第29話 爬虫種軍団戦
――異変はその時に起こった。
「なっ……!?」「く……これは!?」「……魔力探知!?」
突如3人の女性達が、大きな違和感を感じているかのように身震いし、顔をしかめた。舜は何も感じなかったが、リズベットの台詞で事態を察した。
「まさか……〈貴族〉!?」
――――シュウゥゥゥゥーーッ!!
何か……勢い良く蒸気が漏れ出す時のような鋭い音が鳴り響いたと思うと、窪地にいた全ての進化種が警戒態勢に入り、舜達が隠れている場所を正確に注視してきた。
「ちっ……! 気付かれたみたい……!」
ロアンナが悔しげに舌打ちする。
「こうなれば仕方ない! 出るぞ! シュン、やれるな!?」
レベッカが剣と盾を構えながら、大木から飛び出す。リズベットもメイスを構えて、神気の障壁を全身に纏わせる。
「はいっ!」
舜も覚悟を決めて、魔力を練り上げながら、その後に追随する。
レベッカ達は窪地を駆け下りるようにして、一直線に進化種に突撃していく。気付かれた以上、魔法が使える進化種相手に距離が開いたままなのは、百害あって一利なしだ。眷属を召喚されれば、更に面倒な事になる。
接近戦による短期決戦……それこそが、進化種に対する最も有効な戦術なのであった。
しかし、ここにそのセオリーを無視する女狩人が1人……。
ロアンナは隠れ場所から飛び出した時には、既に〈市民〉の1人に対して矢を放っており、それは正確に1人の蛙人の頭部に突き刺さった。
それより僅かに遅れて、〈市民〉達が魔法を放ってきた。火球や光球、巨大な石礫などが一斉に放たれる。
レベッカとロアンナは、己に向かって飛んで来る魔法を冷静に見極めながら、危なげなく回避していく。リズベットは回避せず、神気の障壁で真正面からそれらを弾く。
リズベットの神力が凄いというのは話には聞いていたが、まさか攻撃魔法を正面から弾くとは思わず、それを見た舜が驚く。因みに舜は勿論、結界の魔法でガード済みだ。
牽制の魔法を放った10人程の〈市民〉が、魔力の武器を手に突撃してくる。残りの〈市民〉は眷属を召喚している。そうはさせない。
舜は再び魔力を練り上げ、後衛の〈市民〉達に向けて、落雷の魔法を発動する。落雷の魔法は、電撃の魔法の上位バージョンのような物だが、威力、効果範囲ともに遥かに大きい。しかも上空から落とすという形の為、このように後方の敵を狙い撃つのに便利だ。反面、動いている敵にはやや当てにくく、混戦でも使用できないというデメリットがある。
後衛の〈市民〉達の真上に発生した魔力の塊は、すぐに帯電し、地上の目標に向かって放電された。
自然の落雷には及ばないものの、思わず身を竦ませるような轟音が鳴り響き、眷属を召喚しようとしていた3人の〈市民〉は、一瞬で感電死した。
そして前衛の〈市民〉達が、遂にレベッカ達と衝突した。衝突寸前に更にもう1人の〈市民〉の頭を矢で貫いたロアンナも、混戦となった為、短槍を構えて接近戦に切り替える。
〈市民〉はまだ9人残っており、レベッカ達とは丁度3対1の割合だ。彼女達の戦闘に割って入る度胸は無いので、舜は後方から魔法による援護に徹する。
実は舜は、レベッカ達が戦っている姿を見るのはこれが初めてであった。特にレベッカとロアンナは、素人の舜から見ても解る程の卓越した技量の持ち主であり、厳しい訓練と実戦によって鍛えられた超一流と言って良い戦士達であった。その無駄のない、それでいて力強い動きは、そんな場面ではないと知りつつも、思わず見惚れてしまう程だ。
リズベットもそれとは違う意味で衝撃的だった。敵の攻撃を物ともせずに強引に接近し、例の世紀末メイスを振り回す。普段の温厚な彼女からは考えられない程の、鬼神の如き戦いぶりに若干引き気味の舜であった。
3対1という悪条件にも関わらず、彼女達はそれぞれ1人ずつの敵を倒す事に成功していた。油断はしないものの、これなら自分の援護など必要なさそうだ……と思い掛けた時、舜の全身を怖気が走った。なし崩しに戦闘となってしまい、つい失念していた重要な事を思い出したのだ。
――――敵は〈市民〉だけだったか?
舜がそう思った瞬間だった。遠くの方で何かが光ったと思うと、指向性を持った一条の雷光が、目の前の敵を倒した直後で射線が開いていたリズベットを打ち据えた!
