第4話 集う、5人の妊婦たち(後編)
かくして私たち5人の話し合いはスタートした。
まず誰より先に自分の意見を主張したのは、イヴリンだった。
「ふんっ! なぜこんなことが起こったか、なんて考えるまでもありませんわ! 純潔のまま妊娠するなんて有り得ないのだから、知らない間に純潔を奪われたのよ!」
「ええと……それはつまり、誰かに寝込みを襲われたということですか?」
彼女の強い語気に圧されたのか、ディーネが遠慮がちな口調で尋ねる。
「ええ、そういうことになりますわね。おぞましいったらないですわ。その『誰か』が目の前にいたら、殺してやりたいくらい……!」
ぎり、とイヴリンは唇を噛んだ。
「おかげで、わたくしの人生は台無しよ。結婚前に妊娠なんてして、もう絶対に家を継げないわ。わたくしはこれまで、生活の何もかもを槍に捧げてきたっていうのに……」
口惜しそうに俯くイヴリンは、どこか平静を失っているように見えた。
普段の彼女はもっと口調や佇まいに余裕がある。
妊娠のショックで夜もろくに眠れず、精神をすり減らしているのだろう。
何より家を継げなくなったというダメージが大きいのかもしれない。
「……まあ、今さらどうして妊娠したかなんて、どうでもいいことですわ。大事なのは、これからどうするか――はっきり言っておきますけど、わたくしはこんなおぞましいものの母親になるなんて、絶対に御免よ! 死んだ方がマシってくらいにね!」
「……イヴリン」
あまりの剣幕に、昔馴染みの私ですら気圧されてしまう。
だが、気持ちは分からないでもない。
彼女は意味不明な妊娠に人生を台無しにされて、その憤りや憎しみを全て腹の中の赤ん坊に向けているのだろう。
母親が赤ん坊を『おぞましいもの』呼ばわりするだなんて、酷い話のように思えるが――14歳の少女が突然妊娠させられたという境遇を鑑みれば、むしろ正常な反応と言えるのかもしれない。
だが、イヴリンとは真逆の意見を主張する者もいた。
「金髪のねーちゃんの言うことも分かるけどよ。今のトコ、あたしは産むつもりだぜ」
まるで緊張感のない、間延びした声でプリシラは言った。
「……あなた、正気? そんなわけのわからないものの母親になるってことなのよ?」
「別にわけわかんなくはねーだろ。赤ん坊は赤ん坊なんだから、いざ産んじまえば普通のガキと変わらねーって」
イヴリンに迫られても、プリシラは飄々とした態度を崩さない。
「あと、別にどーでもいいことだけどよ……寝込みを襲われたって金髪のねーちゃんの推測は間違いだと思うぜ。そもそも自分が純潔かどうかなんて、一発で確認できるからな」
「……? 確認、というと?」
「あそこの膜が破れてねーか見ればいいんだよ」
「なっ!?」
「ぷ、プリシラさん! 女の子が、そんなはしたないことを……」
「はぁ? 女しかいねーんだから別にいいだろ――あたしは実際に確認したぜ。なんともなってなかったよ。だから取り敢えず、あたしが処女じゃなくなってるって線は消えた」
「……見たのか? 自分のを?」
「……? そりゃ、見なきゃ分かんねーからな」
何を当たり前のことを、とでも言うようにプリシラは首を傾げる。
「まあ、体勢的に自分じゃ無理だから、妹に見てもらったけど」
「妹に……?」
「ああ。そりゃあこんなこと、さすがに家族以外には恥ずかしくて頼めねーからな」
それは確かにそうだろうが、普通そんな事実を初対面の人間に堂々と話せるか……?
