第43話 クィンダム最強決定戦!

 そしてあっという間に場が整えられた。



 練兵場の中央部に、舜を含めて戦士達が円形に囲んで、スペースを作る。その円の中心でレベッカとロアンナの二人が向き合っていた。


 レベッカは剣と小盾、ロアンナは短槍という、本来の戦闘スタイルに限りなく近づけた形だ。武器も訓練用の木製武器ではなく、刃を潰した金属製の武器を使用している。レベッカの剣は刃の部分を、ロアンナの槍は穂先の部分を潰してあった。

 

「ふふ……ロアンナよ、解っているな? 絶対に手を抜いてワザと負けたりするなよ? 他の奴はともかく、私の目は誤魔化せんからな」


 レベッカが楽しそうに念を押してくる。ロアンナは心底面倒そうに応じる。


「……解ってるわよ。その代わりあなたも覚悟しなさいよ? 遠距離攻撃主体の私に接近戦で万が一にも負けたら、戦士長としての面目丸つぶれだからね?」


「ふ……要らぬ心配だ!」




 気合を込めて踏み出すレベッカ。だが同時にロアンナも仕掛ける。


「……!!」 


 レベッカに劣らない裂帛の踏み込み。リーチの長いロアンナの先制攻撃。胴体に向かって真っ直ぐに突き出される槍を、盾で薙ぎ払う。……が、接触する寸前にロアンナは槍を素早く引っ込める。ロアンナ得意のフェイントである。


 目標を見失った盾が空を切る。大きく体勢が崩れなかったのは見事だが、そこにロアンナの本命の一撃が迫る。


「……フッ!!」


 当たる……! 誰もがそう思ったが、レベッカは表情を変えずに迫りくる槍に対して大きく身体を逸らして躱す。しかも下半身は動かさず、上半身の捻りだけで、ギリギリの回避をしてのけたのだ。


「なっ……!」


 ロアンナの瞳が一瞬、驚愕に見開く。最小限の動きで槍を回避したレベッカは、踏みしめたままの下半身で腰を据えて、外側に開くように薙ぎ払いの一撃を繰り出す。


 槍を突き出した勢いを止められないロアンナは、咄嗟にしゃがみ込む事で回避。その勢いのままレベッカの前を横切る形で前転。素早く体勢を立て直す。




「ふう……流石ね。初見であれを躱した上に、反撃までしてくるなんて……」


 ロアンナの頬に冷や汗が伝っていた。


「要らぬ心配だと言ったろう? だが少々肝が冷えたぞ。お前こそ良く今のを躱したな。増々面白くなってきた……!」


「……ったく、とんだ戦闘狂ね……!」


 ロアンナが苦虫を噛み潰したような顔で毒づいた。



「さあ、今度はこちらから行くぞ!」

「くっ……!」



 レベッカ相手に同じフェイントは2度も通用しないだろう。攻めあぐねていると、レベッカの方から踏み込んできた。槍を突き出しても、盾で払われてむしろこちらの隙を作ってしまうので、迂闊に牽制も出来ない。


 レベッカの斬撃を槍の柄で受ける。するとその下を掻い潜るように、握った小盾による殴りつけ攻撃がロアンナの腹に命中する。


「ぐぶっ……!」


 咄嗟に後方へ跳ぶ事で衝撃は軽減されたものの、苦痛に顔をしかめるロアンナ。


 間髪を入れずレベッカの追撃が迫る。斬撃は柄で受けるが、やはり盾による追撃に対処できず、今度は頬を殴られる。


「がはっ……!」


 辛うじて直撃は避けているものの、ダメージは蓄積されていく。レベッカは盾を巧みに武器としても使用する為、実質は二刀流に近い。唯でさえ距離を詰められると槍は不利である。それでも相手がレベッカでなければ、ロアンナの技量でいくらでも戦いようはあっただろうが、剣と盾で巧みな連携攻撃を仕掛けるレベッカには隙がない。