「ッ! きゃああっ!」
神気の障壁が威力を軽減するが、完全には殺しきれずに、衝撃で弾き飛ばされ尻餅をついてしまう。
魔法が直撃したのに、弾き飛ばされただけで済んだのは大したものだが、そもそも彼女の障壁は〈市民〉の魔法を完全に遮断していた筈だ。
また電撃の魔法は初速が非常に早く、目視してからの回避はほぼ不可能だ。通常の〈市民〉では使えない筈の魔法であり、つまりこれを放ったのは――
強力な魔法と相殺されて、一時的に障壁を解除させられてしまうリズベット。更に体勢を崩している事もあり、相対している〈市民〉達がその隙を見逃す筈がない。
「危ないっ!」
咄嗟に放った石礫の魔法で、リズベットを斬り付けようとしていた〈市民〉を攻撃する。
リズベットが尻餅をついていたお陰で射線は開いていたので、狙い通りに命中する。
巻き添えを警戒して威力を抑えていたので倒すには至らなかったが、敵が怯んだ僅かな時間の間にレベッカがリズベットを庇うように割り込む。
「リズ! 大丈夫かっ!?」
「え、ええ……!」
リズベットも何とか体勢を立て直す。
「今の魔法はっ!?」
ロアンナが焦った声で確認してくる。
電撃の魔法が放たれた地点……そこには真っ赤な体色の蛙人がいた。――〈僧侶〉だ。その
再度放たれる電撃。――だが今度は舜の結界が、それを完全に遮断する。
「っ! すまん、シュン!」
レベッカの言葉に、〈僧侶〉から目を離さずに応じる。
「あいつの魔法は俺が防ぎます! 皆さんは早く〈市民〉を――――」
「あ、危ない、シュン!!」
ロアンナの鋭い警告に、舜がハッと側面を振り向いた時には、既に薙刀のような武器を持った、真っ黒い鱗の蜥蜴人が目前まで迫っていた。
舜は慌てて強化魔法を発動させて、その場から飛び退く。ほんの僅かに遅れて、巨大な薙刀が、舜が立っていた場所を薙ぎ払う。
「ちっ! 〈商人〉か! 下がれ、シュン! そいつは私が――」
レベッカが割って入ろうとした所に、生き残りの〈市民〉達が再び襲い掛かってくる。
「くっ! 邪魔するな!」
レベッカが強制的に足を止めさせられる。そこに更にダメ押しのように、2人の変異体の眷属が押し寄せてくる。
森でも戦ったオレンジ色の巨大カエルと、人間を上回る大きさの迷彩色の巨大トカゲだ。変異体となると1人で20体程の眷属を呼び出せる。
合計40体程の眷属が、まるで舜とレベッカ達3人の間に割り込むようにして、なだれ込んできた。
「なっ……!?」「こ、これは……!?」
ロアンナとリズベットも驚愕する。眷属……いや、その主人達の意図は明白だ。
レベッカ達は勢いを盛り返した〈市民〉と、眷属の数に押されるように後退させられる。完全に分断させられた。
孤立した舜の元には、薙刀を構えた〈商人〉と、その後方で魔力を練り上げる〈僧侶〉……2人の変異体。人間でありながら魔法を使う舜を警戒し、確実に仕留める気だ。
「くそっ! 退けぇ! シュン、逃げろぉっ!」
レベッカが絶叫するが、眷属に阻まれて向かって来れない。
「…………」
舜は左足の状態を確認する。痛みは一向に治まっていなかった。それどころか先程までの立ち回りで、やや悪化しているかも知れない。
この状態で〈商人〉から逃げるのは不可能だろう。救援も期待できない。それはつまり……
(……やるしかない!)