「……い、妹さんは災難でしたわね」
イヴリンまでもが若干顔を引きつらせている。
「ま、ともかくあたしは産むぜ――処女のままガキを孕むなんて、間違いなく人類史上初の事態だろうからな。どうせなら、とことんまで事の成り行きを見守ってみてー」
動揺する私たちに構わず、プリシラはあっけらかんと言葉を続けていく。
「くよくよ悩むのは性に合わねーんだ。勢いで産んだら、案外ガキが可愛かったりするかもしれねーしな」
「……凄い考え方をするんだな、キミは」
私には絶対に出来ない割り切り方だった。
処女であることの確認の仕方といい、このプリシラという少女は、一般的な14歳の少女とは感性が異なっているようだ。
「――私も産む」
続いて、何の感情も込められていないような、冷淡な口調でスズが発言した。
「その方が私の一族にとって、有益になると判断した」
「……一族?」
私の問いかけに、スズはディーネの方をちらりと窺ってから、「大神官の娘には既に知られていることだが、私は暗殺を生業とする一族の人間。報酬次第でどんな仕事も請け負う」
「……暗殺者? キミが?」
「そう――ただ、私はまだ修行中の身で、殺しを経験したことがない。だから厳密には暗殺者とは言えないかもしれないが」
「……なるほど」
彼女の言葉に私は納得していた。
暗殺稼業、それならこの隙の無い佇まいにも説明がつく。
「……どうりで、ただものではないと思いましたわ」
同じく勘付いていたらしいイヴリンも頷いて言う。
私とイヴリンの家が武の表側だとするのなら、暗殺稼業は武の裏側だ。
同類ではあるものの、その本質はまったく異なる。
彼らにとっては、自分たちの強さは目的達成のための道具でしかない。
純粋な強さを追い求める私たちとは絶対に相いれない存在だ。
「私は、産まれてきた子供を暗殺者として育成する」
スズはそう言って腹を撫でる――その所作はどこまでも無機質で、母親の慈愛からはかけ離れたものだった。
「優秀な暗殺者に育てば、一族の『駒』になる。少なくとも今の段階で、処分する理由はない」
「……。自分の子供として、育てられるのか? そんな、なぜ孕んだかもわからないような赤ん坊を?」
「……? 意味が分からない。なぜ孕んだかなど、優秀な暗殺者に育つかどうかに何の関係もない。私はただ産んで、育てるだけ」
「……人殺しにするのか? 自分の子供を?」
「だから、そうすると言っている。私には胎児に対する愛情などない。一族の『駒』にできないなら、こんな修行の邪魔にしかならないもの、今すぐに処分している」
「……そうか」
やはり、裏稼業の人間の考え方は理解できない――私はスズとの対話をそこで断念した。
「あの、一ついいですか?」
ディーネがおずおず口を開いた。
「話をまとめると……プリシラさんやスズさんは赤ちゃんを産むつもりで、イヴリンさんは産みたくない、ということですよね?」
「……? ええ、さっきからそう言っていますわ」
「……産まないって、具体的にどうするつもりなんですか?」
「――っ!」
ディーネの言葉に、イヴリンは表情を引きつらせた。
「赤ちゃんを産みたくないなら……中絶手術を受けるしかないです。イヴリンさんは、手術を受けるんですか?」
「…………」
イヴリンは弱々しく視線を逸らす。
「……ち、中絶って……突然そんなこと言われても、心の整理がつきませんわ……」
「……中絶はしないと?」
「も、もちろん絶対に御免よ、産むだなんて! ……だ、だけど」
口をもごもごと動かしながら、イヴリンは俯いてしまった。
「そ、そんなこと、簡単に決められるわけないじゃないの! あなたの方こそどうなのよ!?」
「…………私は、中絶なんて絶対に許されない行いだと思います」
彼女にしては珍しい強い口調で、ディーネは言う。
「まだ何の力もない赤ちゃんを、大人の都合で殺してしまうだなんて、そんな残酷なこと……許されていい筈がありません」
「……教会の人間らしい綺麗ごと。実際は中絶手術など、国中で行われている」
何の感情も読み取れない声で、スズが口を挟む。
「人には人の事情がある。育てるつもりもないのに産む方が、よっぽど悪質」
「……スズさんの言う通りです。私たち神聖教会は教義として中絶を禁じていますが、教会に関係のない方にまでそれを強制することはできません――ですから私は、例え皆さんの誰かが中絶という道を選ぼうと、それを責めるつもりはありません」
「……じゃあ、お前は産むのかよ?」
「……分かりません」
プリシラの問いに、ディーネは消え入りそうな声を返した。
「私は、中絶だけは絶対に嫌です……でも出産する覚悟があるのかと言えば、それも違います。そもそも私みたいな弱虫が、出産の痛みに堪えられるとも思いませんし……」
ディーネは今にも泣き出しそうな顔を浮かべながら、腹を撫でた。
「私は、どうしたらいいか分からないんです……なのに、放っておいたらお腹はどんどん大きくなっていきます。それが恐ろしくて仕方なくて」
「……ディーネ」
私には彼女の気持ちが痛いほど分かった――何故なら、私も同じだからだ。
イヴリンのように赤ん坊に憎悪を向けるのでもなければ、プリシラやスズのように赤ん坊を受け入れることもできない。
ただ、どうしていいか分からないでいる。
そして、時間はいつまでも待ってはくれない。
もう半年もすれば赤ん坊は産まれてくるのだ。
もし中絶という選択肢を取るのなら、それまでに決断する必要がある。
だが、果たして私にそんな決断ができるのだろうか……?
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