 さりとて距離を取った所で、小盾によるバッシュを得意とするレベッカには、槍の持つアドバンテージを活かせない。



「この……!」


 ならばと、ロアンナは槍を回転させて風車のように振り回す。直線的な軌道では見切られるのなら、曲線的な軌道に変えれば良い。


 高速で回転し、楕円を描きながら喉元を狙う軌道で繰り出される槍の穂先を、しかしレベッカは半歩下がって最小限の動きで躱す。


 隙にもなり得ないような僅かな停滞だが、ロアンナはそこに賭けざるを得ない。

 僅かな硬直を狙って、渾身の突きを放つロアンナ。だが……



「甘いっ!」

「ぐぅっ……!」



 それはレベッカの誘いであった。充分に力を蓄えたシールドバッシュが槍の穂先に打ち付けられる! 凄まじい衝撃に抗えず、辛うじて槍を手放す事は防いだが、身体が大きく開いてしまう。その隙を見逃すレベッカではない。


 脇腹を狙って薙ぎ払いが迫る。


「ぐぁ……!」


 咄嗟に反対方向へ跳び直撃は免れたが、完全には躱しきれず無視できない痛打を負う。横っ飛びに転がって、素早く体勢を立て直すロアンナ。




「はぁ……はぁ……ふぅ……はぁ……!」




 一方的に攻められているロアンナは、全身汗塗れで肩で息をしていた。身体中を打たれてダメージも溜まっている。だがその目は全く死んでおらず、爛々と輝いていた。レベッカが少し驚いたような表情をする。


「……意外だな。ちょっと不利になったらすぐに降参すると思っていたが……確かに手を抜くなとは言ったが……それがお前の隠し持っている本性か?」


「……別にそんな大層な物じゃないわよ。ただ負けず嫌いなだけよ。面倒だけど、どうせやるなら負けたくないってだけ」

 

「ふ……奇遇だな。私も極め付きの負けず嫌いでな。どちらがより負けず嫌いかの勝負だな。さあ、休憩は取れたか? 続き、行くぞ?」


「望む所よ……!」


 短い会話の間に、僅かにも呼吸を整えたロアンナは、その闘志を全く衰えさせる事なく、果敢にレベッカに突撃した。






 その後も試合は、終始レベッカの優位に進んだ。無傷のレベッカに対し、防戦一方のロアンナは既に身体中打ち身だらけであった。


 一方的な展開に、次第に戦士隊の隊員達の中から、自分達の上官ではなくロアンナを応援する声が出始める。どれだけ攻め立てられても、諦めずに持ち堪えるロアンナの姿に、ほだされ始めたのだ。


 そしてそれは舜にしても同様であった。


(す、すごい……! レベッカさんは勿論だけど、ロアンナさんも充分にすごい! レベッカさんは手を抜いてるようには見えないし……それをこんなに持ち堪えているなんて……!)


 それは観戦しているほぼ全ての隊員達と同じ感想であった。


 そもそもいつもの訓練による模擬戦では、誰もレベッカに本気を出させる所まで行かない。それは副長達であっても同じだ。模擬戦でレベッカが、このようにバッシュを織り交ぜたエゲツない戦い方をする事はまず無いのだ。


 即ちその時点でロアンナが、レベッカにそのような本気の戦い方をさせる程の腕前という事だ。そしてその本気になったレベッカがこれだけ攻め立てても、未だに倒しあぐねている……。


 その事実が、隊員達にロアンナへの尊敬と畏怖の念を抱かせていた。


 無邪気にはしゃいで興奮しているヴァローナとは対照的に、ミリアリアは唇を噛み締めて、暗い表情で試合を見つめていた。





 ロアンナの粘りは驚異的と言っても良く、一方的に攻めているように見えるレベッカも、見かけ程余裕がある訳ではなかった。何と言っても相手はロアンナだ。少しでも隙を見せれば、そこに喰らいついてくる。攻めながらも、常に相手の動向に気を配らねばならない状態は、レベッカをしてかなりの精神的負担であった。


 しかし焦りは禁物である事を、誰よりも良く知っているレベッカは、努めて冷静にロアンナを追い詰めていく。




 試合は完全な泥仕合になりつつあった。レベッカの気力が尽きるのが先か、ロアンナの体力が尽きるのが先か……。最早観客たちは声も出せずに、固唾を飲んで見守るしかない状況となっていた。




 そんな中、遂に状況に変化があった。練兵場を大きく移動しながら戦い続けていた2人だが、遂にロアンナが角際に追い詰められたのだ。


「あっ!」


 場所を移動した観客の誰かが、思わずといった風に発した驚きの声。


 レベッカは獰猛な笑みを浮かべると、油断なく盾を構えつつ、振りかぶった剣を上段から全力で斬り下ろす。左右に逃げ場のないロアンナは、しかし同じように獰猛に笑うと、回避を捨て、全ての力を振り絞るように一閃突きを放つ。


