第99話 特別ルール

「……お疲れ様。大丈夫かい……?」



 控室に戻るとロイドが待っていた。気遣わし気な声だ。『大丈夫』かというのは勿論、身体的な意味合いの事ではない。


「…………」

 レベッカは自分の剣を、それを振るった両手を見た。



 ――部下の……同胞の命を奪った自分の両手を。ヴァローナの喉を切り裂いた感触。そして彼女の驚愕したような目と、その苦悶の表情……。



「……ッ!」

 レベッカは目をギュッと瞑り拳を固く握りしめる。震え出しそうになっていた両手を強引に抑え込む。その彼女の様子を見ていたロイドから言葉が掛けられる。


「……大会は2日に分けて行われる。今日は1回戦の全試合が終わったら帰れる。……そうすぐに割り切れる物じゃないだろう。今日はもうゆっくり休んで」


「……済まない、ロイド殿」


 正直、精神的にかなり参っていた。この状態では次の試合にも差し障りがある。全試合が終わりロイドの家に戻るまでは驚異的な克己心で平常を保っていたレベッカだが、家の客室に入るなりその場に膝を着いて崩れ落ちた。



「く……うう……あぁ……!」



(済まん、ヴァローナ……! 全ては私の愚かさが招いた事態だと言うのに……! 私は……私はっ! 済まない! 済まないっ……!! 愚かで弱い私を許してくれぇっ……!)


 うずくまって両腕を掻き抱きながら、彼女は一晩中泣き続けた…………

 



****


 


 翌日。大会2日目。ロイドに連れられて朝食を摂ったレベッカは、再び闘技場の控室にいた。今日は〈王〉が観戦に来る日らしい。


(〈王〉……。そいつが『侵攻』の命令など出さなければ……)


 全てはあの『侵攻』から始まった。勿論自分達の力不足が敗因なのだが、大元の原因はそもそも『侵攻』を命じた〈王〉なのだ。恨みを抱くのも致し方ない事であろう。



「昨日カイルから聞いたんだけど、彼女……ヴァローナは、君が剣闘士として買われたという話を聞いてから、自分から志願してきたそうだよ。しかも大会では、観客の反感は買うし小屋主によっては罰もあるみたいだけど、必ず相手を殺さなくちゃいけないって明確なルールは無いんだ。余りにも実力差がはっきりしてる場合は見逃される事も多い。……あの結末を選択したのは彼女自身の意思だよ。君がこれ以上気に病む必要はないんだ……と言っても難しいだろうけどね」


「ロイド殿……。気を遣わせてしまって済まない。ありがとう。私ならもう大丈夫だ。全てを乗り越えて生き延びてみせると決めたのだ。むしろここで辞めたり負けたりしたら、ヴァローナの死も無駄になってしまう。それだけは絶対に認められん。あいつの為にも私は絶対に勝ち残ってみせる」



 それはレベッカの本心であった。全ては自分の決断の結果だ。ならば最後までその決断を後悔せずに貫く事。それがヴァローナや他の犠牲となった者達への手向けとなる。レベッカの心にもう揺らぎは無かった。


「……どうやら余計なお世話だったようだね。君は本当に強い女性だ。ならこの件について僕から言う事は何もないよ。……下馬評通りと言うか、イエヴァは順当に勝ち上がった。それも圧倒的な勝利だったよ。彼女は……もしかするとフラカニャーナに比肩するかも知れないね。キーンがあれだけ自信たっぷりだったのも頷けるよ」


「……!」

 レベッカも頭を切り替えた。そう……自分の決断を貫く為には目の前の障害――イエヴァやフラカニャーナに勝たなくてはならないのだ。


「僕の見立てでは、今大会では君とイエヴァが抜きん出ているね。まあ僕だけじゃなく他の〈貴族〉も皆同じ見立てだと思うけど。……だからこそちょっと気になるんだよね」


「気になる? 何がだ?」


「この大会が賭博の対象にもなってるって話はしたよね? だからこそ盛り上がるんだけど。でも今の所、君とイエヴァにオッズが偏り過ぎてる。勝敗の見えてる試合ほど観客は見てて詰まらないし、胴元は儲からない。他の小屋主も面白くないだろうし、ギルサンダー侯爵も大会を盛り上げる為に何か趣向を凝らしてくる可能性がある。……過去にもそういう例があったからね」


「趣向とは? 何か変わるのか?」


「うーん。基本的に侯爵のさじ加減一つで変則的にルールが変わるから、対策の立てようがないんだよね。勿論何事もなく通常通りの試合をしてくれるなら、それに越した事はないんだけど……」


