始めぇっ!!』



 司会の合図と同時に――6人の剣闘士達は一斉にレベッカ達から距離を取る様に散開した。


(やはりそう来るか……!)


 ロイドが指摘した問題点は、当然相手側の小屋主達も把握しているだろう。こういう戦法を取ってくる事は予想されていた。相手側の剣闘士と距離が離れれば、小屋主達からの良い的だ。それだけは何としても阻止する。この状況に対してロイドが提示した作戦は……


「……先に行く」

「あ! こらっ!」


 その無気力そうな声や表情とは裏腹の凄まじい踏み込みで、イエヴァが相手方の一番端にいる剣闘士に狙いを定めて突進する。レベッカは慌ててその後に追随する。 


「足並みを揃えろと言われてるだろ! 勝手に突っ込むな!」


「……あなたが遅いだけ。もたもたしてたら狙い撃ちされる」


「ぬ……!」


 そうしている内に小屋主達からの第一波が放たれる。



「来るぞ!」


 最寄りの〈貴族〉――天道虫人間の〈男爵〉から放たれた火球が2人に迫る。今のレベッカには神術の障壁がない。まともに当たったら一発で丸焦げだ。勿論イエヴァも条件は同じだ。

 2人は身を投げ出すように前方に転がりながら回避。そのまま素早く起き上がって走り出す。一瞬たりとも足は止めない。


 自分がターゲットにされたと悟った剣闘士は青ざめながら逃げようとする。そうはさせない。イエヴァがその長い武器のリーチを利用して先制攻撃を仕掛ける。レベッカが目を瞠る程の鋭い一撃だ。だが剣闘士は顔を引きつらせながらも辛うじて回避する。曲がりなりにも〈貴族〉に鍛えられた剣闘士達だ。決して弱くはない。だからこそ……


「むんっ!」

「ぎゃふっ!?」


 回避した直後の隙を突いてレベッカが小盾で相手の鼻面を思い切り殴り付ける。剣闘士は鼻血を噴いて昏倒した。後5人。



「……剣で刺す事も出来た筈だけど?」


「剣闘士といっても奴隷には違いない。殺さずに済むならそれに越した事は無い」


「……優しいのね」


 話している間にも息を乱さず走り続ける2人。




 これが小屋主の援護がない単に2対6の戦いだったら、2人で分散してそれぞれで戦っていた。それが可能な実力が2人にはあった。だがこのルールでは1人を倒すのに時間を掛けられない。小屋主達からの魔法が次々と飛んできて、状況が加速度的に悪くなっていくからだ。


 そこでロイドが提示したのが、この2人掛かりでの迅速各個撃破作戦だ。2人組になる事で視野も広がり、攻撃魔法への対処がしやすくなるというメリットもある。また相手側も1人ずつ各個撃破を狙ってくる可能性がある。それを防ぐ目的もあった。


「左」

「……む!」


 イエヴァの警告で飛んでくる石礫を認識し回避する。今度は反対側から光球の魔法が迫っているのにレベッカが気付く。


「右後方!」

「……!」


 警告に素早く反応したイエヴァと共に転がるようにして魔法を回避。次のターゲットへの接近に成功した。



「くそっ!」


 剣闘士が持っている長槍を突き出してくる。破れかぶれながら中々の鋭さだ。だがレベッカの『目』を欺く程ではない。


「ふっ!」


 下から叩き上げるようにして、盾を槍の穂先に叩き付ける。槍が跳ね上がり一瞬体勢が崩れる剣闘士。そこにイエヴァがハルバードを反転させて、石突きの部分を相手の鳩尾に突き入れる。


「がふっ……!」


 呼気を吐き出すような音と共に剣闘士が崩れ落ちる。残り4人。



「……お前こそ今のは普通に槍で突く方が容易だったと思うが?」


 イエヴァが肩を竦める。


「手加減は余裕の証拠。あなたに出来る事は私にも出来る」


「! ふ……なるほど」


 どうやら見た目や言動とは裏腹に相当の負けず嫌いらしい。そしてレベッカはそういう奴は嫌いではなかった。



 そうしている間にも次なる魔法が飛んでくる。2方向から同時に巨大な石礫が迫る。自軍の剣闘士を巻き込む危険性から、攻撃範囲の広い魔法は撃てない。来る方向さえ解っていれば、例え同時攻撃でも回避は難しくない。ただイエヴァと分断されるのは避けたい。


「前! 飛ぶぞ!」

「……!」


 再び前転して回避する2人。ぶつかり合った石礫が派手に砕け散り、破片が2人に降り注ぐ。


「……ッ」

 だが2人共多少の苦痛など物ともせずに流れるように身を起こして前進する。次のターゲットは目前だ。そこに……


「後ろ。分かれて……!」

「……ぬ!」


 本能的に指示に従う。咄嗟に左右に分かれた2人の間を、後方に位置する〈貴族〉が放った電撃の魔法が通り抜ける。間一髪のタイミングだった。


「ぎゃあああっ!!」


 2人が避けた事で前方にいた剣闘士が電撃を浴びてふっ飛ばされる。思わぬ僥倖ぎょうこうだ。残り3人。




 3人の内2人が各個撃破を避ける為に徒党を組んで襲い掛かってくる。願ってもない。レベッカはほくそ笑む。


「イエヴァ!」

「左は任せて」


 間髪入れずに答えたイエヴァが、向かって左側にいる剣闘士に向かっていく。なら自分は右側だ。相手はロアンナのような取り回しの軽い短槍の使い手のようだ。


「ふっ!!」


 呼気と共に裂帛の突きを放ってくる。速い。ロアンナに比肩するだろう。だが……



「むん!」


 的確に軌道を見切って槍の穂先にバッシュを叩き付ける。体勢が崩れた所に素早く肉薄する。相手は慌てて後方へ飛び退るが、レベッカはその動きも予測して同じ軌道で追随する。


「!?」

 驚愕した剣闘士は苦し紛れに槍の柄で殴り付けてくるが、レベッカは冷静に剣でそれを跳ね上げる。胴体ががら空きになる。その隙を逃さず、小盾の先端で鳩尾を殴り付けた。


「がっ……!」


 一瞬で肺の空気を絞り出された剣闘士が昏倒する。以前までのレベッカならもう少し手こずっただろうが、ロイドとの『稽古』は彼女の才能を遺憾なく開花させていた。ロアンナに近い実力と思しき相手をいとも容易く打ち破っていた。



 見るとイエヴァも丁度相手の剣闘士を昏倒させた所だった。どうやらレベッカが手加減している内は、あくまで対抗するつもりのようだ。レベッカは苦笑する。



 残りは……1人。

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