 捨て身の一撃だ。お互い攻撃が当たったら只では済まない。観客の誰かから悲鳴が上がる。その時――――




 

「――そこまでっ!!」





 大喝と同時に、圧縮された神気の塊が衝撃となって2人の間で弾ける。


「……ッ!?」「がっ……!?」


 とてつもない衝撃に、今まさに決着の一撃を放とうとしていた2人の戦士は後方へ弾き飛ばされる。レベッカは地面に倒れ伏し、ロアンナは壁に背中を打ち付けた。


「…………」

 観客達は何が起こったのか解らないような風情で、固まっていた。クィンダムでも最強を争う2人が、不意打ちとは言え吹っ飛ばされるなど、あり得ない事だ。クィンダムにおいて、こんな事が出来るのはただ1人――――




「……久しぶりにロアンナさんが顔を見せたというので来てみれば……一体これは何の騒ぎですか?」


 その肉感的な身体を露出法衣に包んだ金髪の女神官……神官長リズベット・ウォレスであった。脇にはカレンを伴っていた。


「リ、リズベット様……! あ、あの、これはですね……」


 ヴァローナが、焦ったような声で釈明しようとするのを手で制するリズベット。



「……いえ、ヴァローナさん。大体の状況は掴めました。これはあなたの仕業ですか?」


 頭痛を押さえるように額に手を置くリズベット。


「し、仕業だなんて人聞きが悪いですねぇ。私はただ皆の興味を代弁しただけで……」


「はぁ……まあ、いいでしょう。乗せられた2人にも問題はあるようですし……。さあ、皆さん。もう充分に参考になったでしょう。訓練に戻りなさい」




 リズベットに睨まれると、隊員達は蜘蛛の子を散らすように戻っていった。その中には無論、ヴァローナの姿も混じっていた。皆、興奮冷めやらぬ様子で、訓練に戻りながらも今の一戦を、熱心に喋り合っていた。


「全く……ヴァローナさんも仕方のない人ですね。さて、あなた達も目は覚めましたか?」


 その場には当事者2人の他には、舜とミリアリアのみが残っていた。カレンは、ロアンナに神術による傷の治療を施していた。




 リズベットの問い掛けに、レベッカとロアンナはそれぞれ、納得が行かないような、それでいてバツの悪そうな顔をしていた。


「あなた達の戦いは既に模擬戦の域を越えていました。あのままではどちらかが、いえ、場合によっては2人共、大怪我をしていた可能性があります。進化種の襲撃がいつあるとも解らないというのに、有事の際には如何なさるおつもりですか?」


 リズベットに厳しく問い詰められたレベッカは、増々バツが悪そうな顔になる。



「い、いや、済まなかった、リズ……。つい、熱くなってしまって」


「つい? つい、であなたは自分や相手が大怪我するような訓練を行うのですか!? 質問に答えなさい。有事の際にはどうするつもりだったのですか?」


「そ、それは、その……」


「答えられないのですか? 本来あなたが皆を律しなければならない立場だと言う事を、忘れているのではないですか?」


「う……」



 反論できないレベッカは、俯いてしまう。それを見やって今度はロアンナにも矛先を向けるリズベット。



「ロアンナさん。あなたも、これは真剣勝負では無いのですから、負けず嫌いも程々になさって下さい。あなたはもう少し理性的な方だと思っていましたが、私の買いかぶりでしたか?」


「く……」


 ロアンナが羞恥に顔を染める。自分らしくない振る舞いだったのは認めているようで、やはり反論できずに俯く。



「す、すみません、リズベットさん。俺も2人の試合が見たくて、煽るような事を言ってしまったんです。俺にも責任があります」


 舜も正直に謝罪する。確かに予想以上に熱くなってしまったのは2人の責任だが、そもそもの発端は自分達なのだ。


 するとリズベットが驚いたように舜を見てきた。……正確には舜の格好を見てきた。



「シュン様……? あの、そのお姿は一体……?」

「あ……こ、これは、その……ロアンナさんが……」



 言われて舜は、自分の格好の事を思い出し、急に羞恥がぶり返してきた。



「ロアンナさん? どういう事か説明して頂けますね?」


 そうしてリズベットにも、舜の神術訓練について説明する事となった…………

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