舜が生き残るには、勝つしかないのだった。それも足を負傷した状態で、通常の〈市民〉とは比較にならない強さの変異体との2対1の戦いを……。
****
〈商人〉――黒蜥蜴人が突進しつつ薙ぎ払いを仕掛けてくる。舜は大きく飛び退いてそれを躱すが、着地の瞬間に左足を付いてしまい、痛みに呻く。
その一瞬の硬直を見逃さず、黒蜥蜴人が突きを放つ。左足を庇いながら辛うじて躱す舜だが、そこに〈僧侶〉――赤蛙人が放った光球が飛んで来る。
「……ッ!」
咄嗟に結界の魔法で防御するが、そこに再び黒蜥蜴人の薙刀が迫る。
結界の魔法は、魔獣の突進すら防ぐ便利な防御魔法だが、弱点がない訳ではない。進化種が持つ魔力の武器に対しては、非常に脆いという欠点があった。同様に神気を纏わせた武器に対しても、魔力武器ほどでは無いが弱く、決して万能な魔法ではないのだ。
結界を紙のように切り裂く薙刀に、舜は再び回避を余儀なくされる。超加速まではいかない状態でも、スピードは舜の方が若干速く、感覚の強化も追いついているレベルなので、何とか躱せている状態だ。
しかし足を負傷している状態なので、このまま持久戦になると確実に不利である。
回避して僅かでも距離を取った所で何とか魔法で攻撃しようとするが、そこに再び光球が飛来。
「……くっ!」
攻撃の為の魔力を結界に回さざるを得ず、そこにまた黒蜥蜴人の攻撃が重なる。いつの間にか赤蛙人もかなり近くまで寄ってきており、魔法のによる援護の間隔がどんどん短くなって来ている。
攻撃の糸口が掴めないまま、追い詰められる舜。このままでは黒蜥蜴人の薙刀の餌食になるのも時間の問題だ。超加速で距離を取りたいが、この足では無理だろう。
「…………!」
決断の時だ。
舜は、このアストラン王国への道中でレベッカから戦いの心得について教えを受けていた。その中に「多対一で、かつそのまま押し切るのが難しい状況になった場合の突破口」という物もあった。
ただし……それには「相応のリスク」が伴う、という事も前置きされた。
だがこのままではいずれ殺されてしまう。何もしなければ死ぬというのであれば、リスクはあったとしても、賭けに出るしかない。
舜は決断した。
黒蜥蜴人の薙ぎ払いを飛び退いて躱すと、左足の激痛に耐えながら攻撃の為の魔力を練り上げる。そこに再び赤蛙人の魔法。黒蜥蜴人と多少距離が開いたからか、今度は巨大な火球の魔法が飛んできた。
(……上等だ!)
舜は結界を張らずに……赤蛙人の方を向いて《・・・・・・・・・》火球の魔法を放った。
「う、おおぉぉぉぉっ!」
全力で練り上げたより巨大な火球は、赤蛙人の火球を飲み込んで、舜の予想外の行動にギョッとして硬直した赤蛙人を飲み込んだ。
「グゥエェェェェッ!!」
おぞましい断末魔の叫びを上げつつ、赤蛙人が消滅する。そして――黒蜥蜴人の突き出した薙刀が、咄嗟に振り向いた舜の右の肩口に食い込んだ!
リズベット達の真似をして、魔力で全身を覆うイメージで障壁を張り巡らそうとしたが、本来存在しない魔法である為、上手く行かなかった。
それでも多少の軽減は出来たようだが、〈商人〉の攻撃を無効化する事は到底出来ず、結果として武骨な薙刀の刃先が舜の華奢な肩口に深々と突き刺さる事になった。
「う……ぐ、あぁぁぁぁぁっ!!」
(い……痛い、痛い、痛い、痛いぃぃぃぃっ!)
「シュンッ!!」「シュン様!?」
ロアンナ達の悲痛な叫び声が聞こえたが、それに意識を割く余裕も無かった。平和な日本で暮らしてきた舜の覚悟など軽々と吹き飛ばすような、想像を絶するとてつもない激痛が、舜から冷静な思考を奪う。
黒蜥蜴人が容赦なく薙刀を引き抜く。更なる激痛と、流れ出る自身の血で、舜の意識は
「目を逸らすな、馬鹿者ぉぉっ!!」
「――――ッ!?」
ここまで届くような凄まじい大喝に、舜の意識は強制的に引き戻される。そして目に飛び込んできたのは――
――黒蜥蜴人が今まさに舜の頭を唐竹割りにせんと、大きく薙刀を振りかぶっている所だった。
「……っぁ!!」
それは半ば生存本能に任せた動きだった。無事である右足で地面を蹴って、横っ飛びに薙刀を躱す舜。
躱される事を想定していなかったのか、黒蜥蜴人の薙刀は地面まで勢い良く振り下ろされ、大地にめり込んだ。薙刀を引き抜こうとする黒蜥蜴人。それは時間にしてほんの一瞬の無駄な動作……。そしてその一瞬で充分だった。
「うわあぁぁぁぁっ!」
激痛と失血で飛びそうになる意識を懸命に繋ぎ止めながら、舜は魔法を放つ。氷嵐の魔法。この至近距離で放たれたそれは、嵐とはとても呼べない規模だったが、眼前の黒蜥蜴人を凍結させるには充分な威力であった――――
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