「まあ解らぬ物を気に病んでいても仕方あるまい。何があろうと私は私の最善を尽くすだけだ」


「ふ……そうだね。その通りだ。あれこれ考えても仕方ない。出たとこ勝負だ」


「そういう事だ。ではそろそろ時間だな。行ってくる」


「ああ。君の無事と武運を祈っているよ」



****



 レベッカは控室を出て、リングへと上がった。そこには1回戦を勝ち上がった他の7人の女闘士が勢揃いしていた。イエヴァの姿もある。


 彼女は中原とは様式の異なる鎧を身に着けていた。手足と胴体には青い甲冑。腰の部分はスリットの入ったスカート状になっている。銀髪の輝く頭には頭頂部のみを覆う羽根付きの、甲冑と同色の兜のような物を被っていた。氷雪人の戦乙女が纏う、伝統的な戦装束だ。


 尤も見世物の色合いが強いこの大会の事、その鎧は大分改造されて露出度の高い仕様にさせられていたが。甲冑類はインナー用の服を着ずに素肌に直接身に着けているし、本来は膝下まで丈があったろうスカートも、太もものかなり際どい所まで露出したミニスカート状となっていた。


 その白い手には槍と斧が一体になったような柄の長い武器……槍斧ハルバードが握られていた。

 リング上に8人の闘士が揃った所で司会役の〈貴族〉からのアナウンスが入る。



『さあ、大会も2日目、ここからが本番だ! 一回戦を勝ち上がった勇敢にして精強なる美闘士8人に盛大な拍手をッ!』



 ――ワアァァァァッ!! と地鳴りのような歓声と拍手が巻き起こる。



『ありがとう、皆さん! さて、ここで超大物ゲストの紹介だ! 今日、この美闘士達の戦いを観戦する為にはるばる王都メーガナーダからお越し頂いた……このラークシャサ王国を治める偉大な支配者にして、この国を守る最強の進化種! 我らが〈王〉のお成りだぁっ!!』



 ――ウオォォォォッ!! と先程の歓声にも増して、凄まじい熱狂的な拍手が沸き起こる。



 貴賓席より更に高い場所――特別にあつらえられた広い豪華なスペースに1人の進化種が現れる。


(あれが……〈節足種〉の〈王〉……!)


 レベッカがその目で直接見る事になった三人目の〈王〉。その黒光りする甲殻は「一見」甲虫のようにも見えた。だが顔はどちらかと言うと蜘蛛に似ている。そして後ろには凶悪な外観の蠍の尾が鎌首をもたげていた。背中には巨大な虫翅。肩口には甲殻に覆われた巨大な鎌が突き出し、脇腹には蟻人のような触腕も備えている。

 様々な蟲の長所のみを取り入れて融合させたような……奇怪極まる姿であった。



 拍手に応えた〈王〉は、巨大で豪華な腰かけに座る。蠍の尾はどのようにしているのだろうと、どうでも良い事が気になった。そこで初めて〈王〉の他にも誰かいる事に気付いた。華やかだが露出の多い下品なドレスで着飾った美しい女性達が、〈王〉の側に侍っていた。数は6人程。引きつったり怯えたりしているその表情を見る限り、望んで侍っている訳ではなさそうだ。


 早速〈王〉がその内の1人の手を取って、自分の膝の上に抱き寄せる。そしてその腕や触腕で女性の胸や太もも、ドレスの中などをまさぐっていた。女性は必死に汚辱を堪えているような表情だ。


 レベッカはその光景を見て非常に不愉快になる。どうやら〈節足種〉の〈王〉は、〈鳥獣種〉の〈王〉と違って普通・・に女好きのようだ。暴力を受けている訳では無さそうだが、それでも女にとって愉快な状況であるはずがない。


(下種め……)


 レベッカは心の中で吐き捨てた。そうしている間にも事態は推移していく。




『さて! 〈王〉もお越しになり、今から第二回戦が開始される訳だが、ここで主催者のギルサンダー侯爵から通達がある!』


 貴賓席から例のカマキリ男が立ち上がる。やはり拡声の魔法を使用しているらしく、大音量で喋り始める。


『あー、諸君。静粛に願う。一回戦での各剣闘士の強さを考慮した結果、通常の試合では盛り上がりに欠ける可能性が高いと判断した。その為今大会では、「特別ルール」を適用する』


「……!」

 どうやらロイドが懸念していた事態になりそうだと察したレベッカは、視線を険しくしながらも次の言葉を待つ。そして……予想以上に厳しい条件が告げられた。



『ルールは単純だ。一回戦で圧倒的な強さを見せた2人の剣闘士……レベッカとイエヴァ。この2人対残りの6人によるチーム戦とする。形式は全員が同時に戦うランブル戦だ。それだけではなく更にハンデとして、6人チームにはそれぞれの小屋主による攻撃魔法の援護を許可する。2人チームの方は援護は不許可。以上の条件で二回戦を行う。この後改めて賭けの投票を受け付ける。対象は2人チームか6人チームかの2択だ。1人でも生き残った方の勝ちだ。〈王〉から〈市民〉の者達まで、条件を確認してよく吟味した上で再投票をするように願う。以上だ』



「なっ……」


 その余りにもこちらに不利な条件にレベッカは絶句するのであった……

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