第86話 海洋種戦、決着!
「ミリアリアさん、加勢しますっ!」
「! ラ、ライカ、殿……申し訳、ありま……」
魚人相手に苦戦していたミリアリアは、肩で大きく息をしながら、苦しげな表情で謝罪する。
「下がっていてください。後は私が……!」
莱香が魚人を挑発すると、それを警戒した魚人がターゲットを莱香に変更する。ミリアリアは疲労で崩折れて、片膝を着いて喘いでいる。すぐに復帰できる状態では無さそうだ。一対一となるが、莱香の心にもう怖れはなかった。
魚人が三叉の槍を突き出してくる。強化魔法を併用しているらしく、かなりの速さだ。だが直線的な軌道は落ち着いて対処すれば、見切る事は容易だ。莱香は太刀で受け止めるのではなく、横から斬り払うようにして柄の部分を狙った。膨大な神力を纏った太刀の斬撃を受けた槍の柄は、殆ど抵抗なく綺麗に切断された。
「ギッ!?」
慌てた魚人は槍の残りの部分を莱香に投げつけて牽制すると、素早く距離を取った。両手を身体の左右に掲げると、その掌に大きな石礫が形成される。
「……!」
石礫の魔法。それも2発同時だ。莱香は素早く魚人と距離を詰めようとするが、その前に石礫が飛んできた。斜め下に頭を突き出すようにして屈み込んで回避するが、そこに間髪を入れずに次弾が打ち込まれる。
「く……!」
回避できる体勢ではない。莱香は障壁を纏って防御する。激突する巨大な石礫。障壁によってダメージはほぼ無いが、衝撃で若干身体がよろめく。砕けた石片によって視界が遮られる。
「ライカ殿、上っ!」
「……ッ!!」
ミリアリアの警告。その時には既に、再び三叉槍を作り出した魚人がジャンプして、高所から強襲してくる所であった。回避は間に合わない。ならば――
「でやあぁぁっ!」
屈んでいた姿勢からそのまま伸び上がるようにして、魚人に向かって跳んだ。まさか向かってくるとは思わなかった魚人は驚いて硬直するが、今更攻撃は止められない。破れかぶれに突き出される槍の穂先を、身を捻って回避。そのまま太刀を上空に向かって斬り上げるようにして、魚人を下から逆袈裟斬りにした。
「グゥエェェェェッ!!」
絶叫と共に、地に落ちる魚人。傷口から大量の神力が流れ込んでおり、そのまま痙攣してやがて動かなくなった。
「……ふぅ。終わりましたね。ミリアリアさん、大丈夫ですか?」
相手を倒した事を確認して緊張を解いた莱香は、ミリアリアの安否を確認する。ミリアリアは呆然としていた。
「ラ、ライカ殿。あ、あなたは、いつの間にこんな……」
自分が苦戦していた相手をあっさり――と言うほどでもないが――倒してしまったのだ。訓練では人を傷付けるような行為に忌避感があった為、本領を発揮できていたとは言い難い状態であったのだ。だがその覚悟を固め、持てる神力を全開にした莱香は、訓練の時とは別人と言って良かった。
「私、もう目を背けないって決めたんです。舜を……そして自分達を守る為ならどんな事でもします」
「……!」
ミリアリアにも莱香の覚悟が伝わったようだ。息を呑むのが解った。
「さあ、後はロアンナさん達を……と、あちらも大丈夫そうですね」
クリスタが加勢した事で一気に戦局が傾いたようだ。短槍を巧みに操るロアンナは勿論の事、凶悪な形状のメイスを振り回すリズベットの戦い方も、堂に入った物であった。それぞれ3人の敵を同時に相手にしても引けを取らずに渡り合っていたが、そこに二振りのダガーを構えたクリスタが参戦。
ロアンナ達に気を取られている敵を、死角から次々と急所をダガーで刺し貫いていく様は、正に暗殺者そのものであった。その体捌きの素早さ、巧みさはロアンナ以上かも知れない。救援を受けたロアンナとリズベットも、思わず目を瞠った程だ。
それから幾らも経たない内に戦いは女達の勝利で決着した。襲ってきた〈海洋種〉の〈市民〉は一人残らず殲滅できた。
「クリスタさん! それにロアンナさん達も、お怪我はありませんか!?」
