第42話 発想の転換

 ――そして翌日。舜は再び練兵場にいた。ただし今日はロアンナを伴ってだが。

 それ以外にも舜には、昨日までと大きく異なる点があった。



「あ、あのう……ロアンナさん……。や、やっぱり今日はもう帰ってもいいですか?」


「あら、何言ってるのよ。来たばっかりじゃない。昨日までは自分から進んで来てたんでしょ?」


「で、ですが……その……こ、これは……やっぱり、変ですよ、ね……?」


「そんな事ないわ。とっても良く似合ってるわよ?」

「うう……! み、皆、見てる……!」




 昨日までの舜と大きく異なる点……それは服装・・にあった。

 昨日までは遠征の時にも着ていたような、裾や袖口が広めの男物の上下であった。だが今日は…………



 小さ目の男物のズボンの裾を限界まで切り上げた、ほぼ股下ゼロに等しいショートパンツと、上は腹部が丸出しの胸のみを隠す、タンクトップ状のインナーのみという姿だったのだ。それに加えて四肢は、くるぶしまでの機動性重視のブーツに、汗止め用のリストバンドのみ。


 太ももや二の腕、腹部などがこれでもかと言わんばかりに露出され、また女性化した事で丸みを帯びた腰付きや、その豊かな胸も、惜しげもなくそのラインを強調されていた。

 精神は男性のままの舜が着用するには、些か大胆に過ぎる出で立ちであった。


「…………」

 既に練兵場にいたレベッカを始めとする戦士達は皆、一様に呆気に取られたような表情で、舜のこの大胆なイメージチェンジ衣装を眺めていた。



(ううぅ……! は、は……恥ずかしい……! そ、そんなに見ないで……)



 文字通り穴があったら入りたい心境の舜だったが、本人の意思とは裏腹に、女性化した舜にその格好は、確かに良く似合っていた。


 元々男性であった時から、周囲の注目と羨望を集めていた美貌の舜である。基本的な顔の造作は殆ど変わっていなかったが、女性となった事でその美貌は更に華やかな印象となっていた。


 身体も豊かな胸と、くびれのある腰付き。胸と同様に自己主張の激しいヒップライン。二の腕や太ももは、程よく肉感的な丸みを帯びた輪郭となっており、もしここに進化種がいれば、目の色を変えて飛びついただろうと、周囲の女性達に確信させる程の色香を放っていた。


 加えてここ最近伸び放題となっていた髪も、肩まで届く長さになっており、女性らしい印象を補強していた。

 そこにいたのは紛れもなく、刺激的な格好をした一人の美少女であった。それ以外の何物でもなかった。





「……おい、ロアンナ。久しぶりに姿を見せたと思ったら……これは一体何の真似だ?」


 やがて衝撃から立ち直ったのか、一同を代表してレベッカが尋ねてくる。その横には、憎々し気にロアンナを睨み付けるミリアリアが控えていた。他の隊員達には既に、訓練を始めさせていた。


「あら、レベッカ。お久しぶり。相変わらずの仏頂面ねぇ。もう少し肩の力を抜いたらどう?」


 のらくらとしたロアンナの態度に、レベッカの額に青筋が浮かぶ。



「私の事はどうでも良い! 今はシュンの事を聞いているんだ! この格好は何だ!? お前の差し金か!?」


「そんなに怒鳴らないでよ。シュンが行き詰ってるみたいだったから、ちょっと発想を転換した方がいいんじゃないかと思ってね」


「その結果がこれか? お遊びじゃないんだぞ!? 何を考えている!?」




 ロアンナがうんざりしたように肩をすくめる。


「怒鳴らないでって言ってるでしょ。大体この格好がお遊びなら、私もあなた達も皆、遊んでる事にならないかしら?」


「馬鹿を言うな! これは神気の……ッ!」



 レベッカがハッとしたようにロアンナの顔を見た。ロアンナがにやっと笑う。



「気付いたみたいね?」

「ま、まさかお前、シュンに神術を……?」



 その言葉にミリアリアも驚いたようにレベッカと舜の顔を交互に見やる。


「シュンは見ての通り完全に女になっちゃってるんだし、神力と反発し合う魔力がないんなら、可能性は十分あると思うわよ?」


「…………」


 レベッカは虚を突かれたような顔になった。



「……そうだな。お前の言う通りだ。むしろ何故一度もその方向で考えようとしなかったのか……」


 レベッカの真剣に悩むような様子に、ミリアリアが慌ててフォローする。



「し、仕方がありませんよ。我々は例え外見は変わっても、ヒイラギ殿は男性であるという固定観念があったと思いますし……。むしろヒイラギ殿と共に戦っていながら、すぐにこのような発想に至る、この女の頭がおかしいのです!」



