第28話 要石
舜は、足の痛みを堪えてレベッカ達の所へ戻った。魔法にせよ神術にせよ、どんな傷も一瞬で治癒してしまうような便利な力は存在していなかった。魔法や神術で出来るのはあくまで、肉体の回復能力を高める事だけである。
蘇生の魔法はあるものの、その後継続して魔力の注入による回復を丸一日以上に渡って持続しなければならない為、使い勝手は非常に悪い。
舜も魔力による回復向上を全力で行っていたが、即座の完治は到底不可能な状況であった。頬の傷もとりあえず止血だけは出来たが、痛々しい傷痕はそのままである。
「シュン! 戻ったか……って、おい! その傷はどうした!?」
レベッカが駆け寄ってくる。他の2人も驚いたように付いてくる。
「……すいません。馬鹿やっちゃいました」
どの道隠してもすぐに解ってしまう事だ。舜は恥を偲んで、正直に起きた事を語った。
「……そうか」
レベッカは何も言わずに、神妙に頷いただけだった。しかし頬だけならともかく、足の負傷はかなりの重傷だ。自然治癒では完治までに早くとも数日は掛かる怪我だ。魔力で回復しても丸一日は掛かるだろう。しかも怪我の回復に魔力を割かなければならない。
「ご、ごめんなさい……俺……」
自分のあまりの馬鹿さ加減に泣きたくなってしまう。しかし辛うじて泣く事だけは堪えた。
「……一旦引き返した方が良いのでは……?」
リズベットが心配そうに提案してきた。舜はガバッと顔を上げる。ここで引き返したりしたら、どんなに早くても数日のロスになってしまう。
女王の容態は、はっきり言って危篤状態である。もし引き返したせいで間に合わなくなったらと考えると、舜は自責の念に耐えられそうにない。
「ッ! 大丈夫です! やれます!」
唯一神膜を維持できる女王が死んだら、全て終わりである。舜は何と言われようと、梃子でも引き返す気はなかった。
「………………」
レベッカは、しばらく舜のその顔を見ていたが、やがて1つ頷いた。
「……解った。このまま進もう」
「いいの? シュンの足、結構重傷よ……?」
ロアンナが確認してくる。だがレベッカの意思は変わらないようだ。
「……陛下は最早一刻の猶予もない状態だ。一日の遅れが致命的な結果をもたらすかも知れん……。シュン。その怪我はお前自身の判断ミスが原因だ。我らは
「!! はいっ! ありがとうございます、レベッカさん!」
舜は、下手な情けを掛けずに、舜の意思を汲んでくれたレベッカに感謝した。2人が進むと決めたのなら、ロアンナに否は無い。リズベットもまだ心配そうではあったが、女王に猶予が無い事は誰よりも理解していたので、納得してくれた。
こうして要石破壊作戦は継続が決まったのであった……。
(く……う……! 痛い……! でも、我慢しなくちゃ……!)
再び要石に向かって進み始めた一行だが、舜は、歩く度に激痛が走る左足首に悩まされる事となる。本来、安静にして回復に務めなければならない所を、無理矢理歩いているのだ。魔力を割いて回復に当てても、無理を押して歩く事で相殺されてしまっていた。
悪化もしないが、痛みが治まる事もない。だが舜は脂汗を掻きながらも、この痛みは自分への戒めだと思って、耐え続けていた。
どれだけ歩いただろうか……舜にとっては永遠にも思える長さだった事は確かだが、その地獄の行脚も遂に終点を迎えた。
「……着いたわ。あそこよ」
――そこは大きなすり鉢状の窪地になっており、そこだけ密林が途切れていた。恐らく要石を設置する為に、密林を切り開いたのだろう。
その盆地の中心部に要石はあった。
「あれが……」
リズベットが呟くのが聞こえた。4人は盆地を見下ろす大木の1つに身を隠して、様子を
「…………」
要石を見た舜は、現代知識に照らし合わせて、まるでモノリスのようだ、と思った。
――そう、それはまさしく巨大なモノリスであった。色は黒一色で、何の装飾もない一枚の巨大な板。全ての光を吸収する純粋な黒は、まるで闇そのものが、そこに屹立しているかのようだった。
だが舜には確かに感じられた。その「闇」から、今この瞬間も凄まじい勢いで魔素が噴き出し続けているのを。その圧力は魔素に親和性のない女性でも感じ取れる程のようで、3人とも肌に感じる不快感に顔をしかめていた。
「あれが……要石か。我らでも解るぞ。あれは……この世界にあってはならない物だ……」
レベッカが畏怖を感じているかのような口調で言った。リズベットとロアンナも同じ気持ちのようだ。
舜が魔力探知を発動させる。肉眼でも、要石の周囲に少なくない数の進化種がいるのは見えたが、他に見えない所にいるかも知れない。
………………
探知の結果に舜は表情を厳しくする。
「……どうだ?」
レベッカが聞いてくる。
「……いますね。〈市民〉が……全部で14人。変異体が2人……〈商人〉と〈僧侶〉です」
「……ッ!」
3人が息を呑むのが解った。当然だろう。神膜内ではまずお目にかかれない規模の集団だ。ロアンナも基本的に自分が狩れる規模の集団しか襲わなかったので、これ程の集団を相手にするのは初めてだ。しかも――
「……〈貴族〉は? 〈貴族〉の反応は無かったの?」
そう、ロアンナはここで〈貴族〉と思しき進化種を見ているのだ。
「……いえ、それ以外に反応はありません。今はいないのか、あるいは……」
舜も使えるが、〈貴族〉ともなれば、魔力探知をカモフラージュする魔法を使える者もいる。魔力探知も決して万能ではないのだ。
「……不確定要素はあるが、どの道我々のやる事は変わらん。何としてもアレを破壊しなければ……」
レベッカが険しい表情のまま断言する。
「作戦はどのように? 〈貴族〉が潜んでいる可能性もありますし、正面から突撃という訳にも……」
「まず私が減らせるだけ減らしてみるわ。正面衝突はそれからでも遅くないでしょう?」
リズベットの質問に対して、ロアンナが弓を構えながら提案してくる。
要石は広い窪地の中心部にある。見つからずに近付く事は不可能だ。ロアンナの案で行くより他なさそうだ。
異論がない事を確認すると、ロアンナは身を屈めながら、狙撃がしやすそうな場所にゆっくりと移動していく。
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