莱香が駆けつけると、3人共既に武器を納めていた。クリスタが莱香の方を振り向いた。
「ライカさん! ええ、こちらは皆大丈夫よ。そっちも無事に終わったようね。流石ね、ライカさん」
「い、いえ、そんな……。クリスタさんこそ、あんなに強かったんですね。驚いちゃいました……」
照れ隠しに莱香がクリスタの強さに話題を振ると、ロアンナ達も食い付いてきた。
「全くだわ。正直あなたと戦うのは私でも避けたい位ね。あの狼の〈貴族〉があなたを推薦した理由を実感したわ」
「ええ、本当に。あなたがクィンダムに来てくれて、とても心強く思いますわ、クリスタさん」
2人からの賛辞にクリスタが恐縮する。
「いえ、私など……。お二人こそ中々の使い手。私の加勢など不要だったかも知れませんね」
互いを称え合う空気の中、ミリアリアはその輪から外れて一人俯いていた。彼女だけ、結局1人も進化種を倒せていない。いや、それどころかあのまま莱香が加勢に来なければ、負けていた可能性が高い。
彼女は決して弱くはない。並の戦士ではそもそも進化種相手に持ち堪える事すら難しいのだから。だが今周りにいるのは、誰もが女性としては規格外の強さの持ち主ばかりだった。比較対象が悪かった。彼女らに並び立てるのは、それこそレベッカだけだろう。
ミリアリアはギュッと拳を握りしめる。そんな彼女の様子に気付いたリズベットだが、敢えて声は掛けなかった。今誰が何を言っても慰めにはならないだろう。これは彼女が自分で乗り越えなければならない事なのだ。
「さあ、予定外に時間を食ってしまったわね。早いとこ手前の島まで渡ってしまいましょう」
ロアンナに促されて、再び足早に進み始める一行。再度の襲撃はなく、無事に最初の島にたどり着く事が出来た。島の中に丁度良い木の洞を見つけたロアンナは、今日はここで野宿する事を告げる。早く神酒を手に入れたい莱香は気ばかりが焦る。
「でもネクタルの島はこの次にあるんですよね? だったら一気に駆け抜けちゃった方が……」
「落ち着きなさい。気持ちは解るけど、急いては事を仕損じるだけよ。さっきの戦いで時間を食ったというのもあるけど、今無理に行こうとすれば、ネクタル島にたどり着く前に今度は戻ってきた潮に流されて、全員海の底よ」
「あ……」
言われて莱香もその可能性に気付いた。そうだ。引き潮があるのだから、当然次には満ち潮が来る。
「ネクタル島はこの島より奥にあるから、当然干潮によって出来る「道」も今通ってきたものより不安定になるわ。満ち潮で水没するのも早い。「道」が出ている時間そのものが、最初の「道」よりも短いのよ」
今から全速力で駆け抜け、満ち潮が来る前にネクタル島にたどり着けるかは……少々分の悪い賭けと言っていいだろう。
「ライカさん、ここは彼女の言う通り安全策を取るべきだわ。万が一にも失敗は出来ないのだから、慎重に行きましょう」
「クリスタさん……。ええ、確かにそうですね。すみませんでした」
莱香は、ふうっと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。確かに自分は焦っていた。焦りは致命的なミスを引き起こす要因ともなる。
「一刻も早くシュン様を助けて、クィンダムを守りたいという気持ちは私達も同じですわ。でもここは敢えて我慢のし所ですね」
リズベットもそう言って同意する。
そして一行はこの小島で夜を明かす事となった。〈海洋種〉の目を引かないように、焚き火等は起こさない。予め安全だけを確認しておいて、夜になったら即眠りに就く。島も鬱蒼と木が生い茂っている為、ティアマトの光も届きにくく、焚き火も起こせないので真っ暗であり、下手にうろうろすると却って危険なのだ。
莱香も不味いヤズルカの実を齧って食事を終えると、逸る気持ちを押さえて、明日に備えて眠りに就いた。
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