第83話 遺産

 王都の外れにある、何の変哲もない民家。その民家の床に巧妙に偽装された地下空間への入り口があった。綴じ蓋になっている入り口を開くと、ムワッとかび臭い空気が漏れだし莱香は顔をしかめる。



 細長い階段を下りていくと、やがて大きなスペースが一行を出迎えた。



「さあ着いたわ。暗殺者ギルド『ティアマトの目』の本部にようこそ」



 クリスタの言葉に目を瞠る一行。円形状の広いホールに、いくつもの扉が据え付けられている。それぞれの扉は居住区や武器庫、会議室、指令室などに続いている。




「……このような場所が王都の地下にあったなんて……」


 ミリアリアが呆然と呟いている。暗殺を専門とする犯罪組織のアジトが、自分達が住む場所の目と鼻の先にあったというのだから、その驚きは一入だ。クリスタは苦笑する。


「まあ、見つからないように作られているからね。でもあの破滅の日カタストロフで組織の男達が、訓練生まで含めて全員進化種に変貌してしまった際に、内部は荒らされて、目ぼしい物はあらかた持ち去られてしまったのだけど」


 クリスタは過去の日々を思い返すように遠い目をした。


「でも……宝物庫だけは無事だった。当時の……最後のギルドマスターはまだ若い女性だったの。彼女は変貌した元部下達に生きたまま貪り食われたわ。私達女性の訓練生を逃がす為に、奴等への囮になったのよ」


「……!」

 その光景を想像した莱香は息を呑む。リズベットとミリアリアも神妙な表情で聞いている。ロアンナは『遠征』の準備の為に、ここにはいなかった。



「でもマスターは死ぬ前に宝物庫の鍵を隠したの。私達にだけその鍵の隠し場所を教えて、ね」



 言いながらクリスタはホールの壁にある、彼女にしか解らない何かを探っていた。そして一つ頷くと、その部分を手で強く押した。すると押した部分が、凹むようにして奥に押し込まれた。


 ゴゴゴッという音と共に、フロア全体が微細に振動する。それと同時に丁度メインホールの中央部分の床がスライドするように動いた。そこには更に下へと続く螺旋階段が現れていた。



「こ、これは……これが、宝物庫への……?」


「そうよ。さあ、降りましょう。大丈夫。罠の類いは無いわ」


 おっかなびっくりといった様子の莱香達に苦笑しながら、クリスタが先導するように螺旋階段を下っていく。降りた先には鉄製の頑丈そうな扉があった。クリスタはその扉の鍵穴に、先程凹みで入手した鍵を差し入れる。ガコンッという鍵が回る鈍い音と共に、ゆっくりと扉が内側に向かって開いていく。


 中は真っ暗だったので、リズベットが神術によって明かりを灯す。



「わぁ…………」


 莱香は思わず感嘆の声を上げていた。部屋の広さは十畳程だろうか。狭い室内に所狭しと、様々な財宝が収められていた。宝石や貴金属、金の延べ棒のような所謂金銀財宝の類いが大半であったが、その中で一際異彩を放ち、莱香の目を強烈に惹きつける「物」があった。



「え……これって、具足……? な、何でこんな所に……?」



 赤い染料で染められたその鎧は、どう見ても日本の戦国時代の、いわゆる当世具足であった。莱香も剣道場の娘として、実物を見たことがあったので間違いない。


「……もしかしたらと思っていたけど、やはりライカさんには解るのね? 実はこのギルドを作った初代のマスターは……異世界人だったと言われているの」


「ええっ!?」


「最初にあなたが異世界人だと聞いて、すぐに理解できたのはその為よ。非常に稀ではあるけど、過去に何度か実例があるそうよ」


「そ、そうだったんですか……」


 自分達以外にも、過去に地球からやって来ていた人がいた……。莱香は不思議な感覚を覚えた。




「あなたに見せたかったのはこの鎧と……もう一つ、あれよ」


 そう言ってクリスタは、その具足の後ろの壁を指さす。実は莱香もそれが気になっていたのだ。



「あれは……太刀たち、かしら?」



 直剣ではなく、サーベルや曲刀とも違うその独特のフォルムは見間違いようがない。黒塗りの鞘に収まっている。クリスタに促されて莱香は壁に立てかけられていたその「刀」を手に取る。


 竹刀や木刀とは違う、真剣ならではのズシリとした重みを感じる。鞘に手を掛け思い切って抜いてみる。

 シャンッ! という澄んだ鞘走りの音と共に、刀身が露わになる。


「……ッ!」


 まるでたった今砥ぎが終わったばかりのように滑らかな刀身が、神術の光を反射して光を放っていた。長い年月ここに放置されていたようには思えない程に、その刀身は研ぎ澄まされていた。



(すごい。見ていると吸い込まれそう……)



 そんな莱香の様子を見たクリスタは得心したように頷いた。



「ライカさん……。その武器と鎧、あなたに差し上げるわ」


「え!? で、でも、いいんですか……!?」


「勿論よ。もう持ち主はいないのだから、見つけた者が所有者よ。そもそもここへ案内したのは、あなたにこれらを渡す為だったのよ。訓練でのあなたの戦い方を見ていて、すぐにこの武器の事が頭に浮かんだの」


「クリスタさん……」


「このまま誰にも使われずにいても、ただ朽ちていくだけよ。あなたにこそ、使って欲しいの」


「! ……ありがとうございます、クリスタさん。解りました。ありがたく使わせて貰います!」



「ふふ、こちらこそありがとう、ライカさん。さあ、ここにある物は好きに持ち出して構わないわ。鎧の方は……ミリアリアさん、手伝ってもらえるかしら?」


 貴金属類を眺めていたミリアリアは、名指しされてビクッと背筋を伸ばした。



「あ! わ、解りました。すぐに運び出します!」


「ありがとう、宜しく頼むわ。さて、私は……少しギルドマスターの部屋に用事があるので、皆さんは先に出ていてもらって構わないわ」


「……! クリスタさん……」


「ふふ、そんな顔しないで、ライカさん。大丈夫。もうとうの昔に感傷は捨て去っているわ。ただ私も少し拝借したい物があるだけよ」


「……そうですか。ではこちらの事は私達でやっておきますので、クリスタさんはもう行って下さって大丈夫ですよ」



「ありがとう……じゃあ悪いけど、後は宜しくね?」



 そう言って彼女は宝物庫を後にしたのだった……。

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