 それを聞いたロアンナが苦笑する。それから挑戦的に口の端を吊り上げる。


「ご挨拶ねぇ、隊長の腰巾着さん? あ、それとも神官長の方かしら? 前は赤ん坊みたいにハイハイしてたけど、歩けるくらいにはなったのかしらね?」


 ロアンナの返しに、顔を真っ赤にするミリアリア。以前自分の力不足を痛感し、ミリアリアにも謝意を表した彼女だが、どうやら完全に忘れているようだ。


「き、貴様っ! そこに直れ!」


 激昂したミリアリアが持っていた木剣で打ちかかろうとするが、レベッカに制止される。


「よさんか、馬鹿者。また以前の繰り返しになるだけだぞ?」

「……ッ!」


 遠征前の、屈辱の記憶に顔を青ざめさせながらも、何とか思い留まるミリアリア。ロアンナは若干意外そうな顔をした。


「あら残念。また『教育的指導』をしてあげようと思ってたのに……。多少は分別が付いたようね」


「部下で遊ぶんじゃない。……シュンの事だが、本当に行けると思うか?」


 屈辱に顔を歪めるミリアリアを尻目に、レベッカが真剣な表情で問い掛けてくる。




「それをこれから確かめるんじゃない。でも、何となくだけど、大丈夫な気がするわよ? どうせ行き詰ってたんだから、駄目元で試してみてもいいでしょう?」


「……ふむ、そうだな。どうだ、シュン? その恰好で出てきたという事は、やってみる気はあるという事でいいんだな?」



「……はい!」


 神妙な表情で頷く舜。今の閉塞した現状を打破できる可能性があるなら、何でもやるつもりだった。




 神術の行使には、「神気が直接肌に触れている」必要があり、その肌面積が大きければ大きいほど神術の効果は高くなる、という特性がある。

 つまり舜のこの露出衣装は、レベッカのビキニアーマーと同じで、神術を扱うに当たっての効率を重視した結果であった。



「いい返事だ! ……ではミリアリア、シュンの神術の手ほどきはお前に任せたい」

「…………は?」


 一瞬何を言われたのか解らないような顔のミリアリア。



「お前が戦士の中で最も神術の扱いに長けているからな。リズベットは今忙しくて定期的な時間を取るのは無理だし、他の神官達では戦闘の技術が拙い。その点お前は戦士としても神官としても優秀だ。お前が適任なんだ」


「い、いや、しかし……」


「……それにお前はどうもまだシュンと打ち解けられていない様子だからな。これを機に少し話をしろ」


「そ、それは……」


 ミリアリアが口ごもる。



「ミリアリアさん、宜しくお願いします!」


 舜は素直に頭を下げる。レベッカの言う事は尤もだし、ミリアリアには若干避けられているような節があり、舜も気にはなっていたのだ。



 尚も躊躇っている彼女に対して、ロアンナも口を挟んだ。


「……あなた強くなりたいんじゃ無かったの? 今のままじゃ少なくとも私には絶対に勝てないわよ?」


 挑発的な口調に、思わずキッとロアンナを睨みつけるミリアリア。



「人に教えるっていうのは、基礎を見直し自分の足りない所に気付ける絶好の機会なのよ? これはあなたの為でもあるのよ」


「…………」

 しばらく俯いて考え込んでいたミリアリアだが、やがて決心したようにレベッカを見据えた。




「……解りました、隊長。ヒイラギ殿への教導、お引き受けします」


 敢えてロアンナを無視するミリアリア。その意固地な態度にロアンナは苦笑するが、肩をすくめただけで何も言わなかった。




「うむ。では宜しく頼むぞ。シュン、お前も余り根を詰めすぎるなよ。神術の訓練に関しては、ただ身体を酷使すれば良いという物でもないからな」


「はい、ありがとうございます、レベッカさん!」


 レベッカは頷くと、ロアンナに向き直る。




「それでお前はただシュンの様子を見に来ただけか? 折角だからお前も訓練に参加していけ」


「はあ? いやよ、面倒臭い。前にも言ったでしょう? 私は戦士隊に加わる気はないわよ?」


「別に加わる必要はない。あくまで客分としてだ。シュンではないが、我々の訓練も些かマンネリ気味だ。ここらで少し新しい風を入れたいのだ」



「いや、でも……」


 ロアンナが珍しく言い淀んでいると、先程のお返しとばかりにミリアリアが食い付いてきた。


「いいではありませんか、ロアンナ殿。私如きでは絶対に勝てないその腕前、是非他の隊員達にも披露してあげて下さい。皆、いい刺激になりますよ」



 皮肉たっぷりにそう言うミリアリアを、睨みつけるロアンナ。


「簡単に言わないで頂戴。ここで私が安易に参加なんてすると絶対に……」




 そこに駆け付けてきたヴァローナが割り込む。


「ええ!? ロアンナ殿が訓練に参加されるんですか!? て事は、勿論隊長と模擬戦ですよね!? 戦士長対孤高の狩人! 果たしてクィンダム最強の戦士はどっちだ!?」


 興奮したヴァローナがまくし立てていると、騒ぎを聞いた他の隊員達も興味津々といった風に集まってきてしまう。




「……こういう事になると思ったのよ……」


 ロアンナが額を押さえて呻いた。




「ふん、面白い。部下達にもいい刺激になりそうだ。私は一向に構わんぞ、ロアンナ? お前とは一度本気でやり合って見たかったんだ」


 どことなく嬉しそうな様子のレベッカ。ロアンナと戦ってみたいという言葉に嘘は無さそうだ。

 


「シュン、あなたからも言ってあげて頂戴。これからあなたが修行を始めようって時にこんな……」


「……いえ、むしろ俺も見てみたいです。レベッカさんとロアンナさんの試合。目標って意味でも是非……!」


 舜もこんな外見になってしまったが、心は男のつもりである。正直、興味がないと言えば嘘になる。

 ヴァローナを始め他の隊員達も、同様の意見のようだ。皆、見てみたいのだ。自分達が目標とする高みを……。



 訓練ではレベッカを本気にさせる事が出来る者は誰もいなかった。レベッカの本気は進化種、それも変異体クラスが相手でないと見れないが、そういう時は隊員達も暢気に観戦している余裕はない状況である事が殆どだ。

 否が応でも期待が高まるというものだ。


「……参ったわね。こんなつもりじゃ無かったんだけど……」


 味方が誰もいない事を悟ったロアンナが、溜息をついた。とても逃げられる雰囲気ではなかった。

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